第41話 二体の精霊
「うぉぉぉぉ!」
俺はウンディーネに力を借り、再度剣に水を纏わせる。
そこにシルフからの力も借りようとして……
「やっぱりダメかっ!?」
集まった風が霧散する。
どうやら今度はウンディーネから借りた力の維持に気を使いすぎて、シルフから借りた力の維持が出来なかったようだ。
一度、シルフィの助力もあって完成したから、どのような状態に持って行けば良いか、その感覚は掴めてる。
けれどもやはり俺単独では圧倒的に、魔力を操る制御技能が足りていない。
「万策尽きたようだな。決着だ、アルス」
「まだだ……まだ終わってねぇ!」
一瞬だけ、背後に視線を向ける。そこには横たわるシルフィの姿。
もしかしたら、町へ被害が出るのを覚悟で、全力で回避行動を取れば、俺自身は助かるかもしれない。だがそれをすると、無防備な状態のシルフィは、間違いなくやられる。
「俺は……退く訳にはいかないんだよ!」
知り合ってそこまで長い付き合いな訳じゃない。
その奇行に困らされる事も少なくなかった。
けれども、シルフィが悪い奴では無い事や、真っすぐ俺を慕ってくれている事を知っている。
そう思われる事がそんなに悪くないという事を……むしろ、そういう存在が居る事が、心地良い物だという事を、今は実感している。
だから、見捨てるなんて選択肢は無しだ。俺の為でもあり、シルフィを生かす為にも。
「ウンディーネ! シルフ! 俺に力を……貸せぇぇぇ!」
俺は再び剣に風を纏わせようとし……先に纏っていた水に弾かれる。
そうこうする間に、奴が放った魔槍は段々と迫ってくる。
数本連続で放っていた時程の速さは無いが、最初の一本に比べるとそれでもそれなりの速度があり、とうとうそれは俺の眼前にまで迫る。
「……あぁぁぁぁぁ!」
もはや避けるも能わぬ距離へ迫った魔槍に対し、二属性の魔法を合わせる事が出来なかった俺は、半ば自棄になりながら手にしたウンディーネの力のみ付与された剣で迎撃を試みる。
「ふむ、自暴自棄になったと見える」
「うるせぇ!」
奴の言葉に怒鳴って返す俺。だがそんな事が出来る余裕があったのは、奴の魔槍と俺の魔剣がぶつかり合うまでだった。
槍の穂先と剣の刀身が激突する。
剣に付与したウンディーネの力は、奴の魔槍とぶつかった直後に吹き飛ばされてしまい、俺自身にも、押し潰されるかのような強力な圧力が全身に掛かる。俺が踏ん張っている足場が音を立てて陥没していき、身体が徐々に後方へ押されていく。
「ほぅ! 生身の武具で受け止めるか!」
奴が感嘆の声を上げる。
そりゃな……俺の後ろにはシルフィが居るんだ、そう簡単に通すかよ。
だが、そんな想いで何とか受け止めはしたものの、現実は非情で、少しでも気を抜けば剣を弾かれてまともに身体に魔槍を受けて、俺も、俺の後ろで倒れているシルフィも、まとめてやられてしまうだろう。
「くっ……っそぉぉぉぉ!」
全身がバラバラになりそうな衝撃に耐えながら受け止めていたが、無情にも魔槍はその威力を如何無く発揮し、とうとうシルフィの倒れ伏している場所まで押し込まれる。もう後が無い……!
「くそがぁぁぁぁ! 俺に従いやがれ! ウンディーネッ! シルフッ!」
土壇場で、俺は最後の抵抗を試みる。
二体の精霊の名を呼びながら、もう一度剣に、その二体の力を付与しようとし。
「……え?」
剣に付与しようとした力は発現せず、代わりに俺の周囲にウンディーネとシルフがその姿を現す。
そして二体は仲良く手を取り合って、舞うように宙を飛び回る。その様はまるでや本や御伽話で見聞きするような光景で、現在俺が置かれているかなり絶望的な現状にそぐわず、幻想的で優雅な物だった。
「一体何が……」
魔槍を受け止めながら呆然とその光景を見ていると、不意に二体の精霊が舞うのを止めて俺の剣に向かっていき、その姿を消す。いや、これは……剣に入っていった?
直後、俺の剣が凄まじい光を放ち……
ザシュッ!
