笑顔と散花
麝香連理
第1話 待ち望んだ、この時を
空は暗闇に覆われ、風の音が優しく建物を揺らし、机の上の蝋燭の明かりが二つの影を伸ばす。
「ルアーナ、遂に僕達の初夜だね。」
銀髪の青年がベッドに座る橙色の髪の少女に話し掛ける。
その顔は緊張しているようだ。
「………。」
「えっと…ちゃんと手解きは受けたから、しっかりリードしてみせるよ。」
「………………。」
何も言わぬ少女に青年は困り顔を浮かべる。
「始めるよ。」
青年は少女を優しく横にして、自分は少女の上に跨がる。
「お互い初めてで緊張するだろうけど、これから二人でこの国を治める、その第一歩だ。」
青年がそう言った直後、
「フ、フハハハハハ!アハハハハハハ!!」
突然少女は狂ったように笑い出した。
「ど、どうしたんだい?」
青年は突然の出来事に声を震わせて少女に尋ねる。
「フフ!どうしてって……アンタの見当違いの台詞に笑いが止まらないんだよ!」
暗がりでも分かる程の歪んだ笑みを浮かべて少女は言葉を紡ぐ。
「私は復讐の為にここにいるんだ。アンタの事なんて好きでも何でも無いわ!」
「な!?なんでいまさら!君が恨んでいるのは君の村を襲った魔物だろう!?だからこそ、聖女となり我が妻としてこの国を守ると誓い合ったではないか!」
「ハッ!今時魔物だぁ?調教されて見せ物になってる家畜風情が村を襲うわけないだろぉ!?流石可愛がられた箱入り息子は世間知らずだなぁ!」
少女は青年を馬鹿にしたような話し方で罵る。これには青年も堪忍袋の緒が切れたようだ。
「それは、言い過ぎじゃないか!」
青年は横になる少女を叩こうと身体を浮かせて手を上げる。
「フン!」
それを見た少女は青年の下にさっきまで敷かれていた自身の足を使い、青年の右肩を蹴る。
「ぐあっ!」
青年はバランスを崩し、後ろに倒れるも無駄に大きいベッドのお陰で地面に落ちることは無かった。
少女は青年の上に跨がり、青年の両腕を押さえつける。力関係がさっきと逆になってしまった。
「一体、どういう事なんだ!せ、説明してくれ!」
青年は身の危険を感じ、少しでも生きる道が無いかと模索するような発言をした。
「昔語りか…。たまには良いかもね。」
そう言って少女は話し始める。
青年は隙を見て抜け出そうと考えるも、身体が思うように動かず、顔に絶望の色が見れる。
「そもそも私の村、さっきも言ったけど魔物じゃなくて私が燃やしたのよ。」
「へ…?」
衝撃の発言に青年は呆然と少女を見つめる。
しかし、少女はその視線を意にも介せず続ける。
「私のクソ親父は取り敢えずゴミだったわ。そこら辺は話したくないから省くけど、六年前、まだ十一歳の私の身体に欲情して襲ってきたからビックリして、その時まだ制御しきれていない魔法を使ったら、村が燃えた。これが第一章かしら?」
温室育ちの青年には理解しきれなかったのか、口をパクパクさせている。
「私と無事だった妹はそのまま、彷徨っていたらこの国の奴隷商に拐われたわ。」
「まっ、待ってくれ!この国では奴隷は禁止の筈…」
そう言いかけた青年の言葉を阻むように怒りの籠った声で少女が重ねる。
「それも次に話すわよ。黙って聞きなさい。」
青年は黙り込み、もう口を挟むまいと口をキュッ、と閉じた。
「で、えっと…そうそう、拐われてからは鞭で打たれながらずっと、奴隷商の言いなりだったわ。あの時が一番辛かったけど、私が耐えれば妹には手を出さないという条件があったから、それだけを希望にしていたわね。」
少女は目を細めて遠くを見る。
