第1話(後編)
寮での共同生活にも慣れてきた4月のこと。
今日は入学式です。
(芸能科の授業ってどんなことするんだろう)
そんなことを考えながら、寮の階段を下りていきます。
すると、調理場の方に人がいました。後ろ姿なので顔は見えませんが、赤い髪をした小柄な生徒です。身を隠すようにして、中の様子をうかがっています。
(ははぁ……)
きっとお腹をすかせた生徒で、盗み食いでもするつもりでしょう。
(なんか
同室の友だちのことを思い出しながら、赤い髪をした生徒に話しかけます。一応、気を使って小さな声にしました。
「おはよう」
「む、なんじゃおぬし」
「盗み食いするつもりか?」
「だったらなんじゃ。まったく、ワシは育ち盛りなんじゃぞ」
「みんなそうでしょ……、ほらこれやるから」
船で
(ま、腹がすいてるのは、かわいそうだしな)
せっかくの入学式に、おなかが鳴ったら恥ずかしいでしょうし、ここは譲ります。
「おぬし気が利くのぉ〜。この借りはいずれ返すぞ」
「別に気にしなくていいよ、これくらい」
屈んで話している2人にぬっと暗い影がかかります。
「ぐ~れ~ん~」
「ぎゃあ!」
と叫んで、赤い髪の生徒は逃げ出します。廊下を猛ダッシュして、窓から外に飛び出しました。もちろん、ここは1階です。
「まったく……」
それを呆れた顔で見ている生徒は割烹着を着ていました。調理のスタッフさんたちに混じって、朝ごはんの支度を手伝っていたようです。
おずおずと声をかけます。
「あの」
「あなたは……1年生の子ですね。初めまして、
「
「ええ、
(まじか! 背低めだったし、タメだと思っちゃった)
驚く様子の
「もう少し、上級生としての自覚を持ってほしいものです」
「ま、望み薄かもね」
と言いながら、別の生徒2人が調理場から出てきました。穏やかな雰囲気の生徒と、黒いマスクをした生徒です。
「
「いや、
「はい!」
ぱっと立ち上がり、気を付けの姿勢になりました。
「かしこまらないで。僕は
「
マスクをしていることを差し引いても、
しかし、特に続きはないようです。
「……
と
「その、入学式だーって思って、テンション上がっちゃって。夜はぐっすりだったんですけど、朝はすぐに起きちゃって……」
うんうん、と
「楽しみなことがあったり、大事な用事があったりするとアラームより先に目が覚めることあるよね。――
深い沈黙のあと、
「……ウン」とだけ返事がありました。
(クールな人だな……。あっ)
「そういえば、入学式ってでっかいドームでやるんですよね!」
「ふふ、そうですよ」
「……芸能科はVIPルームだけどね」
そういう
「VIPルームって、なんかすごそうですけど」
「あのね、
(なるほど)
実際VIPルームに入って、先輩のことばの正しさを知りました。
広さも十分です。
(そう、人数が少なければ……)
芸能科男子120人が並べられたパイプ椅子に座っています。席同士のすき間はほとんどありません。隣の生徒に、身じろぎひとつで肩や足がぶつかります。
ステージを正面から、見下ろすように視界におさめられるいい場所です。背が低めの生徒は前の方に通されたので、ここは最前列です。
しかし入学式そのものは退屈でした。
最初の、音楽科主体のオーケストラ演奏以外、盛り上がりがありません。
すると、生徒会長のあいさつ、というアナウンスが流れます。
(え、あの人)
目がまんまるになるほど驚きました。
生徒会長がマントを揺らしながら現れたからです。制服姿ではなく、それこそアイドルのような服装でした。
「生徒会長の
と、堂々とした佇まいであいさつを始めました。
(なんで衣装なんだろう……)
と思いましたが、あいさつが終わるとすぐに答えが分かりました。
「続きまして芸能科男子によるライブパフォーマンスです」とアナウンスが流れます。それとともに生徒が2人、ステージに登場しました。生徒会長の
3人とも衣装姿ですが、それぞれの個性に合わせて手が加えられてあります。
そして、そのうちの1人は、
(
周りにいるほかの生徒たちも驚いているみたいです。
「あれ、あいつ1年生だよな」
「
「0日でデビューってことになるんじゃ」
ドーム中がざわめく中で、ステージ上の生徒の1人が声を上げます。
「俺たちは
歓声が上がります。
「知らねぇヤツは覚えとけ。この俺が、
また歓声が続きます。
「横のこいつは、
3度目の歓声が響きます。
「そして最後に、1年生の新メンバー、
歓声も聞こえました。しかしそれ以上に戸惑うような声のほうが多く聞こえました。
すでに結成、デビューしているユニットに1年生が入学初日に入る、というのは前代未聞です。
観客たちの様子を意に介した様子もなく、
「心配すんな。終わるころにはお前ら全員――、俺たちのファンだ」
そして曲が始まります。
曲の始まりと共に、彼らは歌い、踊り、観客を夢中にさせました。
そして、
思わず弱音を漏らす生徒たちもいました。
口にしなくても、ステージ上の彼らを観て、芸能科の生徒のほとんどがこう思いました。
敵わない。
そう思わなかった生徒の1人が
(すごい)
視線の先には、ステージ上の3人を観るたくさんの人たち。興奮して体を揺らす人、集中していてまばたきもしない人、感動のあまり泣き出してしまう人。誰もがきっと、最高の気分でしょう。
(おれも、いつかあんな風に――)
入学式が終わり、芸能科1年A組の教室に戻ってきました。
教壇に立つ先生が話し始めます。
「A組担任の
古木先生は黒板に『国益』と書きました。
「学費や寮での生活費、レッスン費用など、そのほとんどは税金が使われている。金を貰って仕事をする以上、お前たちはもうプロだといえる」
ごくり、と
「まずは5月の新人戦だ。全員、ソロかユニットか決めてある。ユニットなら、誰と組むかもな。プリントに書いてあるから、後ろに回していけ」
わくわくしながらプリントを待ちました。受け取るとすぐ、後ろの席の
プリントの見ると、
(
ユニット7番、
(この2人とか!)
思わず振り返り、斜め後ろの席にいる
全員にプリントが回ったのを見て、古木先生がまた口を開きます。
「芸能科への国からの期待は大きい。お前たちが全員、鳥の先祖返りだからだ」
あれ? 聞き間違いか? と思いました。
「アイドルとしての実力だけじゃなく『加護の能力』を鍛え、最高のライブパフォーマンスを目指してくれ。……以上だ」
たまらず、手を挙げました。
「あの」
「どうした、
「
教室中から視線が
ユニット7番、のちの
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