第10話 目標達成、あらあら……。
食堂では既に、使用人のお三方がお料理を運んでいる最中でした。
私を含め計七皿。屋敷の人間が全員揃ったことを意味しています。
「お、お父様……!?」
「なんだ、そんな珍しいものを見たような目をして」
ええまあ、実際に屋敷にいる時の方が珍しいので……。
率直な思いをそのまま口にすると失礼がすぎるので、ここは客観的な事実だけを述べることにしましょう。
「はい、こうやってお話をするのは久しぶりですので。私のために、本当にありがとうございます……!」
お父様は私……いや、ステラ嬢のために必死に調べものをしていたのです。
私が
そのため、話す機会が少なくなるのは至極当然なわけです。
「よいよい。研究のおかげで、お前の記憶喪失について色々と分かってきた。まあ、詳しくは後で話そう。それより今は温かい食事をいただこうじゃないか」
せっかくサキさんたちの作ってくれたお料理を冷ますわけにはいきません。まずはお昼ごはんをいただきましょう!
「ではみんな、手を合わせて……いただきます!」
「「「いただきます!」」」
今日のお昼ごはんは、心なしかいつもより豪華な印象がしますね。お父様が帰ってきたからでしょうか?
見慣れない形をしたお肉が、どん、と大皿に乗っています。明らかに牛肉や豚肉のそれとは違いますね……となると、この世界特有の家畜がいるのでしょうね。
さて、肝心のお味はどうなのでしょう……?
「――ん、んうっ……!?」
えぇ、なんですかこれぇ……?
味自体はステーキのような風味を感じますが……いかんせん食感がぶよぶよしているというか、ゼリーみたいな感じですね……。要は、あんまり美味しくないです!
――ステーキ味のゼリー、これがこの世界の
「つかぬことをお聞きしますが、これって……なんのお肉なのでしょうか!?」
「ああ、それまで忘れてしまっていたのか……。お前の大好きな、食用スライムのステーキではないか!」
「す……すら、すらいむぅぅぅぅっ!?」
ステラ嬢って、こんなものが好きだったのですか!? いや、人の好き嫌いを『こんなもの』と評するのは間違いだとは思いますが、いくらなんでもスライムはヤバいですって!
「そうか、やはりただの記憶喪失ではないようだな……」
「えっ、どういうことですか……?」
お父様は私が悶える様子を見ながら、顎に手を当て何やら考えごとをしています。スライムで何か分かるというのでしょうか!?
「ステラの大好物であるスライムステーキを……すまない、ここからは便宜上『君』として呼ばせてもらうよ」
「は、はい……」
――私がスライムを美味しく感じなかったことにより、突如お父様の口調が一変します。
しかも『本来のステラ嬢』と『私』を切り離して考えているような口ぶりですね……まさか、私が転生者であることに気づいたのでしょうか!?
「ステラの大好きな食べ物を、ステラのその舌で味わった。しかし、そこから受ける反応が違う……。つまり君は、ステラの中にあるもう一つの人格、ということにならないだろうか?」
確かに、スライムの味そのものを感じ取るのはステラ嬢の舌です。それを『美味しい』と感じるか、はたまた『微妙』と感じるか。その認識の違いにより、お父様は『私』を突き止めた……というわけですね。
しかし、私の存在がバレたからといって、ステラ嬢の魂が戻ってくるわけではありません。戻ってくるとしたら、それは私の魂が砕かれる時です。あららら、一体いつになるのやら……。
「どうだ、違うのかい? 父さんはステラの中にいる『君』に訊いている。悪いようにはしない、君はステラをどうするつもりなんだ?」
「べ、別にステラ嬢をどうにかするつもりはございません! 私は、たまたまこのステラ嬢の体に心が宿ってしまいまして……それで……!」
ああ、上手く言葉がまとまりません。ステラ嬢の魂は今眠っていて、その間に私の魂がこの体を動かしていて……いえ、そのような説明をしてしまっては逆効果! お父様の怒りを買ってしまうでしょう!
あらあらぁぁぁぁ……私、どうなってしまうのでしょうか……。
「そうです! たまたまステラの体にてんせ……」
「ダメですお姉様! 貴女が言っちゃダメ、秘密なんですから……!」
こんな私のために、お姉様まで死を覚悟する必要はありません! 死ぬのは私の魂だけで十分……それに『私』が退けば『ステラ嬢』が戻れるかもしれません。
――私は既に一度死んでいるのです。ブラフワーさんの課した目的を達成しても、元の世界に戻れるわけでもありません。
本来なら、私はもうどこにも居場所がないのです。二週間という短い間でしたが、魔術を使えたり、最後に皆様の温かみも知れて……あらあら、涙が……。
「「ステラ……」」
「「「ステラ様……」」」
せっかくの豪華なお昼ごはんはとっくのとうに冷め、重苦しいだけの空気が流れていきます。
私の、全部『私』のせいです。私がこの世界に転生されなければ……!
