第11話(前編)

 芸能科の体育祭は、お昼休みの時間を迎えました。

 スタジアムは競技の熱気から解放され、和気あいあいとした声が聞こえてきます。高いところから日光が降り注ぎ、そよ風が芝生を揺らしました。


 東軍のテント付近には、色とりどりのレジャーシートが敷かれています。みことを筆頭に料理好きの生徒たちがお弁当を作り、それを持ち寄ってみんなで食べています。おにぎりに卵焼き、からあげなどいかにも体育祭らしい食事です。

「平和だなぁ……」

 ほがらはもりもりとおにぎりを食べます。自分用に米を用意し、おにぎりにしました。

「そうですね……」

「オーウ……」

 千呼ちこ大和やまとも同じレジャーシートに座っています。この三人は午前の部の競技に出場したので、午後はラストの騎馬戦に備えるだけです(大和やまとは100メートル走に出て一着でした)。

 日差しこそ少々強いですが、風が気持ちよく、昼寝がしたくなる日です。

「お味噌汁でもいかがですか?」

 ぱっと振り返れば、みことが大きい水筒を持っていました。ジャージに割烹着という今や見慣れた格好です。傍には紙コップを持った春音しおんもいます(長袖ジャージに短パン姿)。

「欲しいです。あざーすっ!」

 ほがらが元気よく答えると、みこと春音しおんも笑いながら準備してくれます。

「見事な走りでした」

 と、いうのはパン食い競争の感想です。朗が(1人だけ)ガチの走りを見せ、圧倒的な差をつけて一着を勝ち取りました。

「いやぁ食べ物やったんで。さすがに負けないですねっ……」

「食べきるのもすごいスピードだったよね。焼きそばパンが一瞬で消えたもん」

 千呼ちこ大和やまともうんうん頷きます。

「走りながらもよく噛んでいてすごかったです」

鳩井はといは食いもんのことになるとパワーアップするよな。よく分かんねーけど」

 口々に褒められ、ほがらは照れくさそうに言います。

「みんなも強いやん? 大体1位か2位だったような」

「くっ……」

 みことの表情が変わりました。眉間にしわが寄り、わなわなと体をふるわせています。

「あと二枚、届かず……」

「ああ、百人一首……」

 午前の部の種目の一つです。芝生のコートのど真ん中に畳が持ち込まれ、そこで百人一首(競技かるた)の試合が行われました。異様な光景に一年生はどよめきつつも二・三年生は最初から盛り上がりました。

 朱凰紅蓮すおうぐれんVS鶴雅尊つるがみことの戦いは一進一退。スタジアムの大きなスクリーンには場の札が大きく映り、2人の素早い手の動きもスローでもう一度再生してくれるなど親切でした。

「いつか必ずリベンジします……」

 わなわなと燃えるみことですが、紙コップにしっかり味噌汁を注いでくれます。

 

 西軍のテントに目を向けると、そこには庭園で行われるお茶会のような光景があります。純白のテーブルクロスの上には料理が並び、高そうなカトラリーが人数分用意されていました。サンドイッチやクロワッサンなどを主食とし、色鮮やかなサラダや優しい甘さのスープなどがあります。

「ヘルシー過ぎでは……」

「肉も食べたい……」

 などと呟くのは、栄養の偏りが気になる一颯かずさとシンプルに肉が食べたい忠太ちゅうたです。2人に限らず、みな育ち盛り。おしゃれさよりも大盛無料のほうが嬉しいお年頃です。

「おーほっほっほ! 心配ご無用ですわ〜! グッドルッキングガイ!」

 めぐみがぱちんと指を鳴らすと現れたのはグッドルッキングガイこと可弦かいと黒嗣くろつぐ。キャスターの音ががらがらと響きます。2人が運んできたのは黒いコンロ――そう、 つまり。

「BBQですわ~!」

「「「おっしゃー!!」」」

 可弦かいと黒嗣くろつぐに続き、黒服の生徒(風紀委員の生徒)たちがコンロや食材を持ってきます。

「よっ風紀委員長!」

「さすが縦ロール!」

「おーほっほっほ! ……髪型関係ありますの?」

 西軍のテントがにわかに活気づきます。

「なぁ一颯かずさ、これもう食べていい?」

「まだ中に火が通ってない……かもしれない」

 自分で肉を焼いた経験があまりない一颯かずさは、金網の上にある肉を、いろんな方向から見ています。見かねたのか、紅蓮ぐれんがひょっこり現れました。

「なんじゃあ、もういけるじゃろ。どれ」

 さっと直箸で肉を口に運びました。

「んまい」

「……紅蓮ぐれん、人の焼いた肉」

 あきがいつも通りの無表情で突っ込み、一颯かずさたちを見ます。

「……ごめん」

「いえ、むしろ食べていただけて光栄です」

 きりっとした調子で一颯かずさは応えました。

 あきは会釈し、紅蓮ぐれんの襟を掴んで別のコンロの方に連れていきます。向かう先はめぐみ(と可弦かいと黒嗣くろつぐ)のいるところです。紅蓮に対して物怖じしない人が集まってる場所だと言えるでしょう。

