第10話(後編)

 西軍の本陣のテントで、可弦かいとが笑っています。

「はっ! 手玉に取られてだっせー!」

 紅霞こうかの『記憶の忘却』によって負けた黒嗣くろつぐのことを気分良くバカにしてました。

「……うっせぇな」

 黒嗣くろつぐはといえば対策した上で負けたことが普通に悔しく、特に反論しません。それがまた可弦かいとを調子に乗らせます。

 そんな2人の手には大きな扇子があり、王座(と呼ぶにふさわしい豪華な椅子)に座っている鴻戯 こうぎめぐみに風を送っています。背格好はもちろん黒のスーツ。言わずと知れたグッドルッキングガイのスタイルです。はっきり言って初夏に着るには暑いですが仕方ありません。おしゃれは我慢。ちなみに当のお嬢様、めぐみは半袖短パンです。

「お静かになさい。グッドルッキングガイ」

「……はい」

「……はい」

 しゅん、と2人のボルテージが下がります。

 その様子を見て、一颯かずさ紅蓮ぐれんに耳打ちします。

「なぜあのお2人がああも従順なのでしょう……?」

「ん~? なんじゃったかな。金髪のは姉がどうの、黒いのは妹がどうのと言っておったのぉ。ま、身内が知り合いとかファンとかで逆らえないとかそんなとこじゃろ」

「なるほど……」

 鴻戯 こうぎめぐみは七大名家の次期当主であり、デビュー組ユニット『ごめん☆あそば星』のリーダーでもあります。荒鳶あらとび家と関わりがあってもおかしくないですし、黒嗣くろつぐの妹さんがファンでもおかしくないでしょう。紅蓮ぐれんの予想にはかなり説得力があります。

 一颯かずさがひとり納得していると、

「あ~、悔しい……」

「まだ言ってるのか、すずめ

「だって結構練習したんだよ。みんなでさぁ、多少忘れさせられてもすぐ思い出そうって」

 ジャージ姿で、半袖の袖をさらに捲っている忠太ちゅうたは珍しく愚痴っています。

 それを聞いて、可弦かいとがまた口を開きます。

「鳳凰のじいさんが出りゃあ勝てたんじゃねーの」

「ワシか?」

 忠太ちゅうたもピンと来ました。確かに紅蓮ぐれんの能力は『記憶の想起』です。忘れさせられても片っ端から思い出させればいいだけです。

「残念じゃが、今年は無理じゃ」

 なんとも重苦しい声色でした。

「と、言いますと?」

 恐る恐る一颯かずさが聞くと、紅蓮ぐれんは鷹揚に頷きながら答えます。

「今年はみことと、百人一首の決着をつけねばならんのじゃ……」

「……ちっ、なら仕方ねぇな」

 可弦かいとはあっさり引き下がりました。言うほど仕方ないだろうか、と一颯かずさは思いましたが黙っておきました。ただ、めぐみもそう思ったようです。

「仕方なくはありませんわ。まったく、朱凰すおう紅蓮ぐれんのこういうところを見越してあの男は鶴雅つるがみことをピックしたのでしょうね……。本当に忌々しい……」

はじめはなかなかの策士よのぉ」

「む。わたくしがあの男に劣ると?」

「そうは言わん。そうは言わんが、今回は一本取られたろう?」

「むむむ」

 両隣にいるグッドルッキングガイが扇子のテンポをちょっと上げました。

「おーっほっほっほ!」

 めぐみは立ち上がり、そして高らかに宣言します。

「しかし! 午前最後に行われるのは『応援合戦』。わたくしたちの圧倒的世界観の前に東軍はひれ伏すことになるでしょう!」

 西軍のテントでは歓声が上がり、拍手が巻き起こりました。




「さぁ、ショーの始まりですわ……!」

 応援合戦。

 芸能科の体育祭において、これほどアイドル的な競技はありません。三・三・七拍子のような王道だけではなく、現代的なアイドルのライブ、HIPHOP的なダンスやDJによるパフォーマンスなどなんでもありの舞台です。

 百人を超える生徒をどう使うかはもちろん自由。しかし全員参加は必須です。大人数をうまく使いこなせるかが印象を大きく変えます。

 鴻戯 こうぎめぐみが率いる西軍のテーマは「フォーマルとダーティー」。

 コスチュームは全員モノトーン。それぞれの意匠やアイテムが違います。サングラスや手袋、ハット、ステッキなどなど。

 音楽は洒落ているもののどこか犯罪的な、怪しげなイメージを抱かせます。それに合わせたダンスもゆとりがあり、自分たちの格好良さや美しさをよく魅せるものになっています。

