第11話(後編)

 体育祭はクライマックスを迎えます。

 最終種目は騎馬戦。

 両軍それぞれ15騎が参加します。1騎は馬役が3人、騎手が1人の四人組で構成されます。芸能科生徒の約半数が参加する大規模競技。配点も高く、例年通り、騎馬戦で勝てば優勝です。

 またこの騎馬戦はチャンバラのルールも取り入れています。

「この風船を割られたら退場、か」

 騎手役の忠太ちゅうたは、頭頂部にある風船を指で突きました。

「そうじゃ。忠太ちゅうたよ、おぬし剣道部じゃったとか言っとったなぁ、期待しとるぞ!」

 同じく騎手役である紅蓮ぐれんが横から笑いかけます。忠太ちゅうた紅蓮ぐれんの手には柔らかい素材でできている剣が握られています。これで相手の風船をたたき割ればオーケー、というわけです。風船が割られれば退場。大将の風船が割れれば割られた方の負け。

「任せてくださいよ! なっ、一颯かずさ

「なんでボクが馬なんだ……」

「まぁ身のこなしじゃろうなぁ……」

 どんなルールでも騎馬戦である以上、一般論として騎手は運動神経が良い方が向いています。相手の動きを見切る洞察力、不安定な状態で相手の風船を割る身のこなしは一颯かずさよりも忠太ちゅうたが得意としています。

「おーほっほっほ! 騎馬戦でもあの男に勝ってみせますわ~」

 と高笑いするめぐみの馬役は、黒嗣くろつぐ早輔そうすけ可弦かいとの三人組。全員なんともいえない微妙な顔でした。

「男女混合なんですね」

「うむ、女子はハンデで薙刀が持てるからのぉ。毎年何人かは騎手で出てきよる。……心得のあるものもいるしの」

 紅蓮ぐれんが苦虫を潰した顔で、東軍を見やります。


「見られてるぞ、紅霞こうか

「……そうだな。やつは頭は悪いが、視力はいい」

 互いに騎手であるはじめ紅霞こうかは、それぞれ向けられた視線を真っ向から受け止めます。

 その横でシンプルに苦しそうな顔の馬役、ほがらが呻きます。

「なんでこの配置……」

「頼みにしてるぜぇ、馬ども!」

「「オウ!」」

 騎手役の大雁丸大和おおがんまるやまとの身長は180オーバー、ガタイもよく筋肉質で、その分とっても重いです。ほがらとマッチョな先輩2人が大和を支えます。

「すでにきついっす、ワシ先輩」

「軽量級の騎馬だけでは対応できない場面を想定してのことだ」

 涼しい顔で言ってのけるはじめもまた、身長187センチの長身。彼の下にいる馬役も妙に屈強な男たちでした。

「騎手がどれだけ強くとも、勢いで押し切られ、馬ごと潰されることもある。その点どっしりと構えた重量級の騎馬、長いリーチを活かしての攻撃ができる大雁丸おおがんまるの騎馬はかなりいい構成だ」

「お、おれがここである意味は……?」

「馬役の前衛は司令塔だ。状況を見極め、進路を決める必要がある。ときには踏みとどまり、耐えるしかないこともあるだろう。うまくやれ」

「……うーっす」

 と返事はしたものの、ほがらはすでに棄権したい気持ちでいっぱいでした。


 スタジアムに響くのは太鼓の音。

 ドン……ドン……とゆっくりと打ち鳴らされ、少しずつ早くなっていきます。そして音と音の境目がなくなるほど叩かれ、最後に大きく間を開けて、強く太鼓が叩かれました。

「東軍、前へ!」

 スタジアムの東側、芝生の上に立ち並ぶ15騎。東軍の大将にして生徒会長の宇留鷲統うるわしはじめは中央に構え、左右には頼りになる2騎を控えさせています。右にいるのは生徒副会長――、薙刀を携えた朱凰紅霞すおうこうか。左には重量級、大雁丸大和おおがんまるやまとを騎手とした鳩井朗はといほがらのいる騎馬。

「西軍、前へ!」

 対になる西側に、また別の15騎が並んできます。中央にはやはり大将、風紀委員長の鴻戯恩こうぎめぐみがいます。馬役はデビュー組より夏焼黒嗣なつやきくろつぐ荒鳶可弦あらとびかいと、そして風紀副委員長の早座居早輔さざいそうすけと豪華メンバーを起用しました。

「両軍、前へ!」

 30騎が一斉に前に一歩前に進みました。ずんっと大きな音がします。90人の馬役の足音、その上には武器を構えた30人分の騎手役の重みがあります。両軍の距離は50メートルほどです。サッカーコートをフィールドとする騎馬戦において、前進、後退、左右への展開など、開始直後から多くの選択肢が広がっています。

