病気に人生を壊された話
金澤流都
発端
この間Xのタイムラインに、将来小説家になりたいという高校生のポストを、プロの作家が「大学にちゃんと行ってちゃんとした職について働きながら目指しなさい」と引用したものがバズって流れてきた。
もっともだと思うとともに、わたしにはこの作家の基準では物書きを目指す自由もないのか、と悲しくなった。
わたしは中卒である。別に家が特別貧乏だとかそういうわけではないのだ。高校1年生のときに病気を拾ってしまって高校を出ることを諦めたのである。
その病気というのは「統合失調症」というものだ。昔の、精神病差別が横行していた時代には、「分裂病」とも呼ばれたものである。
その病気が、わたしの人生の、本当なら楽しかったはずの時代にゴジラのごとく上陸して、熱線を吐いて人生をめちゃくちゃにしていったのだ。
◇◇◇◇
もともとわたしは多動の特性のある子供だったのだと思う。いまだったら発達障害だと診断されていたのだろう。とにかくじっとしているのが苦手な子供だった。
でも何かを作るのが好きだったからよく工作をして遊んでいたし、ドラえもんなんかを読んでいても何かモノや場所をつくる話が大好きだった。
小学校はずっと変なやつで過ごした。小学五年生あたりから太りだした上に運動音痴だったが、ふつうの小学校ながら比較的治安のいいところだったので、とりあえずいじめられたりすることはなかった。
中学1年生のときは勉強すれば成績が上がるという当たり前のことに気付いて、楽しくガリ勉をやっていた。ライトノベルを読み始めたのもこのころだ。当時電撃文庫から出ていた「MISSING」を友達に貸してもらって、とても面白く読んだり、他にも今でも続いているような人気シリーズの出始めをいろいろ読んだ。
部活動も楽しくやっていた。美術部員で、友達と共同制作をしたり水彩画を描いたりもした。中学生のころに、当時好きだったゲームの影響を受けた長編小説をどうにか書き上げて電撃大賞に送った記憶もある。
しかし何故かは知らない、本当に何故かは知らないが、中3の秋に美術部を引退してから、急に調子がおかしくなった。
言うなればまだゲームのシステムを把握していないうちに序盤にしてはちょっと手強い敵の出るダンジョンに迷い込んだような感じだ。学校に行くのが億劫になった。そのころから保健室登校になり、中3の通信簿には成績の書かれていない科目がいくつかある。
中学校でろくに授業を受けていなかったので、進学は偏差値のあまり高くないところにせざるを得なかった。偏差値と治安が比例するとは言わないが、とにかくひどいところだった。
学校にいるとひどい腹痛を催すようになった。そうして高校とは疎遠になった。さすがにこれはまずいと心療内科にかかったのが高1のときだ。
大量の薬が出た。
それを飲んでも具合が悪いのは変わらない。そうやっているうちに頭の中を覗かれている妄想が出た。腐女子だったので頭の中を覗かれるのは恐怖そのものであった。腐女子だったということは、何も知らない他人に見られたら社会的に死ぬようなことも考えていたからである。
その時は病名を教えてもらえず、休学するときに提出した診断書には「神経衰弱」とかそういうようなことが書いてあったはずだ。
のちのち、これが統合失調症ではよくある症状なのだと知ったのだが、それはともかく。
この統合失調症という病気は、いわば戦争のようなものなのではないだろうか。
なにかを創作する、とか、なにかを読む、とか、そういう能力が削られた感じだ。戦争になったら創作は制限されるし読書どころではない。まあこの戦争というのは朝ドラで少々観ただけなので、戦中派のひとからしたらちゃんちゃらおかしい話かもしれないが、わたしとしてはそれくらいのダメージを受けることだったのである。
統合失調症になったころの記憶はそれほどない。だから中3の夏に拾ってきた先代の猫がまだ若かったころの記憶というのはあまりない。覚えている先代の猫の姿は晩年のヨボヨボした姿ばかりだ。おのれ統合失調症。
冒頭に書いたどこかの作家先生は、わたしにも「大学にちゃんと行ってちゃんとした職について働きながら目指しなさい」と仰るのだろうか。
定時制なり通信制なりで高校を出ることはできるかもしれない。でもわたしが欲しいのは、16、17、18歳の多感なころに、友達とバカなことをしたり、恋をしたり、テストの結果に一喜一憂する、ちゃんとした青春なのだ。30歳を過ぎて、高卒の資格を得て、まともに働けるようになったとしても、ちゃんとした青春が得られるわけではないのである。
いままでの人生で働いたのは、少々アルバイトをしたのと、とある出版社の編集者さんに声をかけていただいて、3000文字を3000円の契約でエッセイを出版社のnoteに1年か2年くらい連載させてもらったことだけだ。
人生を病気にゴッソリ持っていかれた。それが実感である。
本当ならいまごろわたしはちゃんとした職について、ちゃんと働いていたはずなのである。
これから、この病気と暮らしてきた話を、ちょっとだけしようと思う。(つづく)
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