ネギをうえた人――朝鮮打楽器のための一幕朗読劇

野栗

ネギをうえた人(全一幕)

★登場人物

 ソンムニ(ネギをうえた人)

 ハラボジ(おじいさん 注①) 

 イプニ(村人)

 ポンマニ(村人)

 トケビ(おばけ)

 車いすの子ども

 ナレーター


★打楽器担当  注② 

 チン担当

 チャング担当


   ***


 登場人物が定位置に並び、司会から「これから『ネギをうえた人』の上演を行います」と紹介されたら、チン担当はチンを一発鳴らし、劇の開幕を告げる。


   ***


チャング担当が「タッ」と音を鳴らして、ナレーターに開始の合図を送る。


ナレーター  エンナル(注③)、むかし、大むかし。人間がまだネギを食べなかったころの話です。そのころは、よく人間が、人間を食べました。それは、おたがいが、牛に見えるからでした。うっかりすると、じぶんの親や兄弟を、牛とまちがえて、食べてしまうことがありました。  


イプニ  ああ、おなかすいた!


ポンマニ  おなかすいた!


イプニ  あら、あんなところに、牛がいる。


ポンマニ  牛がいる。


イプニ  おいしそう。


ポンマニ  おいしそう。


イプニ  食べようよ。


ポンマニ  食べよう!


チャング担当(チャングを鳴らす)  ドンーキタッ!


ナレーター  ほんとうの牛と、人間の見さかいが、ないのですから、こんなぶっそうな話はありません。ソンムニという名のわかものが、やっぱりまちがえて、じぶんの兄弟を、食べてしまいました。あとで、それと気づいたときは、もう、取りかえしがつきません。


ソンムニ  ああ、いやだ、いやだ。よりによって、じぶんの兄弟を食べてしまうなんて! なんてあさましいことだろう。こんなところにくらすのは、つくづくいやだ。


ナレーター  わかものは、家をあとにして、あてのないたびに出ました。広い世間には、きっとどこかに、人間が人間に見える、まともな国があるにちがいない、何年かかってもよい、その国をさがしだそうと、そう心にきめていました。

 ながいあいだ、あてのないたびがつづきました。山のおくへも、海べにも、行きました。どこへ行ってみても、やっぱり人間どうし、食べあいをしていました。

 ある日の夕方、わかものは、あれはてた野山をこえて、小さな村にたどりつきました。


ソンムニ  ああ、なんてひどいんだ。この村の人は、おたがいに食べあいをして、ひとりも生きのこっていない。どのうちに入っても、がいこつだらけだ。なんということだ! なんという……


トケビ  ハハハハハ……


ソンムニ  だれだ!


ナレーター  おどろいたわかものがふりむくと、そこにはでっかいトケビの顔がありました。トケビとは、朝鮮のことばで「おばけ」のことです。


トケビ  ハハハハ、バカな人間、おたがいにあいてを牛とまちがえて食べあって、ひとりのこらず死んでしまうとは。


ナレーター  びっくりしたわかものは、おもわずトケビの顔を見上げました。すると、トケビはぐんぐん大きくなって、天までとどきました。


ソンムニ  わ、わ、わあっ! なんてでっかいんだ。


トケビ  おまえには、このトケビさまの胃ぶくろに、入ってもらうとするかあ。


ソンムニ  わあっ!


トケビ  では、いただき、まあす! ……


ソンムニ  ちょ、ちょっとまった! おれの話をきいてくれ。おれはいま、人間が人間にちゃんと見える国をさがしているところなんだ。こんなところで死んでしまうわけにはいかないんだ。


トケビ  ふん、そうか。……じゃあ、おれと勝負するか。


ソンムニ  勝負だって?


トケビ  すもうで、おれに土をつけたら、おまえをにがしてやろう。


ソンムニ  よっしゃあ!


チャング担当  ドンーキタッ!


ナレーター  わかものは、丸太のようなトケビの足に、どすんと体あたりしました。ところが、かんたんにはねとばされてしまいました。


トケビ  なんだ口ほどでもない。ふんづけてやろうか。


ソンムニ  くっそぉ! ……うわあ、でっかい足だなあ。


ナレーター  わかものは、岩のように大きなトケビの足を見て、びっくりしました。あまりの大きさにわれもわすれて、わかものはじっとトケビの足を見つめました。――すると、世にもふしぎなことがおこりました。トケビがみるみるうちに小さくなっていくのです。見上げるとどんどん大きくなり、見下ろすとどんどん小さくなったのです。これは、トケビのひみつの一つだったのです。


ソンムニ  そうか! こうやって、上からずっと下を見ればいいんだ。


トケビ  ちくしょう! ちくしょう! ちくしょう……


ナレーター  わかものに見下ろされて、トケビはどんどん、どんどん小さくなっていきました。ありよりも、ごまつぶよりも小さくなって、とうとう土の中にきえてしまいました。わかものの、勝ちです。


ソンムニ  よっしゃー、行くぞ!