「――まったく。全員が全員、そんな辛気臭い顔をしてどうする?」
「えぇっ……!?」
その場にいる全員が、一斉に驚きの声を上げました。
食堂のど真ん中、全員が等しく見える位置に、何の前触れもなく。
「あ、あああ、貴方は……ブラフワー様!?」
「いかにも。この儂がステラ・アウソニカの魂を一時的に眠らせ、代わりに別の魂をステラの体に宿させた」
慌てふためくお父様と、冷静沈着なブラフワーさん。お母様やサキさんたち、そして私は、この状況をただ見守ることしかできませんでした。
「そ、その……ブラフワー様は、なぜステラの体に別の魂を? りりり、理由はございますのでしょうか?」
「有り体に言えば、ただの『暇つぶし』だな。暇つぶしに、この世界にいる民どもの耳を癒して回ってみるかと、そう思っただけだ」
「耳を癒す……? そ、そのためだけにございますか!?」
確かに、今のブラフワーさんの説明だけでは理解はできないでしょう。ましてや自分の娘が、単なる暇つぶしに利用されて……。人間と神様では、やはりその価値観が違いすぎました。
「――だけだな。そして今ステラに宿っている魂は『耳かき』という卓越した技術を持っていた。そしてアウソニカ家は、この世界で領地を有する程度には名のある貴族だ。その立場を利用させてもらおう、とな」
世界中の人々を癒すためには、その癒し手が名のある者でなければならないですからね。貴族という概念があるのですから、庶民から成り上がるのは難しいでしょう。
だから『領主の娘』であるステラ嬢の体に転生されたのです。
「こうなると、一度受けてもらうのが早いか。ステラ……いや、今はその呼び方だとややこしいな。魂、お前のかつての名はなんだ?」
「え、あっ、さ、
ここにきて急に名前を訊かれるとは思いませんでした。あらあら、一瞬私も忘れかけていましたよ。
「ほう、そんな名だったのだな……まあいい。聖里、耳かきの準備をしろ」
「――はい!」
私たちは食堂を後にし、大広間にて皆様の前で耳かきをすることとなりました。
こうやって大多数の前で耳かきをするのは少し気恥ずかしいですね……。サキさんたちお三方に施術をした時とは、また違う感情に駆られます……あらあら。
「あの……本当にこれでよろしいのでしょうか? 娘に膝枕をされるのは、少々恥ずかしいといいますか……」
「黙れ、施術のために耐えろ。はぁ……聖里も早くしてやれ」
「は、はい!」
毒づくブラフワーさんを耳かきに変え、施術を開始します。まずは、目をぎゅっと閉じて力むお父様をリラックスされることからですね……。
「お父様、一度力を抜いてください。力むと危ないですので……」
「そ、そうか、ふぅ……これでよいか?」
「完璧です、ではいきますよ……」
お父様の耳に、ゆっくりと耳かきを入れます。
「――ぐっ!? 体を内側から撫でられるようだ……こ、こんなことは初めてだぞ!? なんだ、なんなんだこれはぁぁぁぁ!?」
未知の感覚に襲われ、太ももの上で身悶えるお父様。さっきまで私を問い詰めていた方と同一人物とは思えないほどの変わりようです。
「ああ、動いたら危ないですよ! 最初はくすぐったいかもしれませんが、じきに慣れますので……」
では、もう少し刺激の少ない箇所を掻いていきましょうか。であれば、この辺りを……。
「ぬおおおおっ!? 脳が痺れるようにゃ……あとからっ、なにかがおしょいかかってくりゅうううう!?」
あらあら……領主の威厳はどこへやら。お父様は頭をふわふわさせながら、絶え絶えの息を漏らしています。お姉様やお母様、そしてサキさんたちの施術を受けた私もそうでしたが、アウソニカ家の人間は耳が弱いのでしょうか?
前世ではここまで過剰な反応をされたことは一度もありませんでしたので、この家系が特に耐性がないだけでしょうね。
「すごいなこれは、まだ頭がビリビリしているようだ。しかし、なんとも言えない心地よさ……これが、耳かき……!」
「気に入ってもらえたようでなによりです。これで認めてもらえるとは思えませんが……ステラ嬢のお体を、私に預けてもらえませんでしょうか……?」
「……ああ、認めざるを得ないよ。聖里さん、この先『ステラ』としての人生を送るのは大変だと思いますが……それでも良ければ、貴女に全てを預けます!」
「ありがとうございます! ステラ嬢の分まで生き抜きます!」
これで心置きなく、ステラ嬢としての人生を生きられますね。彼女は素行が悪かったそうなので、本当に大変なことになるのでしょうね。あらあら……。
そういえば、お父様に施術をしたということは……これで当面の目標である『客人以外で家に出入りする人間』全員に耳かきを行えました! よかった、これで魂が砕かれずに済みます!
「――これにて、目標達成だな」
「はい……!」
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