 それはさておき。

「~っ! 緊張したっ……」

 一颯かずさが大きく息を吐き、胸をなでおろします。

「やっぱさぁ、一颯かずさって暁烏あけがらす先輩……、えっと、リスペクトしてるんだな」

 ファンじゃんとか、すげー好きじゃんとか言いそうになりましたが自重しました。雀忠太すずめちゅうたは気を遣えるタイプです。

「もちろんだ。絶対に粗相のないようにしなければ……」

「ペアで二人三脚出るんだもんな! そーいえば練習とかした?」

 忠太ちゅうたの質問に、ふるふると首を横に振ります。

「あの暁烏あけがらす先輩が二人三脚ごときに時間を使うわけないだろう。一度、鶯原うぐはら先輩がセッティングしようかと気を遣ってくださったが……ちゃんとお断りした」

「えっ、なんで!?」

「連日レッスンにライブ、仕事だぞ! お手を煩わせるわけにはいかないだろう!」

 そうは言っても、向こうから声をかけてくれたんだからいいんじゃないか。忠太はそう思いました。二人三脚ほどぶっつけでやるのが怖い競技もないでしょうし。

「問題ない。暁烏あけがらす先輩の歩幅ストライドは把握している……」

「そっかあ……」

 それはちょっと怖いかも、と思いましたが言わないでおきました。雀忠太すずめちゅうたは気を遣えるタイプです。




 午後の部、最初の競技は二人三脚です。

 先生たちがペアの足をぎゅっと紐で結びます。途中で解けてしまうと失格ですし、下手に緩めるとケガの原因にもなるのでしっかりと結びました。その横にも、足を結ばれるのを待っている2人組が陸上トラックの上に並んでいます。

 そして一颯かずさあきのペアも、紐が結ばれます。

「本日はよろしくお願いいたします」

「……ウン」

 一颯かずさあきは身長も2センチ差ですし、足もそんなに速くない、ということでペアになりました。

「ボクが責任を持って掛け声を出しますので右、左、右の順番で足を出していただければ幸いです」

 一颯かずさの左足とあきの右足が紐で結ばれています。2人は肩を組んで、しっかりと立ち上がりました。一颯かずさは心臓の音がうるさく、あきに聞こえてしまわないか心配になりました。

 あきあきでそれはもう不安です。みこと春音しおんにはこれを機にコミュニケーションを取ってみようと言われましたが、現状ただのイエスかノーの返事しかできてません。

 もはや勝敗とは違うところで気をもんでいる2人ですが、果たして息は合うのか。

 6組すべてのペアの準備が終わり、全員が構えます。

「用意――、ドン!」

 ピストルの音と共に一斉に駆け出します。

 一颯かずさあきのペアも打合せ通り、紐で結ばれた方の足から前に出し、一颯かずさの声掛けにしたがってイチ、ニ、イチ、ニと走っています。身長の近さや一颯かずさが歩幅を(ちょっと頑張って)合わせることで意外とスピードが出ました。

(あと一組っ……!)

 2位につけたところで、一颯かずさの一歩が大きくなってしまいました。

 ふらりとよろけます。

(まずいっ……!)

 せめてあきが怪我をしないようにと一颯かずさが受け身をとり地面に手をつこうとすると――。

「っ――!」

 あき一颯かずさの体操着の襟を掴み、ぐっと支えます。一瞬首が締まりますが、うまくバランスを取ってなんとかこけずに済みました。

 しかし、そうこうしている間に追い抜かれてしまいました。

 結果は最下位です。

「も、申し訳ありませ――」

 勢いよく頭を下げようとする一颯かずさの頭を、あきの手がむんずと掴み、慣れない手つきで撫でました。

「……怪我しなくて、良かった」

 このやり取りに黄色い悲鳴が飛び交い、鳴美瑠璃音なるみるりおという生徒の「メローーーーい!!!」という絶叫が響きました。


 体育祭において最も盛り上がる競技のひとつ、それは。

「もちろん、めんこだ」

「そんなはずないだろ」

 言い切るはじめに、ほがらはため口でつっこみました。だってそんなはずないから。

「いくら何でも体育祭でめんこは違うっしょ……。百人一首はもはやスポーツやけれども、めんこはなんか、こう、違うんよ……」

 東軍の本陣にて、統を含めた5人の出場者、メンコリストたちが準備体操をしています。解せない気持ちのまま、ほがらはじめのストレッチを手伝っています。背中をぐっと押すと、抵抗もなくはじめの手が足に届きました。さすがの柔軟性です。

