第18話 氾濫の中心
ラディスン村から西にある森の奥地。
俺とシルフィはオウルの案内で、此処に訪れていた。
「これは確かに異常だな」
「そうですね……異様な光景です」
『やはり、人間の眼から見てもそうであるか』
俺達が少し高くなっている丘の上から眺める光景は、まさに異様だった。
本来の氾濫と言う物は、此処に来る前にオウルが言っていたように、単一の魔物が過剰に増殖して起こる物だ。
しかし、今俺達の目の前には、ウルフ系・ボア系・ベア系……うわ、ポイズンフロッグまで居るな……多種多様な魔物が、所狭しとひしめき合っていた。
そもそも、魔物同士の縄張りが決まっているのは、個々の魔物の特色等から、共生が出来ないからである。他種を狩りに縄張りを出る事はあっても、こんな風に一か所に、それも此処まで混在するなんてのは、さすがの俺も見た事も聞いた事も無い。
「……なんだか作為的なものを感じるな」
「えぇ……自然にこんな事は起こり得ないと思います」
『この状況を仕組んだ者が居ると言うのか?』
「多分な。だってあそこ見てみろよ」
俺が指す先では、集まっている魔物同士が喰い合っている。
「普通はこれだけの魔物が一か所に集まりゃこうなるのが普通だ。でも此処に居るこいつ等は、ああやって争ったりするやつが居ても、全体的には統率されてる」
『つまり……どういう事だ?』
「こいつ等をまとめてるやつに、操られるか何かされて無理やり従えられてるって事だろうな」
『……許せんな。我が同胞を……』
グルルと唸り声を上げるオウル。
「まぁ落ち着け。逆に言えば、その原因さえ取り除けばこの状況は解決出来るって事だろう」
『むっ……それはそうだが……』
「アルスさん、あそこを……」
シルフィが指差す先を見ると、そこには明らかに魔物とは違う個体があった。
よく見るとそれは、フードを被りローブを着こんだ人型のシルエットだった。
「あれ……魔法使いか」
「ですね。この距離でも魔力を感じます」
『そうなのか。我には何も感じぬが』
首を傾げるオウル。いわゆるお座りの状態でそのポーズをする様はなかなかに可愛らしくはある。
だが、魔物は魔力を持っているはずだし、それを感知する術も持っているはず。
そしてシルフィがこの距離でも感じ取れる……か。実は俺もオウル同様何も感じ取れないんだがな。
「あいつ……ちょっと厄介な存在かもしれないな」
俺の予想が正しければ、あれは……
「シルフィ、一つ頼まれてくれるか?」
「アルスさんの頼みなら何でも引き受けますわ」
そんな安請け合いしていいのかねぇ。
そう思いながら、俺はシルフィに頼みたい事を告げた。
「なるべく早く済ませてくださいねぇぇぇぇぇ!?」
吹き荒れる風に黒髪をなびかせながら、額に汗を沢山浮かべ、シルフィが叫ぶ。
おいおい、そんな大声出したら魔物の気がそっちに向いてしまうだろうに。
『では、振り落とされるなよ。アルス』
「あぁ、頼むぜ」
オウルの背に乗りながら俺は答える。そして、俺がしっかりと乗った事を確認したオウルが駆け出す……目の前の暴風の中へ。
俺がシルフィに頼んだ事、それは風の精霊の力を借りて、この風を発生させる事。正確には風の防壁を、か。
といっても、これは魔物達に危害を加える為ではなく、逆に魔物達に下手に被害が及ばないようにという為である。
現在風の防壁の中には、例の怪しいローブ姿とその周りにいた魔物が隔離されている。そこへオウルに乗って突っ込み、元凶と思われる何か……恐らくはローブ姿だろうが……をどうにかする。
我ながら無茶だと思うが、この数の魔物が動き出したら、もう止める事は出来ないだろう。被害はラディスン村の壊滅程度じゃ済まないはずだ。下手すりゃちょっとした小国でも危ないレベルだ。
ならば危険は承知で、原因の排除を行うしかない。そう俺は判断した。
「良いか! お前さんは丈夫そうだが、危なくなったらすぐ逃げだすんだぞ!」
『承知!』
返事と共に、俺を乗せたオウルがまた一段加速する。こいつとんでもなく速く走るな!?
