第11話(前編)
芸能科の体育祭は、お昼休みの時間を迎えました。
スタジアムは競技の熱気から解放され、和気あいあいとした声が聞こえてきます。高いところから日光が降り注ぎ、そよ風が芝生を揺らしました。
東軍のテント付近には、色とりどりのレジャーシートが敷かれています。
「平和だなぁ……」
「そうですね……」
「オーウ……」
日差しこそ少々強いですが、風が気持ちよく、昼寝がしたくなる日です。
「お味噌汁でもいかがですか?」
ぱっと振り返れば、
「欲しいです。あざーすっ!」
「見事な走りでした」
と、いうのはパン食い競争の感想です。朗が(1人だけ)ガチの走りを見せ、圧倒的な差をつけて一着を勝ち取りました。
「いやぁ食べ物やったんで。さすがに負けないですねっ……」
「食べきるのもすごいスピードだったよね。焼きそばパンが一瞬で消えたもん」
「走りながらもよく噛んでいてすごかったです」
「
口々に褒められ、
「みんなも強いやん? 大体1位か2位だったような」
「くっ……」
「あと二枚、届かず……」
「ああ、百人一首……」
午前の部の種目の一つです。芝生のコートのど真ん中に畳が持ち込まれ、そこで百人一首(競技かるた)の試合が行われました。異様な光景に一年生はどよめきつつも二・三年生は最初から盛り上がりました。
「いつか必ずリベンジします……」
わなわなと燃える
西軍のテントに目を向けると、そこには庭園で行われるお茶会のような光景があります。純白のテーブルクロスの上には料理が並び、高そうなカトラリーが人数分用意されていました。サンドイッチやクロワッサンなどを主食とし、色鮮やかなサラダや優しい甘さのスープなどがあります。
「ヘルシー過ぎでは……」
「肉も食べたい……」
などと呟くのは、栄養の偏りが気になる
「おーほっほっほ! 心配ご無用ですわ〜! グッドルッキングガイ!」
「BBQですわ~!」
「「「おっしゃー!!」」」
「よっ風紀委員長!」
「さすが縦ロール!」
「おーほっほっほ! ……髪型関係ありますの?」
西軍のテントがにわかに活気づきます。
「なぁ
「まだ中に火が通ってない……かもしれない」
自分で肉を焼いた経験があまりない
「なんじゃあ、もういけるじゃろ。どれ」
さっと直箸で肉を口に運びました。
「んまい」
「……
「……ごめん」
「いえ、むしろ食べていただけて光栄です」
きりっとした調子で
それはさておき。
「~っ! 緊張したっ……」
「やっぱさぁ、
ファンじゃんとか、すげー好きじゃんとか言いそうになりましたが自重しました。
「もちろんだ。絶対に粗相のないようにしなければ……」
「ペアで二人三脚出るんだもんな! そーいえば練習とかした?」
「あの
「えっ、なんで!?」
「連日レッスンにライブ、仕事だぞ! お手を煩わせるわけにはいかないだろう!」
そうは言っても、向こうから声をかけてくれたんだからいいんじゃないか。忠太はそう思いました。二人三脚ほどぶっつけでやるのが怖い競技もないでしょうし。
「問題ない。
「そっかあ……」
それはちょっと怖いかも、と思いましたが言わないでおきました。
午後の部、最初の競技は二人三脚です。
先生たちがペアの足をぎゅっと紐で結びます。途中で解けてしまうと失格ですし、下手に緩めるとケガの原因にもなるのでしっかりと結びました。その横にも、足を結ばれるのを待っている2人組が陸上トラックの上に並んでいます。
そして
「本日はよろしくお願いいたします」
「……ウン」
「ボクが責任を持って掛け声を出しますので右、左、右の順番で足を出していただければ幸いです」
もはや勝敗とは違うところで気をもんでいる2人ですが、果たして息は合うのか。
6組すべてのペアの準備が終わり、全員が構えます。
「用意――、ドン!」
ピストルの音と共に一斉に駆け出します。
(あと一組っ……!)
2位につけたところで、
ふらりとよろけます。
(まずいっ……!)
せめて
「っ――!」
しかし、そうこうしている間に追い抜かれてしまいました。
結果は最下位です。
「も、申し訳ありませ――」
勢いよく頭を下げようとする
「……怪我しなくて、良かった」
このやり取りに黄色い悲鳴が飛び交い、
体育祭において最も盛り上がる競技のひとつ、それは。
「もちろん、めんこだ」
「そんなはずないだろ」
言い切る
「いくら何でも体育祭でめんこは違うっしょ……。百人一首はもはやスポーツやけれども、めんこはなんか、こう、違うんよ……」
東軍の本陣にて、統を含めた5人の出場者、メンコリストたちが準備体操をしています。解せない気持ちのまま、
「スポーツの定義は人が熱くなれるか、ただそれだけさ……」
「あんま否定できんけども」
スタジアムのど真ん中にはめんこに使うのであろう正方形のステージがあります。今回のさえずりめんこは団体戦。5対5での勝ち抜き戦です。
「能力に関しては自分またはチームメイトには使ってもいいというルールにした」
「なるほど。……『にした』っていうのは」
「もちろん俺がルールを決めた。その方が有利だからな」
ストレッチを終え、
「そっすか……」
そして始まっためんこ団体戦。
「……荒鳶君も相当ねばったけど」
「ええ、ここからの逆転は厳しいでしょう」
「しゅっ!」
「ワシ先輩ってやっぱ強いんか……」
「そうですね。ハジメくんは『集中』の能力を自分に使うことでいわゆるゾーンに入れますから」
「ゾーンって、あの漫画とかで見るやつ? 覚醒的な……」
ゾーンとは最高のパフォーマンスが発揮できる状態のことです。集中しながらも適度なリラックス状態でもあり、その人の持つ力を100パーセント引き出すと言われます。
「そ、そんな状態に――」
めんこで――? と口にするのは控えました。人が真剣にやってることを茶化す気はありません(親しみゆえにイジることはありますが)。
「ただ、能力に応えられるだけのメンタルとスキルがないと意味はない、と言っていました」
「まぁ、集中しすぎて視野狭窄になったり、100パーの力が大したことなかったりってパターンもあるもんな。そうじゃなきゃ大将のワシ先輩にまで回ってないだろうし」
勝ち抜け戦なので、大将が出ているという点では、東軍が追い詰められています。対する西軍は
「強いやつをもっと強くするタイプの能力ってことか……」
「……」
「な、なに? なんですか?」
「なるほど、と思いまして……」
「くっ……」
「打つ手なしなら、降参しろ。カイト」
「誰が降参なんかっ……」
とはいえ、可弦が負けても大将が控えているのも事実。
対戦相手が変われば、場の札も片付け、仕切り直しになります。
(つまり、勝ちを目指して挑むか……不可能と諦めるか……)
ごくりと、
(――違う)
奇跡に縋って一手を打つくらいなら降参した方がマシです。
(こんなもんしか思いつかねぇーのか、俺は)
本当に二者択一なのでしょうか?
(ああいいぜ。認めてやる、この試合、俺がハジメに勝つには奇跡が必要だ。だが――)
(西軍が勝つのに必要なのは――、これだっ!)
この勝負のことを後に統はこう語ります。
「俺の知る限り――、最高のプレーだ。カイトは、俺に勝つことへの執着を捨て、チームの勝利を優先した。俺のめんこに深い傷をつけ、大将同士の対決でハンデを背負わせた。そのせいで、俺と同じく四天王と呼ばれていた
囀学園高等部芸能科第78期体育祭さえずりめんこ
勝者・西軍
大将
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