「あっ、そうそうそれで復讐と奴隷、それとアナタが最初に言った言葉を笑ったことの答えだけど、男を悦ばせる方法を教え込まれた後、私の純潔を奪った人がいるんだけど誰だと思う?」
少女はこの時、初めて年相応の笑顔をした。
その笑顔が青年には不気味に見えたようだ。
「えっ…………分から、ない……。」
青年は言葉に詰まるが、少女はそもそも期待していなかったのか何も言わずに答えを話す。
「せ·い·か·いはぁぁぁぁ、"先月死んだテメェの父親だよ"」
陽気な喋り方から一変、響くようなとても低い声で青年の耳元で真実を話す。
「な!?我が父を愚弄するか!その首今すぐ…」
青年は、怒りのあまり身体を強引に動かす。
少女は青年に下から蹴られ引っくり返る。
激昂し今にも掴みかかろうとする青年を何者かが動きを封じる。
「……なぜ、貴様がここに?殺し屋アンブラー!!」
その正体に気付いた青年は直ぐに少女から侵入者に矛先を向ける。
「もう、自分の父母の仇だからって五月蝿わね。」
呆れたように呟くと少女は侵入者の隣に移動する。
「な!?我が父母を殺したのはルアーナ、貴様だったのか!」
青年は遂に限界を超えたのか涙を流しながら、絞り出すように喋る。
「その涙、ダサイわね。アンタの父親は奴隷商に金を渡して、奴隷の少女を犯していたのよ。分かった?」
「そんなわけ無い。そんなわけ無い!父はいつも忙しそうに政務に励んでいた!母も王妃として各貴族家の訪問を…」
青年は必死に自分の両親の素晴らしさを話すが…。
「アンタの父親は政務なんてやってないわよ。自堕落に無駄な出費をしていただけ。それに、政務をやってるのはこの国を使って甘い密を吸ってるカス。それに王妃だって、男に溺れてカスどもの若い子息や奴隷の体を金で買って、国の財政を傾けていたのよ。ま、アンタは箱入りだからぁ、分からないのもしょうがないわねぇ?」
少女の言葉に完全に意気消沈した青年は口を開けたままへたり込んでしまった。
「ま、あんたは甘えて何も知ろうとしなかった、ってのがあんたの罪ってことで。アンブラー"やって"。」
「ん。」
少女の言葉に小さく頷くと侵入者は青年の首を落とした。青年は声も上げず十五年生きた人生の幕を閉じた。
「…終わった?」
アンブラーと呼ばれた少女はルアーナに尋ねる。
「ええ、仕事は終わりよ。」
その瞬間、アンブラーの先程まで無表情だった顔はどこへやら、笑顔でルアーナに抱き付いた。
「お姉ちゃん!褒めて!褒めて!」
すりすりとルアーナの身体に頬を擦り付ける。
「ウフフ、よく頑張ったわね。ファーナ、あなただけが私の支えよ。」
ルアーナはアンブラーもといファーナの頭を撫でる。
「お姉ちゃん、これからどうするの?」
「うーん、取り敢えずこの国の女王として国を統治してみようかしら?なんちゃって。」
ルアーナは突拍子もなく言う。
「お姉ちゃんに出来るの?」
「ふふん。やってみないと分からないじゃない。それに、一応色々教育も受けていたんだから。」
「そっか。……じゃあ私は戻るね。」
ファーナは笑顔のまま立ち上がる。
「…貴方にばかり辛い思いをさせてごめんなさい。」
ルアーナの顔が少し曇る。
「お姉ちゃんは謝っちゃダメ。私はお姉ちゃんに助けられてばかりだった。だからこれは当然。私はお姉ちゃんの為に頑張る。」
ファーナは直ぐ様城から抜け出し、近くの森にある洞窟に戻る。それがファーナの家のようだ。
「…ありがとう。ファーナ。」
ただ一人の部屋にルアーナの声と少し強くなった風の音が溶け合うように消える。
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