「スポーツの定義は人が熱くなれるか、ただそれだけさ……」

「あんま否定できんけども」

 スタジアムのど真ん中にはめんこに使うのであろう正方形のステージがあります。今回のさえずりめんこは団体戦。5対5での勝ち抜き戦です。

「能力に関しては自分またはチームメイトには使ってもいいというルールにした」

「なるほど。……『にした』っていうのは」

「もちろん俺がルールを決めた。その方が有利だからな」

 ストレッチを終え、はじめはさわやかな笑顔を浮かべました。

「そっすか……」

 ほがらはもうなにもつっこみませんでした。


 そして始まっためんこ団体戦。

「……荒鳶君も相当ねばったけど」

「ええ、ここからの逆転は厳しいでしょう」

 春音しおんみことの視線の先では、西軍副将・荒鳶可弦あらとびかいとが、今まさに東軍大将・宇留鷲統うるわしはじめに負けそうになっています。前半は西軍有利で進みました。しかしはじめの『集中』により、東軍はここまで持ち直しました。

「しゅっ!」

 はじめのめんこが可弦かいとのめんこを弾きます。その上でフィールドにはじめのめんこが残り、理想的な一手となりました。

「ワシ先輩ってやっぱ強いんか……」

 ほがらが思わず呟きます。

「そうですね。ハジメくんは『集中』の能力を自分に使うことでいわゆるゾーンに入れますから」

「ゾーンって、あの漫画とかで見るやつ? 覚醒的な……」

 ゾーンとは最高のパフォーマンスが発揮できる状態のことです。集中しながらも適度なリラックス状態でもあり、その人の持つ力を100パーセント引き出すと言われます。

「そ、そんな状態に――」

 めんこで――? と口にするのは控えました。人が真剣にやってることを茶化す気はありません(親しみゆえにイジることはありますが)。

「ただ、能力に応えられるだけのメンタルとスキルがないと意味はない、と言っていました」

「まぁ、集中しすぎて視野狭窄になったり、100パーの力が大したことなかったりってパターンもあるもんな。そうじゃなきゃ大将のワシ先輩にまで回ってないだろうし」

 勝ち抜け戦なので、大将が出ているという点では、東軍が追い詰められています。対する西軍は可弦かいとが負けても大将が控えています。

「強いやつをもっと強くするタイプの能力ってことか……」

 ほがらがそう結論づけると、

「……」

 千呼ちこ大和やまと、さらに近くにいた春音しおんみことまでもが、ほがらの顔を覗き込みます。

「な、なに? なんですか?」

「なるほど、と思いまして……」

 千呼ちこは意味ありげに頷くと視線をステージに戻しました。


「くっ……」

 可弦かいとは苦しそうにフィールドのめんこを見つめます。場にあるのは統のめんこのみ。それも3枚もあります。可弦かいとが勝つには、これらすべてを弾くかひっくり返す、さらに自分のめんこも表向きで場に残さなければなりません。ウルトラCの難易度です。

「打つ手なしなら、降参しろ。カイト」

「誰が降参なんかっ……」

 とはいえ、可弦が負けても大将が控えているのも事実。

 対戦相手が変われば、場の札も片付け、仕切り直しになります。

(つまり、勝ちを目指して挑むか……不可能と諦めるか……)

 ごくりと、可弦かいとの喉が音を出します。ベストパフォーマンスを発揮し、かつ奇跡が起これば勝てます。だったらやるしかない、そう思いました。

(――違う)

 奇跡に縋って一手を打つくらいなら降参した方がマシです。

(こんなもんしか思いつかねぇーのか、俺は)

 本当に二者択一なのでしょうか?

(ああいいぜ。認めてやる、この試合、俺がハジメに勝つには奇跡が必要だ。だが――)

 可弦かいとは最後のめんこを構えます。

(西軍が勝つのに必要なのは――、これだっ!) 


 この勝負のことを後に統はこう語ります。

「俺の知る限り――、最高のプレーだ。カイトは、俺に勝つことへの執着を捨て、チームの勝利を優先した。俺のめんこに深い傷をつけ、大将同士の対決でハンデを背負わせた。そのせいで、俺と同じく四天王と呼ばれていた鴻戯恩こうぎめぐみを、ハンデありで倒さなきゃいけなくなったわけだ。――結果? よしてくれ、知ってるだろ……」




 囀学園高等部芸能科第78期体育祭さえずりめんこ




 勝者・西軍

 大将 鴻戯恩こうぎめぐみ

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