第15話(前編)
もう日も暮れてきた頃です。
夏とはいえ、山の夜はずいぶんと暗く感じます。
「話というのは……?」
「先輩にお願いしたいことがあるんです」
「私に、というと」
「ボクの家族のことです」
都会に住む
父はIT関係で起業し、その事業は成功を収めました。情報を集め、考察し、時流を読んで行動するやり方は、息子の
母は、体が弱く、入退院を何度も繰り返していました。病名がつくわけでもなく、ただ健康であることが難しいのです。しかし決して落ち込むような人ではありません。心の強さとやさしさを持った人です。
幼いころ、
しかし彼に転機が訪れます。先祖返りの世界とのつながりが生まれたのです。およそイメージのよくない『烏』の先祖返り。不吉な存在は医者になるべきではないと、面と向かって言われたことすらあります。
両親の言葉に嘘はないでしょう。
それでも、どうしても無力感に苛まれていたとき、「
数百年ぶりの八咫烏の先祖返り。人はおろか、国や世界の行く末すら揺るがす力を宿すとさえいわれるまさに伝説です。
堂々と生きる彼の姿に、勇気をもらいつつ、別の希望も見つけました。
それは加護の力です。
ときに人知を超えた力を発揮する先祖返りの能力があれば、母を守れるかもしれない。先祖返りとして覚醒し、その力が『癒しの力』だったなら──。
それでもまだ、希望は終わらず。
「先祖返りの集まる
そしてついに──。
「
「……ええ、そうですよ」
後輩のまっすぐな言葉を受け止め、
「母は、この近くで入院しています」
夏季合宿の場所を聞いたときは、運命だと思いました。人工島の外に行く機会が少ない中で、病院と同じ県に行くことになったからです。しかも、探していた癒しの力を持つ人物、
「……」
「合宿が終わった後でいいんです。少しだけ、お時間をもらえれば──」
「
ぎしっ、と床板が音を立てました。
視線をやった先にいるのは、2人の風紀委員。
「ちーっす」
軟派な笑みを浮かべる
2人はまっすぐに
「
なにも待たずに、はっきりと言いました。
「おれっちたちは風紀委員として、勝手に能力を使わせようとする人は止めなきゃいけないんだよ」
「勝手ではありません」
ぴしゃりと
「
「……ほっほう、恐れながら」
今度は
「あなた様次第だからこそ、今、割って入ったのです。返答があってからでは、場合によっては遅くなる。どうぞ、どうぞご理解ください」
「しかし──」
「そもそも
「
「……それは」
「癒し手は特別なんだよ。医学では理解できないんだ。なんだかよくわからないけど、怪我や病気が治るんだ。……すごい力だよね〜。原因なんて関係ない。万能の対処療法なんだよ」
「だから、ボクは
「だから、決して、濫用されてはならない」
「……と、いうのが政府の考えでございます」
風紀委員の2人は、靴を履いていました。土足禁止の廊下の上で、コンバットブーツを履いています。
ばっと顔を上げます。ジャージのファスナーは一番上まで上げてあります。わずかに、首元から黒いインナーが覗きます。
「お二人は、風紀委員会でしたね」
「──ん? そうだねぇ、どしたの急に」
必要があれば、動くのだろう。
「つまり、癒し手は政府の管理下にあり、能力の利用は、国益のために使われるわけですね? 重要人物に使うこともあれば、交渉材料になることもある」
ありきたりな想像です。いわゆる「偉い人」が恩恵をあずかるだけでなく、たとえ「敵対的な相手」でも能力の代わりに譲歩させることができるでしょう。入学式で、担任の
「さようでございます。ご理解いただいている通り、特権として、交渉材料として、癒しの力はあまりにも大きい」
「しかしながら、これは私の力です」
「ある程度の裁量が認められているのは、お2人もご存じのはず」
「程度を超えるかが、今回のケースだと難しいんすよ~」
「能力を使うかの最終判断は私がします」
「その是非は、あなた様以外の者が決めるのです。個人の判断で振るわれてよいほど、あなた様の力は小さくありません」
「ボクは──、必ず恩を返します。
「いや、いやだからさぁ。能力はそもそも個人の判断に任せるべきじゃないんだって」
「でもっ!」
「大体さぁ。
「能力のコピー先の許可を取ること……大事だよね。能力ごとの注意点もあるだろうし、人のアイデンティティを損なうのはよろしくない。あとは、なんだっけ?
そうです。
とどのつまり。
「キミは、キミの都合で、ヒトの力を管理してるじゃん」
なにも。
なにも言い返せないまま、時間が過ぎました。
「……」
「いつまでむくれとるんじゃ」
ちゃぶ台を囲う
「風紀委員の言うことも一理あるじゃろ。烏だけ特別扱いってわけにもいかん」
「分かっています」
「じゃったら何が気に入らんのじゃ」
「言いぐさもやり方も、なにもかも許容できません。私の立場が悪くなる、なんて。
声のトーンが一段落ちました。
「何より、風紀委員の2人が気の毒です。あれでは、敵のようではないですか」
風鈴の音がして、一時の静寂が訪れました。言葉から熱が取れていき、どうにもならない現実を自覚し、ただ消化する時間でした。
「……ま、敵ではないのぉ。実際」
「彼らは、護衛だ」
「そうだね。風紀委員は僕らを守ってくれてる。力を利用しようなんてやつ、いくらでもいる」
夏季合宿初日に、護衛だと自称したのは嘘ではありません。人工島の外というアウェーにあって、安全が保たれているのは風紀委員の努力の賜物です。姿を見せない多くの委員や卒業生によって、この山荘は守られています。
「あまりにも、酷だとは思いませんか。すぐ近くに、助けたい人と助ける力があるのに」
「己の力でない限り、勘定に入れてはならん。現実はそう甘くない。……責める気などこれっぽっちもありゃせんが」
「カズサか。おい、目ぇ赤くなってんぞ」
「──っ!」
とっさに自分の顔を手で覆います。さっきまで洗面台の鏡を覗いていました。
(まずい)
さっきの今です。まだ気持ちの整理ができていません。いわれた言葉を反芻し、自分の感情がぐちゃぐちゃになっているままです。顔に出てるのもわかっています。せめて声に動揺が現れないように、気を張って、はきはきと喋りましょう。
「ごみが入ってしまって。お二人は?」
「歯磨きして寝ちゃおっかな~って。昨日はグッズ妄想してて遅くなったから、今日はその分早寝しようと思ってさ。あ、
寝巻姿の二人を見て、とっさに思いついたことを口にしました。
「……なんですかね。アイマスクとか?」
「いいねぇ! アイドルちゃんの目元アイマスク! 安眠用もいいし、美容とかもありだよね。さすが
「ありがとうございます」
「……なんかあったか」
ひゅっ、と。鋭く息を吸ってしまいました。
「特に、なにも……」
「なにもってこたぁねーだろ。オレたちでよけりゃ話聞くし、言いにくいならSCVの二人に──」
「ご心配なく。では」
二人の間を横切って、廊下に出ます。そのままの勢いで歩いていきます。
(後で、謝らなくては)
ぶしつけな態度だったと思います。
それでもなお、今は一人になりたい。
誰もいないところに行きたいという思いが先行します。
ほとんど走るように、床を軋ませながら歩いていきます。心臓が、突き刺されたように痛くて、血が失われていくように寒気がして、拍動のたびに目の前がちかちかして。
要するに、最悪の気分でした。
(ボクは、最低だ)
歩いても歩いても。
どこに行くべきかわかりません。
どこにいるべきかわかりません。
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