チャング担当  ドンータ クタ×3 ドンータッー


ナレーター  わかものは、なんどもあぶない目にあいましたが、それでもあきらめずに、たびをつづけました。きらきらと夏がすぎ、さらさらと秋がながれ、びゅんびゅんと冬がやってきました。そしてひらひらと春がもどってきました。

 ある日、わかものが小川のほとりを歩いていると、車いすの子どもが、顔をまっかにして車いすをこごうとしていました。しかし、いくらがんばっても、車いすはびくともうごきません。


子ども  おじさーん、すみません!


ソンムニ  どうしたんだい?


子ども  車いすの前の車輪が、土にめりこんじゃって、うごけないんです。


ソンムニ  それはたいへんだ、どうしたらいいんだい?


子ども  車いすのうしろのとってを、両手でしっかりにぎって、前の車輪をおもいきりもち上げてください。


ソンムニ  ――こうかい?


子ども  はい。それで、そのままかたい地面のところまでおねがいします。


ソンムニ よっしゃ、おやすいご用だ。


子ども  ありがとうございます。助かりました。……そうだ、うちの村に、ちょっと寄っていきませんか?


ナレーター  子どものあんないしてくれた村、そこは、わかものが夢にまで見たところでした。その村では、だれもが仲むつまじくくらしていました。牛は牛、人間は人間と、ちゃんとした見さかいがついていました。


子ども  ハラボジ、ハラボジ!


ハラボジ  なんじゃ。……そのかたは、どなたじゃ?


子ども  小川のところでうごけなくなっていたのを、助けてくれたんです。


ハラボジ  そうか、そうか。まごを助けていただいて、ほんとうにありがとう。……ところで、あんたはたびのお方のようじゃが、どこから来なすったかね? そして、どこへ行きなさるんだね?


ソンムニ  どこといって、あてがあるわけではありません。ただ……


ナレーター  そういって、わかものは、人間を食べない国はないかと、ながいあいだ、くろうしてさがし歩いた話をしました。


ハラボジ  まあ、まあ、それはえらいくろうをなすった。なにね、もとは、こちらでも、やっぱり、人間が牛に見えたもんです。それで、しじゅう、まちがいがおこったが、ネギを食べるようになってから、もう、そのまちがいも、なくなりましたよ。


ソンムニ  ネギですって! その、ネギというのは、いったいどんなものです?


ハラボジ  こっちへ来てみなされ。あれがネギというものじゃよ。


ナレーター  としよりは、しんせつにわかものをネギばたけへあんないして、ネギを見せてくれました。そのうえ、つくりかたや、食べかたまで、くわしくおしえてくれました。


ソンムニ  こ、これがネギのたねですね。


ハラボジ  そうじゃ。それをはたけにまきさえすれば、あんたの村でもネギが食べられるようになるだろうよ。


ソンムニ  ありがとうございます! ありがとうございます!


ナレーター  わかものは、おおよろこびで、わけてもらったネギのたねを、たいせつにふところにしまうと、じぶんの村へと帰ってゆきました。これを食べただけで、人間が人間に見えるようになる……そうおもうと、少しでも早く、みんなにおしえたくなりました。とおいとおいみちのりも、くるしいとはおもいませんでした。

 やっとのことで、わかものは、じぶんのふるさとへ帰りつきました。なにはさておき、まっさきに、やわらかい土の上に、ネギのたねをまきました。


ソンムニ  よっしゃ、これでよし。あとは大きくなるのをまつだけだ。――そうだ、イプニやポンマニはどうしてるかなあ。あいたいなあ。


ナレーター  わかものは、ネギのたねをまきおわると、なつかしい友だちをたずねました。


ソンムニ  おーい、イプニ、ポンマニ! おれだ、ソンムニだよ!


ナレーター  だれの目にも、わかものが牛に見えました。みんなは、よってたかって、わかものをつかまえようとしました。


ソンムニ  おい、ちがう、ちがうったら、よく見ろよ! おれだよ、おれはソンムニだよ、ソンムニだってば!


イプニ  おや、おや、なんてよく鳴く牛なんでしょう。


ポンマニ  ほんとうだ。


イプニ  なんでもいいから、早くつかまえましょうよ。


ポンマニ  早くつかまえて、食べてしまえ!


イプニ・ポンマニ  ええい!!


ナレーター  とうとう、わかものは、みんなにつかまえられて、その日のうちに食べられてしまいました。

 それから、しばらくたってからのことです。はたけのすみに、いままで見たこともないような、青い草がはえました。ためしに、ちょっとばかり食べてみたら、よいにおいがしました。それがネギだということは、だれもしりません。しらないながらも、みんなは、その青い草を食べました。すると、食べた人だけは、人間が人間にちゃんと見えました。

 それからは、みんなが、ネギを食べるようになりました。もう、むかしのように、牛と人間を、まちがえるようなこともなくなりました。


(最後に出演者一同、打楽器の伴奏で朝鮮の民謡を歌う)


チャング担当、インサクッ(ドンドンー ドンドンー ドドドンドンドン ドンータッ、クンー 注④)を打つ。 


チン担当、チンをひとつ鳴らして、出演者一同、礼。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る