 太陽はすでに天頂を通り過ぎ、西日にじりじりと照らされます。ときおり吹く弱弱しい風がとても気持ちよく感じます。

「開戦!」

 ホラ貝の音と共に、30の騎馬が動きます。




「全軍突撃! ですわ!」

 めぐみの号令により西軍は一斉に前に走り出します。横並びではなく、中心部が突出した形、いわゆる魚鱗の陣です。矢のごとく鋭く、まっすぐに東軍へと迫ります。

「た、大将が一番前!?」

「うろたえるな、鳩井はとい。全軍、防御陣形!」

 西軍とは対照的に、東軍ははじめを中心として下がり、V字の形になりました。そのまま西軍が来れば上手く包囲できるはず、との考えです。

 しかし、西軍はぴたりと動きを止めます。

 進み続けるのはたったの一騎。

「ワシじゃ!」

 朱凰紅蓮すおうぐれんを騎手とした騎馬です。

 ここで凹型の両端、つまり「敵が突っ込んできたら機動力を活かして回り込み、包囲する役目」の騎馬が反応します。たった一騎ではあるものの、大将の風船が割られれば負けです。リスクは排除すべきという考えで、左右2騎ずつが紅蓮ぐれんを囲むように動きました。

「おうおう! ちゃんと勉強してきたようじゃのう! しかし、すまんがのぉ、つい今しがた、思い出しておいたばかりなのじゃ!」

 紅蓮ぐれんは歌いながら──、飛びました。

 敵の騎馬に乗り移り、息をつく間もなく騎手の風船を割り、そして自分の馬役の上に戻ります。っそしてそれを繰り返し、もう一騎を撃破。

「……紅霞の能力が効いていない。いや……早座居か」

 朱凰紅霞すおうこうかの『記憶の忘却』は、朱凰紅蓮すおうぐれんの『記憶の想起』と早座居早輔さざいそうすけの『能力弱化』で相殺されています。紅蓮ぐれんが飛んだ瞬間から『忘却』を使っているのですが『想起』によって記憶の大部分がすぐに復活します。借り物競争で起きたような自滅行為はもはやないでしょう。

「デバフがなければ勝てるという判断か……」

「なら──、私が出る」

 紅霞こうかの騎馬が前に駆け出します。向かう先には、突出してしまった東軍の騎馬の最後の一騎と、そこに飛び乗ろうとする紅蓮ぐれん。すでに東軍は三騎を落とされています。薙刀の目いっぱい端の方を持って、大きく振ります。

「むっ! ……なんじゃあ邪魔くさいのぉ」

 紅蓮ぐれんの鼻先を薙刀が掠め、動きが止まります。

「私たちの出る幕ではない、紅蓮ぐれん

「ワシら騎馬戦リアタイ勢じゃぞ、手本を見せねば、紅霞こうか

 2人の朱凰の一騎打ちに誰もが注目し、足を止めました。紅蓮ぐれんの騎馬を囲おうとした東軍も距離を取り、静観する構え。

 誰も割り込めるはずもなく、と思いきや。

「やったらぁ! 行くぞオーガンマル!」

「合点承知! いけ鳩井はとい!」

 鳩井はといを先頭の馬役とした、大雁丸おおがんまるの騎馬が飛び出します。

 すぐ横の統は小さい声で「それでいい」と呟きました。

「でもよぉ、ちょっと無粋なんじゃねぇか? 朱凰姉弟すおうきょうだいの一騎打ちだろ?」

「無粋言うとる場合か! 風船を割られたら、能力も使えんくなる!」

 風船を割られれば、退場。能力の使用も禁止されます。で、あれば、能力的にも経験的にも最強の『朱凰すおう』が欠ければほとんど負けたようなもの──。

「こっちの『忘却』が誰を対象にしているかを見つけるまで、あっちは『想起』でリカバリさせることはできん! 『弱化』だけじゃきついからダブルチームで女子の朱凰すおう先輩の能力を抑えてる!」

 タイミングも対象も絞らせない分、能力戦は仕掛ける側が有利です。

「正直よくわかんねぇが……んで、どうする? 俺ぁ朱凰すおう先輩みてぇに強くねぇぞ」

「せやろな! でもおんなじことをやってくれ!」

「あ?」

 もはや紅蓮ぐれんの騎馬はすぐそこ、大和たちは勢いを落とさず、進みます。

「かかっ、その意気やよし! かかって──、こ、待て待て待て待て!」

 大和やまとたちの騎馬は勢いをまったくゆるめず、そのまま紅蓮ぐれんの騎馬に体当たりしました。もちろん馬役の前衛、ほがらはもうただの頭突きのような感じで突っ込みました。ほがらたちのやけくその体当たりは、紅蓮ぐれんの下の軽量級の馬役の体勢を大きく崩します。

「やってくれる!」

 紅蓮ぐれんはそれでも朗の肩に足を乗せ、そのまま大和の風船を割るべく一閃。

 しかし、

「っ! ハイカラなトサカじゃな……!」

 大和のリーゼント(厳密にいうとワックスで固めた前髪部分)が紅蓮ぐれんの刀を阻みました。

「どんなもんだ!」

「じゃがこれで決まりじゃっ!」

 またしても身を翻し、今度は大和やまと自身の肩に乗り、その風船を割ります。そのまま勢いに乗って、紅霞こうかの騎馬へと飛びます。

「道連れじゃ」

「……はぁ」

 大きく歯を見せて笑う紅蓮ぐれんとは違い、紅霞こうかは面倒くさそうに溜息をつきました。

 ぱぁん! と大きな音がして、紅蓮ぐれん紅霞こうかの風船が同時に割れます。

 



 東軍 残り10騎

 西軍 残り14騎

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