第2話 桜日side
ゆっくりと自分が見える世界が変わっていく。
十年前の暖かい春の日…。ぼやぼやと見えていたものがはっきり自分の目にうつる。目の前の机に置いてある時計を見た。
朝八時。またこの季節が来た。窓を見ると結露が出来ている。病院中は暖かくても、まだ外は寒いんだな。
私はまだ重い体を起こし、伸びをした。右からはずすめのちゅんちゅんと鳴く鳴き声、左からはバタバタといつものように騒がしい廊下の音がする。
大きなあくびをして、ベッドの下に置いてあるスリッパを履く。自分の病室を出て隣の病室を覗く。
「おーい、春人ー」
ぶっきらぼうに彼の名前を呼び、病室を見渡すが誰もいない。また桜の木を見に行っているのだろう。
春人の病室を出て一階へ降りる。一階に降りると中庭へ続くドアがある。透明の引き戸のドアを引いて、桜の木を見上げる春人に静かに近づく。忍び足でゆっくり歩く。まだ三月。冷たい風が私を包み込んで行く。
「ふえっくしょい!」
急に大きなくしゃみが出てしまった。しまった!と思い、ばっと顔を上げると春人が目を丸めて私を見ていた。そしてすぐに冷たい目に変わった。
「何してんの」
「いやー、私も中庭で日向ぼっこでもしようかなーと…」
急いで視線をそらす。
「今曇りだけど。あと外出るなら上着着ろって昨日も言ったよね」
「ごめんごめんって春人くーん」
春人の背中を叩いてそう言った。すると春人はため息をついてこちらを見た。
「また俺を驚かそうとしたんでしょ。もう慣れたってば。何年やってんの、それ」
まだ冷たい目で私を見る。
「もう!冷たいなぁ春人は。出会った頃とかちゃんと良いリアクションしてくれたのにー」
「昔は昔だろ?もう子供じゃないし」
そう春人は言ってまた桜の木を見た。
出会った十年前は私の方が背が高かったし、私より高い声だったのに。
いつのまにか、逆転してしまった。小さかった背中も大きくなってしまったし、いつも見えていたつむじも見えない。
私の頭一個分上にある春人の顔は私たちと一緒に大きくなった桜の木を見上げていた。相変わらずこの木が好きなようだ。
私も桜の木を見上げるが、まだ三月なので花も咲いていない。
「ねぇ、まだ桜咲いてないのになんでこの時期も毎日見上げるの?面白くなくない?」
そう春人を見上げて言った。すると春人は枝の先を指差して言った。
「ほら、あそこ。先が黄色でしょ?あと一ヶ月もしたら花が咲くんだよ。花が咲いていくところをこの目で見たいんだ」
春人が指を指したところを見ると確かに黄色と言われてみれば黄色になっている。
「それ、去年も言ってなかった?十年も毎年見てるんだから、もう良くない?寒いし」
「俺は桜日みたいに飽き性じゃないからね。毎年毎年花を咲かせるけど、桜全体の形は毎年違うから面白いんだよ。まあ、まだまだ子供の桜日には分かんないだろうけど」
そう鼻で笑いながらこちらを見下ろして言った。
「なっ…。私と春人は同じ年の四月生まれだし。私の方が生まれたの早いし」
口を尖らせてふて腐れるように言ってやった。
「まだまだ中身が子供だっていうことだよ」
春人はゴツゴツとした大きな手で私の頭をくしゃくしゃとかき回した。
「ほら、もうそろそろ朝食の時間だし。戻るぞ」
「へーい」
そう言って春人の隣を歩く。
こういう毎日が続いているが、私はこの毎日が好きだ。でも、私も春人も十八歳になる。春人は順調に回復していって退院も視野に入っているが、私はそんな良いことを先生から言われたことがない。
私はどうなるんだろう。
春人とわかれ、自分たちの病室へと戻り朝食をとった。いつも病院の薄味の健康的なものしか食べていないので、テレビのCMでよく見るジャンクフードも食べてみたい。退院したらやりたいことがまた増えた。
全部食べ終わって綺麗にカラになったお皿を重ねた。
右にある大きな窓をみると葉も花もない桜の木が見える。蕾だらけの桜も可愛いから早く見たいな。
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