何かを切り裂く音が周囲に響き渡る。
「……これ、は……」
そして光が収まった時、俺の手には、見知らぬ剣が収まっていた。
刀身は薄い青色に染まり、真っすぐだった形状はやや曲線を描いた形に変化し、長さも伸びている。そして何よりも特徴的なのは。
「とんでもない魔力だ……」
剣自体から感じる魔力だ。武具自体が魔力を帯びている、いわゆるマジックアイテムの類は幾つか見た事があるが、今まで見たどれよりも帯びる魔力の強さが桁違いだ。
「あれを、切ったか」
淡々と発せられた奴の言葉が耳に入り、俺はハッとする。
そういえば俺、さっきまであの魔槍を受け止めていたはずだが……切ったのか?あれを?
「それがお前の切り札か? さすがだなアルス。だがまだ終わってはいないぞ」
そう言って奴が腕を振るうと、その動きに従うように、先程受け止めていた魔槍と同じ規模の物が何本も発現する。
「むしろここからが本番、か?」
「こいつ……」
落ち着いた奴の様子と、生み出した魔槍群を見た俺の頬に、冷や汗が流れる。
なんかあれ……さっきよりも、より魔力が込められていないか?
「……さっきのが全力って言ってなかったか?」
「あぁ、そうだ。先程の物は間違いなく全力で放った物だ。この身体、私の想像以上に力を持っているようでな。力を使えば使うほど、増していく……底が見えん」
自らの手のひらを見つめて、その手のひらを閉じたり開いたりしながら、楽しそうに言う。俺にとってみりゃ、さっきまでのやり取りがまだ全力ではなかったという事実がかなり重いんだがな。
「お前と言う好敵手を得て、私の全力を試す事が出来る。感謝するぞ、アルス」
「……お前、性格も変わってないか?」
俺に対して感謝の意を告げる奴からは、あの森の時や、先程まであった、驕り高ぶる様子や、狂人のような雰囲気は一切見られない。
「かもしれんな。以前の私なら、戦いは殺戮の手段で、純粋に戦闘を楽しむ等という事は無かっただろう。魔物喰らいの影響か、それともお前と戦う事で目覚めたのか……どちらでも良い。私は、今この戦いに昂っている私が好ましいからな」
なんか生粋の武人みたいな事を言いだしたぞこいつ。
……いや、まぁ、そういう気持ちは俺も多少はあるので解らなくはないが……やりにくいな、これは。
『やりにくいとか言ってる場合じゃないでしょうが!』
『そうだよー』
「!?」
奴の変わりように呆気に取られていると、急に頭の中に二つの声が響く。
オウルの声とは違う……なんだ!?
『あたしよ、あたし! シルフ!』
『ボクはウンディーネだよー』
……は?
シルフに、ウンディーネ?
『そうよ。貴方の大事な従者の声くらい、すぐ解ってほしいわね』
『うんうんー』
お前ら喋れたのか。っていうか、従者?
『あーもう、説明が必要なアレ? 面倒くさいわねぇ。ウンディーネ、パス』
『あいあい』
シルフを名乗る軽い感じの声の方に促されて、ウンディーネを名乗るおっとりとした声の方が返事をする。
『ボク達はねぇ、アルスのしもべなんだよー。精霊従技で従えた精霊は皆そうー。だからアルスの呼び掛けに応じて出てきたんだよー?』
『あたしはあのエルフの子から一時的に引き渡された、仮みたいなもんだけど……そういう事ね』
精霊従技で従えた……契約の事を言ってるんだろうか。
『契約なんて生易しいものじゃないんだよー。精霊従技は一方的に精霊を従わせられる能力ー。とってもとってもレアなスキルなんだよー』
……はい?
一方的に従わせられる?
『うんー。名前そのままの意味ー。精霊を従わせられる技なんだよー。だから、アルスはボク達の御主人様になるねぇー』
『ちょっと、あたしは仮だからね! 仮!』
『でもー、仮でも今はアルスの従者ー』
『それはそうだけど!』
やんややんや脳内で騒ぎ立てる二つの声を聴きながら、俺は今ウンディーネが語った内容を反芻していた。
精霊従技は精霊と契約を交わすスキルじゃない?
俺がウンディーネ達の御主人様……?
一体どういう事だ?
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