第1話(後編)

 寮での共同生活にも慣れてきた4月のこと。

 今日は入学式です。

 忠太ちゅうたは楽しみで、朝の6時に目が覚めました。

(芸能科の授業ってどんなことするんだろう)

 そんなことを考えながら、寮の階段を下りていきます。

 すると、調理場の方に人がいました。後ろ姿なので顔は見えませんが、赤い髪をした小柄な生徒です。身を隠すようにして、中の様子をうかがっています。

(ははぁ……)

 きっとお腹をすかせた生徒で、盗み食いでもするつもりでしょう。

(なんかほがらみたいだな)

 同室の友だちのことを思い出しながら、赤い髪をした生徒に話しかけます。一応、気を使って小さな声にしました。

「おはよう」

「む、なんじゃおぬし」

「盗み食いするつもりか?」

「だったらなんじゃ。まったく、ワシは育ち盛りなんじゃぞ」

「みんなそうでしょ……、ほらこれやるから」

 船でほがらにあげたものと同じカロリーバーを手渡しました。公園にでも散歩に行って、小腹がすいたら食べようと思っていましたが、

(ま、腹がすいてるのは、かわいそうだしな)

 せっかくの入学式に、おなかが鳴ったら恥ずかしいでしょうし、ここは譲ります。

「おぬし気が利くのぉ〜。この借りはいずれ返すぞ」

「別に気にしなくていいよ、これくらい」

 屈んで話している2人にぬっと暗い影がかかります。

「ぐ~れ~ん~」

「ぎゃあ!」

 と叫んで、赤い髪の生徒は逃げ出します。廊下を猛ダッシュして、窓から外に飛び出しました。もちろん、ここは1階です。

「まったく……」

 それを呆れた顔で見ている生徒は割烹着を着ていました。調理のスタッフさんたちに混じって、朝ごはんの支度を手伝っていたようです。

 おずおずと声をかけます。

「あの」

「あなたは……1年生の子ですね。初めまして、鶴雅尊つるがみことです。3年生で――、さっき走っていった朱凰紅蓮すおうぐれんと同じユニットに所属しています」

雀忠太すずめちゅうたです……ユニットってことは、もしかして」

「ええ、紅蓮ぐれんも3年生ですよ」

(まじか! 背低めだったし、タメだと思っちゃった)

 驚く様子の忠太ちゅうたをよそに、みことが溜息をつきます。

「もう少し、上級生としての自覚を持ってほしいものです」

「ま、望み薄かもね」

 と言いながら、別の生徒2人が調理場から出てきました。穏やかな雰囲気の生徒と、黒いマスクをした生徒です。

春音しおんあき。希望を捨ててはいけませんよ。いつか祈りが届く日が来るはずです」

「いや、みことも神頼みしちゃってるじゃん。……あ、君、1年生だよね」

「はい!」

 ぱっと立ち上がり、気を付けの姿勢になりました。

 春音しおんと呼ばれた生徒が笑います。

「かしこまらないで。僕は鶯原春音うぐはらしおん。それで横にいるのが――」

暁烏陽あけがらすあき――」

 マスクをしていることを差し引いても、あきの表情はまったく読み取れませんでした。何か言葉が続くものと思い、3人は黙って待ちました。

 しかし、特に続きはないようです。

「……すずめくんはずいぶん朝が早いんですね」

 とみことが言いました。

「その、入学式だーって思って、テンション上がっちゃって。夜はぐっすりだったんですけど、朝はすぐに起きちゃって……」

 うんうん、と春音しおんが頷きます。

「楽しみなことがあったり、大事な用事があったりするとアラームより先に目が覚めることあるよね。――あきもそういうことあるでしょ?」

 深い沈黙のあと、

「……ウン」とだけ返事がありました。

(クールな人だな……。あっ)

「そういえば、入学式ってでっかいドームでやるんですよね!」

「ふふ、そうですよ」

「……芸能科はVIPルームだけどね」

 そういう春音しおんの浮かない顔に、疑問を持ちます。

「VIPルームって、なんかすごそうですけど」

「あのね、すずめくん。実は――」




(なるほど)

 実際VIPルームに入って、先輩のことばの正しさを知りました。

 さえずり学園ドームという4万人規模のドームにふさわしい部屋です。内装は落ち着いていて、集中して催しを観ることができるでしょう。

 広さも十分です。

(そう、人数が少なければ……)

 芸能科男子120人が並べられたパイプ椅子に座っています。席同士のすき間はほとんどありません。隣の生徒に、身じろぎひとつで肩や足がぶつかります。

 ステージを正面から、見下ろすように視界におさめられるいい場所です。背が低めの生徒は前の方に通されたので、ここは最前列です。

 しかし入学式そのものは退屈でした。

 最初の、音楽科主体のオーケストラ演奏以外、盛り上がりがありません。

 すると、生徒会長のあいさつ、というアナウンスが流れます。

(え、あの人)