 また二つの勢力の抗争というストーリーも展開され、観客を魅了しました。やたら顔のいい金髪の男と黒髪の男が戦うシーンでは興奮のあまり失神する生徒がいました(両目が隠れた背の高い男子生徒です)。

 スタンディングオベーションで西軍のショーは終わりを迎えました。



「なるほど。……やるな」

 はじめは、西軍のショーを純粋に素晴らしいものだと思いました。

 しかし負ける気はさらさらありません。世界観を打ち出すのは結構ですが、よりシンプルに、より多くの観客の心に突き刺さる武器を用意しました。

(本音を言えば、文化祭に取っておきたかったが……)

 出し惜しみをして負けるわけにもいきません。

 宇留鷲うるわしはじめが率いる東軍のテーマは「お祭り騒ぎ」。

 コスチュームはそれぞれ異なりますが、そんなことがどうでもよくなるくらいビジュアル面で眼を惹く要素があります。

 男装と女装です。

 紅霞こうかのようなかっこいい感じの女子に、千呼ちこのようなかわいい感じの男子に、それだけではなく、それこそお祭りでもなければしてくれなさそうな面々にも着せました。着物に身を包んだ生徒は軽快な音楽と共に踊り、惜しげもなく様々な表情を晒します(春音しおんなんかは目が死んでました)。

 華やかな衣装に、太鼓の音、掛け声など、いかにもお祭りらしい調子です。

 東軍のショーも大いに盛り上がり、拍手喝采に包まれながら終わりました。




 かくして、両軍の応援合戦は終わりました。

「こりゃまた一本取られたのぉ……」

「むむむむむ」

 応援合戦そのものは点数には入りませんが、めぐみは悔しそうです。

「男装に女装なんて……ずるいですわ! わたくしもやりたかったのに……! 自制したのに……!」

はじめは案外その辺のブレーキが壊れとるというか、意図的に壊してるところがあるからのぉ」

「……そうだね」

 あきがぼそりと同意します。

「ルリがやたら隠してたのはこれのことだったのか……」

 黒嗣くろつぐはしてやられた、と顔をしかめています。まぁ実際には東軍の応援時、相方にズームしてずっと動画を撮っていました。

鳩井はといは似合ってなかったな」

一颯かずさ、あんまりはっきり言うのはどうかと思うよ……」

 2人でパシャパシャとほがらの写真を撮っていましたが、普通に途中でいろんな人の写真を撮り始めました。割烹着を着た女将役のみことがほぼ普段通りじゃんとかマッチョさを全然隠せてないはじめを観てかっけぇ……となったりとか楽しみました。

「これで午前の部は終わりか……」

 一颯かずさの視線の先には大きなスクリーンがあります。西軍と東軍の点数が表示されており、その差はごくわずか。いかようにもなりうる点数です。

一颯かずさは何に出るんだっけ?」

「……二人三脚」

「誰と?」

 そう、誰と出るか。それが一颯かずさにとって最大の問題です。

「――とだ」

「え?」

 あまりに小さい声に、忠太ちゅうたは耳を一颯かずさの口元に近づけました。

 一颯かずさは腹の底から声を出します。

暁烏あけがらすあき先輩とだっ!」

 きーんと耳が痛くなりながら、忠太ちゅうた一颯かずさの顔を見ます。

 耳まで真っ赤でした。

「そ、そんなに緊張してんの……?」

「ばっ、あの暁烏あけがらす先輩だぞ!? 神気煌耀シェンメイのメインボーカルにして、烏の先祖返りの頂点! というかこの国の先祖返りを代表するような世界に誇る幻想種……! 不吉だの浅ましいだの言われていた烏系の先祖返りへのイメージをぶち壊した八咫の烏……!」

「憧れてるんだ」

「ち、違う! ただその歴史的に、客観的に考えたときにその功績ははかり知れないという話を――」

「わかったわかったから……」

 そんな2人のやり取りを見て黒嗣くろつぐは思います。

(こいつ、だからルリと馬が合ったのか……)

 なんとなくすっきりした黒嗣くろつぐなのでした。


 そんなこんなで、体育祭は午前の部を終え、お昼休みを挟み、午後の部へと続きます。



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