第3話

ガラッと病室のドアを引く音がした。看護師の河北さんが入ってきた。


「桜日ちゃん、おはよう」


「おはようございますー」


「毎日よく食べるわねぇ。たくさん食べたら病気なんて治っちゃうからね!」


「それいつまで言うんですかー、ご飯食べて元気になれたら苦労しませんって」


笑いながらそう言ったが、我ながら子供のくせになんでも分かっているみたいなこと言ったなと少し後悔する。


「何言ってんのよー。病院のご飯は栄養バッチリなんだから!これからもたくさん食べるのよー」


「はーい」


まるでお母さんとの会話だなっと思わずクスッと笑みがこぼれる。


両親は私の医療費を稼ぐためにずっと働きっぱなしで朝はやくこんな会話なんてしたことがなかった。こういう何気ない会話も私は好きだ。


「そういえば桜日ちゃん、今日検診じゃない?どこか遊びに行くんじゃないのよ?先生だってお忙しいんだから」


「分かってますって。ずっとここにいますから」


そう言うと、河北さんはお皿を小さな配膳者に乗せ、ドアに近づいた。


「頼むわよ」


私に笑いかけてドアを引いて出ていった。


いつもは平気だったのに、最近不安になる事が多かった。


 ぼっと何もない桜の木を見ていたら、また病室のドアを引く音が聞こえた。


「村田桜日ちゃーん、検診のお時間ですー」


聞こえてきたのは新人の看護師さんの声。


「はーい」


ベッドの下に置いてあるスリッパを履いて、ドアへ向かった。きっと良くなってると信じている。


あれから全然発作なんて出てないから。


新人の看護師さんが微笑んで歩き出した。私は静かについていく。きっと大丈夫だと信じて。



「余命…?」


唖然と担当医の先生を見つめる。先生も今まで見たことがないくらい、暗い顔をしている。


「すまない。君のお母さんとお父さんと一緒に言おうと思っていたのだが…。桜日ちゃんもう大人だから。桜日ちゃんの心臓はもう持たない…。心臓以外にも他の臓器にも転移しているんだ。もう、手の施しようがない…」


「どうして!!ペースメーカーも埋めて、もうこれで大丈夫って言ってくれたのに!!諦めないのがお医者さんじゃないんですか!?」


勢いよく立ち上がって先生に向かって言う。


「余命…一ヶ月なんて…」


力が抜けて座っていた椅子に座る。


「でも桜日ちゃん、今までだって頑張ったじゃないか。心肺停止になった時も、君は息を吹き返したじゃないか。余命はだいたいだから、きっと前みたいになれるさ」


そう先生は元気づけるように言った。


「はい…」


「ありがとうございました」


静かにドアを閉める。さっきの看護師さんはいなくなっていた。一人で帰れってことか。それとも、気を使って一人で帰らせてくれたのか。


廊下を歩いていると、病室の前にある椅子に腰掛けていた春人が見えた。私は歩くスピードを上げて春人に近づいた。


「よっ!どうだった?検診」


さっきの暗い顔は捨てて明るい顔で、いつものテンションで春人に言った。


「おかえり。長かったな。俺、このままいくと退院だって!良かったぁー。やっと病院から出られるわー」


春人は頬を緩ませて言った。私もほっと一安心した。


「そっか。やったじゃん!!」


そう言って春人の肩を叩く。


「桜日はどうだったの?」


春人は真っ直ぐこちらを見て言った。


「あぁ、いつも通りだって」


ちょっと笑顔を作ってそう言ってみせた。春人も安心したような顔をした。


「桜日も良かったじゃん。悪くなってないなら、それでいいよ」


そう言って笑いかけてくれた。さっきの事もあり、泣きそうになる。


「そうだ。俺、これからの事考えたんだ。病室行って話そうよ」


春人は立ち上がった。


「うん」


春人の隣を歩き、病室へ向かう。

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