第8話 春人side

朝早く起きてその日の予習をして、夜遅くまで復習をする。


一週間も続いたがあまり慣れない。意外とハードな毎日だった。自分の中には勉強しかなくなっていた。


でも、目標を考えると、いつも桜日がいた。桜日は俺がいないとダメだから。一緒に働いて、面倒見てやろう。十年も両親より一緒にいた仲だ。腐れ縁だと思っている。


勉強机の上に置いてある二枚の写真。退院した時、先生たちと両親と撮った写真。もう一枚は、俺と桜日があの桜の木の下で笑っている写真。


まだ俺と桜日が同じぐらいの身長だから、三年か二年前だろうか。懐かしさでふと笑みがこぼれる。俺がしっかり勉強して、桜日に教えてあげよう。そう考え、再びペンを走らせた。


すると、隣に置いていたスマホが鳴った。画面には母さんの文字。緑色のボタンを押し、電話に出る。


「もしもし、母さん?」


「春人!!今すぐ病院に来て!桜日ちゃんが…!」


サアっと血の気が引く予感がした。急いで立ち上がって部屋を出た。駅まで走り、切符を買って電車に飛び乗る。


母さんは桜日の意識がなくなったとしか言ってなかった。あんなに元気だったのに、どうしたのだろう。頭の中がぐるぐゆと渦を巻く。先生に連絡するのを忘れていた。教わっている先生に連絡をし、今日は授業に遅れることを伝えた。


改札を出て、早足で病院へ向かう。駅から病院まで、そんなに遠くない。胸が苦しくなってきたが、スピードを落とさず、病院まで向かった。


受付の看護師さんに事情を伝え、急いで二階へ上がった。


桜日の病室には白衣を着た先生たちが集まっていた。ただ事じゃないことは察した。


走って病室まで向かう。中から誰かの泣き声が聞こえる。入り口の先生たちはこちらに気づいたのかそっと間を空けてくれた。その間を通り、病室へ入る。


そこには、うつむいている桜日の担当医の先生と涙を拭っている俺の母さんと泣き崩れている桜日のお母さんがいた。


ベッドの上には変わり果てた桜日が眠っていた。痩せこけ、血色が良かった顔は青白くなっている。


ゆっくり桜日が横になっているベッドに近づく。


「桜日…、どうしちゃったんですか…。い、生きてますよね?」


そう先生に言った。口の中はやけに乾いていた。


先生は無言で首を振った。


もう、桜日は亡くなってしまったのか?


前会った時は元気だったのに。…どうして。


桜日の手を掴んだ。いつもより冷たく、冷えていた。 


目頭が熱くなって鼻の奥がツンとした。


桜日…、呆気なさすぎるよ…。


そう思った瞬間涙が次から次へと溢れてきた。そして声を荒げて泣いた。周りに先生たち、母さんたちがいるのも気にせずに。この世の無情さを感じながら。


俺は自分のことばかり考えていて、十年もずっと一緒いた桜日の異変にも気づいてやれなかった。


あのいつものやり取りが最後だなんて、思わなかったよ。俺は二週間前の自分を恨んだ。どうしてあの時、気づいてやれなかったんだ。あまりにも、呆気なさすぎる。これからも、年老いても、俺の隣には桜日がいると思っていたのに。


悔しくて悔しくて、やりきれない。


「先生、死因は何なんですか」


そうまだうつむいていた先生を見上げた。


「心臓のがんが、他の臓器に転移していたんだ。桜日ちゃんの心臓が持つのは時間の問題だったんだ。余命のこと、春人くんには言わなかったみたいだね」


「余命…?」


「一ヶ月前の検診で余命一ヶ月と宣告したよ。桜日ちゃんなら打ち勝ってくれると信じていたが…」


「桜日…、どうして言ってくれなかったんだよ…」


もう動かない彼女を見て、彼女の死が現実だということが頭の中で理解し始めた。もう、桜日はどこにもいない。そう痛感してしまい、もっと涙が溢れてきた。


桜日のお葬式はあまり人がいなかった。


桜日の友達は病院の子ばかりで、お葬式に来るのは難しかったのだろう。


遺影の桜日は笑っていた。その下にはピンクの花。桜日が好きそうな花だった。


桜日がここにいたら、笑いながら何泣いてんだよと、俺の背中を叩くだろう。そう思うと、桜日は生きているんじゃないかとまた思ってしまう。ガラっとしたお葬式場でお葬式を終えた。

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