第6話 春人side

退院してから一週間は毎日、桜日のお見舞いに行っていたが朝から勉強しなければいけない日々が始まりだした。


勉強というのはあっという間で、朝すずめの鳴き声を聞きながら勉強していたらいつのまにか空がオレンジ色になっていたことなんてしばしばあった。


桜日はいつも通り元気にしていたし、俺の勉強の事を思ってだろうか、遠回しに早く帰れよ〜とか言ってくれた。俺はその言葉に甘えて、毎日勉強を続けていた。


退院して二週間後。夜、両親から話があると呼び出された。


「東京の方に医学の勉強を教えてくれる先生がいらっしゃったのよ。もうご定年されたんだけどね?事情を話したら、いつでも来なさいっておっしゃってたから、すぐにでも行ってみればどう?」


そう母さんが真っ直ぐ僕を見つめてそう言った。僕の答えは一つだった。


「もちろん、すぐに行くよ!」


「東京まで少し遠いから、往復して毎日帰るのは大変よ?下宿代を出しておくから、そこで一週間ぐらい泊まり込みでお勉強してらっしゃい」


「ほんと?ありがとう」


「その代わり、しっかり勉強してくるんだぞ」


「はい!」


そう返事をするとすぐ部屋に戻り、東京へ行く準備を始めた。


電車で三時間ぐらいかけて東京に行かなければならない。明日出発しよう。桜日にも伝えておこう。明日、朝一で行って伝えるんだ。


わくわくしながら荷物を詰め、ベッドへ入った。


いつもお見舞いには少しの花ぐらいしか持っていかないけど、今日は東京へ行くための大きなボストンバッグを持って病院へ向かった。



コンコン


「はーい」


そういつもの桜日の声がした。


ガラッとドアを引く。


「よっ、体調はどうだ?」


桜日は俺の大きなボストンバッグを見て少し目を見開いたが、すぐ俺の方をみた。


「元気だよー。てか、そのバックどしたの」


「俺、一週間ぐらい東京に行って医学の勉強してくる。だから、この一週間来れないっていう事を言いに来たんだ」


桜日を見ると、やっぱりしょんぼりしていた。


「そっか…。頑張れよ」


そう言うとすぐ微笑んでくれた。


「おう」


俺も返事をする。


桜日のベッドの隣にあった椅子に腰がけ、大きなボストンバッグを床に置いた。ベッドに座る桜日を見ると遠くをぼんやりと見ていた。呼吸も深くて、いつもの元気な桜日じゃないみたいだ。


「どした?しんどいか?」


桜日はゆっくりこちらを見て微笑んだ。


「全然、元気だよ」


「そうか。しんどかったら、すぐ言うんだぞ」


「わーかってるって。もう、いつまでお母さんみたいなこと言うのよ」


そう言うと桜日は笑い出した。俺も笑いかけてみせる。


まあ、一応病気だし、いつも元気なわけないか。そう言う時もあるよな。


「ねぇ」


「ん?」


桜日は窓をぼんやりみて言った。


「また桜の香り、嗅ぎたいなぁ」


「桜の香り?あー、なんか言ってたなぁ。俺、まだ桜の香りなんて分かんないんだけど。十年間、あの桜を見てきたけど、満開の時だってなんも匂いしなかったぜ?」


「ちゃーんと桜を見てないからよ。男の子ってそういうところないわよね」


「なんだよー、他の男子より桜のこと詳しい気がするけど」


そういうと桜日はふふっと笑った。


「私がこのままおばあちゃんになってもお見舞いに来てくれる?」


「ああ、行くさ。桜日は俺がいないと寂しいんだろ?」


「寂しくないといえば嘘になる」


「なんだよそれー。いつになっても素直じゃないなぁ」


そう笑いかけてると、桜日は口を尖らせてふて腐れていた。


「どこに行ったって、桜日のこと忘れないし、隣にいるから」


そう言って桜日の小さな頭をガシガシとかき回す。


「頼むよー?十年も両親より一緒にいたんだから。この十年で終わりだったら私、春人のこと追いかけ回すからね」


「はいはい分かった分かった。じゃあ、はい。指切りげんまん」


「それ子供っぽいって言ったの春人だぞ?」


「分かってるって。ほら」


そういうと桜日は納得してない顔で小指を立てた手を差し伸べた。


こうして俺は明るい将来を、桜日と約束した。



「それじゃあな。外出るときは上着着るんだぞー」


「はいはいっ。って、もう外あんまり寒くなくない?」


「いつ冷え込むか分からないからな。風邪ひくなよ」


「へーい」


そう言う桜日を見るといつものように小さく手を振った。俺も振り返し、静かに病室のドアをしめた。


 外に出ると、桜日の言っていた通り、朝来た時よりだいぶ暖かくなっていた。よしっと大きな一歩を踏み出し、病院を出た。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る