俺は振り落とされないように強くしがみつく。
『シルフィとやらなかなかの術者のようであるな!』
「……! あぁ、良いタイミングだ」
俺達が魔物の中を駆け抜け防壁に激突する直前、俺とオウルの目の前で風の防壁が割れる。
俺達が突入するタイミングに合わせて、シルフィが開いてくれたのだろう。
ヒョォォォォォ……
風の音を耳にしながらその隙間を抜けると、そこにはローブ姿と、周囲に魔物が数種。
「貴様は……!?」
「名乗る程の者じゃない……ってとこか、な!」
驚いた様子のローブ姿に軽く答えながら、手近なポイズンフロッグを切り裂き即座にその場を離れる。
大きく切り付けたため、切断面から体液が激しく飛び散り周りの魔物を濡らす。
すると周囲の魔物はじたばたと悶えながら転がり出す。
その様を横目に、俺は動きを止めずに、勢いのまま魔物の群れに切り込んでいく。
すり抜けざまにワイルドボアの横っ腹を切り付け、その勢いを生かして反対側に居たマッドグリズリーの腕を切り落とす。
そんな俺目掛けて酸を吐くアシッドアントの攻撃を最小限の動きで回避しながら、逆に酸を吐く為に開けた口に剣を突き刺し横に払って胴体を割く。
『すまぬ』
魔物と大乱闘をやらかしている俺の横で、オウルはオウルでウルフ種の相手をしている。これはオウルから言い出した事で、どうせ手に掛けるなら自分が……と言う事らしい。
といっても、普通のウルフ種の数倍もあるオウルとその他のウルフではまともに相手になるはずもなく、見た目的には親犬が子犬をてしてし転がしているようにも見える。
これはこれで、戦闘じゃ無ければ微笑ましい光景にも見えるんだろうけどな。
「さてはこの妙な風も貴様の仕業か……おのれ! 火炎槍<ファイヤーランス>!」
「!?」
ローブ姿が叫ぶと、その周囲に炎で出来た槍が数十本発生する。
槍系を一度にこれだけ沢山出せるって事は、やっぱりこいつ只者じゃねぇな。
「だが相手が悪かったな」
こちら目掛けて飛来する数十本の火炎槍を意に介さず突っ込む。
別に自殺志願って訳じゃない。
俺は両手で剣を握ると走りながら頭上に構え上段の構えをとる。
「水精斬<アクアスラッシュ>!」
叫びと共に上段に構えた剣が水を纏い、剣を振り下ろすとその纏った水が刃の形を成して飛ぶ。
水の刃は数十本の火炎槍とぶつかり、じゅぅぅぅという音と共に互いに消滅する。
「何!?」
「隙だらけだぜ!」
振り下ろした剣を下段に構えながら持つ手の向きを逆に変え、走る速度は緩めずに俺はローブ姿に肉薄し、そのままの勢いで下から上へ剣を振り上げる。
これで決まってくれれば良かったんだが、残念ながらローブ姿は身を反らして間一髪斬撃を躱す。
「貴様ぁ!」
「!」
ローブ姿はそのまま剣を躱した勢いを生かして、身を捩りながら手のひらを此方に向ける。
恐らく何らかの魔法を放つつもりだったんだろうが、黙って受けてやるほどお人好しじゃない。
瞬時に一旦後ろに飛び退いて距離を取る。
そうして俺とローブ姿は距離を取る形となり、互いに態勢を整え対峙する。
「魔法使いにしては、思ったより身のこなしが良いな」
「……」
話し掛けてみるも、返事は無い。どうやらおしゃべりに興じる気は無さそうか。
俺は剣を霞に構え、再度剣に水を纏わせる。
「まぁ良い。こんな状況を作り出したのはどうみてもお前さんだろうしな。何を企んでるか知らないが止めさせてもらうぜ」
「……止める? 私を?」
お、今度は反応があった。
……って言うかなんか笑ってないかあいつ。
「面白い、やってみるがいい!」
「あぁ……そうさせてもらう!」
ローブ姿が言い放つと同時に、俺は構えた剣を今度は横に振り抜く。
剣に纏わせた水が、今度は横薙ぎで、弧を描いて宙を舞い、刃となってローブ姿目掛け飛ぶ。
「小癪な!」
苛立たし気に声を上げながらローブ姿が手を前に出すと、そこから半円状の障壁が展開されて水の刃とぶつかる。
次の瞬間、水の刃と障壁は激しい激突音を残してどちらも消滅し、その直後、それらが消滅した点を中心に、周囲の空気を震わせる程の衝撃波が発生し、俺とローブ姿の身を揺らす。
あの障壁、存外硬かったようだな……それなりに威力を込めた一撃だったんだが、これを凌ぐか。
内心この結果には驚いた俺だったが、衝撃波が止んだ後に現れた目の前の光景は予想通りだった。
「お前……やっぱり魔族だったか」
衝撃波によって、ローブ姿の被っていたフードがはだけている。
中から現れた顔は、肌の色が異様に青く、頭の左右には一対の角が生えていた。
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