 目がまんまるになるほど驚きました。

 生徒会長がマントを揺らしながら現れたからです。制服姿ではなく、それこそアイドルのような服装でした。

「生徒会長の宇留鷲統うるわしはじめです」

 と、堂々とした佇まいであいさつを始めました。

(なんで衣装なんだろう……)

 と思いましたが、あいさつが終わるとすぐに答えが分かりました。

「続きまして芸能科男子によるライブパフォーマンスです」とアナウンスが流れます。それとともに生徒が2人、ステージに登場しました。生徒会長のはじめはそのままステージに残っています。だから衣装で登場したのでしょう。

 3人とも衣装姿ですが、それぞれの個性に合わせて手が加えられてあります。

 そして、そのうちの1人は、忠太ちゅうたもよく知っている生徒です。

鷹峰たかみね……!?)

 周りにいるほかの生徒たちも驚いているみたいです。

「あれ、あいつ1年生だよな」

宇留鷲うるわしたちのユニットに入るのか……?」

「0日でデビューってことになるんじゃ」

 ドーム中がざわめく中で、ステージ上の生徒の1人が声を上げます。

「俺たちはRap Bellusラプベルルスだ! 知ってるよなぁ!?」

 歓声が上がります。

「知らねぇヤツは覚えとけ。この俺が、荒鳶可弦あらとびかいとだ!」

 また歓声が続きます。

「横のこいつは、宇留鷲統うるわしはじめ!」

 3度目の歓声が響きます。

「そして最後に、1年生の新メンバー、鷹峰千呼たかみねちこ!」

 歓声も聞こえました。しかしそれ以上に戸惑うような声のほうが多く聞こえました。

 すでに結成、デビューしているユニットに1年生が入学初日に入る、というのは前代未聞です。

 観客たちの様子を意に介した様子もなく、可弦かいとが言い切ります。

「心配すんな。終わるころにはお前ら全員――、俺たちのファンだ」

 そして曲が始まります。


 曲の始まりと共に、彼らは歌い、踊り、観客を夢中にさせました。

 可弦かいとは、王子様のような外見とは裏腹に、挑発的なパフォーマンスです。自分のテクニックを見せつけるようにアレンジを加え、その度に会場が沸きました。

 はじめは、長身かつ筋肉質で、安定感抜群のダンスを披露します。彼が自分以外の2人を魅せる動きをし、誘導したことで、観客の眼はステージ上に釘付けになりました。

 そして、千呼ちこは、痛々しいほど集中しています。少女のような儚さからは想像もできないほど、研ぎ澄まされた歌とダンスです。その姿に涙を浮かべる人すらいました。


 思わず弱音を漏らす生徒たちもいました。

 口にしなくても、ステージ上の彼らを観て、芸能科の生徒のほとんどがこう思いました。

 敵わない。

 忠太ちゅうたです。

(すごい)

 視線の先には、ステージ上の3人を観るたくさんの人たち。興奮して体を揺らす人、集中していてまばたきもしない人、感動のあまり泣き出してしまう人。誰もがきっと、最高の気分でしょう。

(おれも、いつかあんな風に――)




 入学式が終わり、芸能科1年A組の教室に戻ってきました。

 教壇に立つ先生が話し始めます。

「A組担任の古木こぎだ。まずは入学おめでとう。……今日から芸能科生徒として自覚を持って行動してほしい」

 古木先生は黒板に『国益』と書きました。

「学費や寮での生活費、レッスン費用など、そのほとんどは税金が使われている。金を貰って仕事をする以上、お前たちはもうプロだといえる」

 ごくり、と忠太ちゅうたは唾を飲みました。

「まずは5月の新人戦だ。全員、ソロかユニットか決めてある。ユニットなら、誰と組むかもな。プリントに書いてあるから、後ろに回していけ」

 わくわくしながらプリントを待ちました。受け取るとすぐ、後ろの席の千呼ちこに渡しました。

 プリントの見ると、

鷹峰たかみねはソロなんだ。おれは――)

 ユニット7番、烏丸一颯からすまかずさ雀忠太すずめちゅうた鳩井朗はといほがら

(この2人とか!)

 思わず振り返り、斜め後ろの席にいる一颯かずさに手を振ります。前を向け、と一颯かずさににらまれました。斜め前の席、ほがらはこっそり手を振ってくれました。

 全員にプリントが回ったのを見て、古木先生がまた口を開きます。

「芸能科への国からの期待は大きい。らだ」

 あれ? 聞き間違いか? と思いました。

「アイドルとしての実力だけじゃなく『』を鍛え、最高のライブパフォーマンスを目指してくれ。……以上だ」

 たまらず、手を挙げました。

「あの」

「どうした、すずめ

先祖返せんぞがえりってなんですか?」

 教室中から視線が忠太ちゅうたに集まりました。一颯かずさはここまで無知なのか、と驚嘆し、ほがらは話が合わないときがあったのはこれか、と納得しました。


 ユニット7番、のちのSPARCRO VISIONスパークロビジョンの最初の一日です。

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