第9話 二つの魂、あらあら……。

「ひぉおおおっ!」


「とんでもねぇでしゅねぇ〜……」


 エーナさんとクラシアさんにも施術をしたところで、私は再びベッドに横になります。さすがに三人連続で耳かきするのは疲れますね……。


「これを毎晩ルミナ様に行っていたのですね。確かに眠くなってきました……」


「うんうん。なんか頭がふわふわして、今ならすぐ寝れそうですよ! ヤバいですねこれ!」


「ふわぁ〜……一旦ここで寝散らかしていいですか〜?」


 多分ダメですね。その口調から本性が見え隠れしていたクラシアさんですが、素の状態はかなりヤバい方なのかもしれませんね。


「……とまあ、これを皆様にマスターしてほしいのです。私も練習に付き合いますので、少しずつやっていきましょうね」


 さて、どこから教えていきましょうか。正直、力をかけずにゆっくり耳かきを動かすことを意識すれば、それなりに気持ちよくできると思いますが……。


「では、まずはサキさんから。私に耳かきをやってみてください」


「ええっ!? そんな、恐れ多いです! ステラ様にお怪我を負わせてしまうかもしれませんのに!」


 あらあら……しかし私相手にそんな調子では、お母様に施術なんて一生できませんよ? 大丈夫です、魔術と同じで慣れれば上手くいきますから。


「私は大丈夫ですから。ささ、膝枕してください」


「はい、分かりました……」


 主従関係のゴリ押しで、サキさんは渋々納得してくださいました。彼女の長い脚のおかげで、膝枕にはしっかりと顔を乗せられました。安定感抜群です。


「そ、それでは、ししし失礼いたしますっ!」


 あらあら、かなり意気込んでいる様子ですね。ここは一つずつ、段階を踏んで教えていきましょうか。というわけで、まずは第一段階……。


「――ひとまず、深呼吸して落ち着きましょうか」


「……はっ! 確かに、力が入っていました! あはは……」


「「あっはっはぁ……!」」


 緊張の糸がぷつりと切れ、部屋中に笑いが溢れます。そう、これでいいのです。施術する側がガチガチに固まってしまっては、相手の耳など癒せるはずもありません。

 ――相手をほぐす前に、まずは自分から。だからもう一つポイントを教えておきましょうか。


「そうです、そんな感じで笑ってください。ああ、この人になら任せられる、って感じですかね。だけど施術では集中して……難しいですが、慣れれば意外と大丈夫ですよ」


 私は『これがお手本』と言わんばかりに、にぃ、と口角を指で持ち上げてみせます。

 ステラ嬢の頬はもちもちしていて、十歳の体なんだなぁ、と再認識させられました。


「「「にぃ~……」」」


 お三方とも、私の真似をして唇同士の接点を持ち上げていきます。その姿があまりに面白くって、また四人の笑い声が部屋に溢れていきました。


 お三方は使用人ということもあってか、一度やり方を覚えてから慣れるまでがとても早かったです。その中でも、特に飲み込みが早かったのはクラシアさんでした。


「――こうですか~?」


「んん~……あ、ひゃぁ! しょんにゃかんじ、でひゅ、うぁ……!」


「耳かきってすごいんですね~。ちょっと動かしただけなのに、随分ととろけやがるんですもの~!」


 『とろけやがるんですもの』という、軽蔑と敬語が入り混じった言葉遣いとともに、私の意識もぐちゃぐちゃとかき混ぜられます。私と遜色ない、むしろブラフワーさんモニターがいない分、彼女の方が上手いのではああヤバい、それすごい気持ちいいでしゅっ……!


「はぁ……はぁ……。教えたばかりなのに、かなり上手いですね……。もう十分、お母様に施術できると思いますよ……」


 息も絶え絶えに、私はお三方の上達スピードの速さを素直に称えます。同時に、とんでもない逸材が三人も発掘されてしまったという事実に驚いています。あらあら、末恐ろしいですね……。


「時間も時間ですし、お昼にしましょうか。軽いものを作ってきますので、食堂にて少々お待ちください」


 魔術と耳かきの勉強が一段落ついたところで、サキさんは時計を確認しつつ昼食の準備にとりかかります。あらあら、もうそんな時間ですか……耳かきの途中で寝落ちしていたのですかね?


「それじゃ、いってきま~す!」


「頑張ってお料理作りますよ~!」


 先に部屋を出て行くお三方を見送りつつ、一人きりとなった部屋で、私はブラフワーさんと対話します。

 耳かき状態から元の姿に戻った神様は、心なしか両頬が潰れているような気がしました。長い間耳かきを保持していたからでしょうか。つままれている部分が反映されているんですかね?


「これであとはお父様だけ……しかし屋敷に戻ってくること自体が稀で、戻ってもまたすぐに出かけてしまう、というわけですが……」


「そうじゃな、ここまで屋敷にいない日が多いとは思わんかったわ」


 このままお父様に耳かきできないとなると、私は一体どうなってしまうのでしょう……? やっぱり、ブラフワーさんに殺されてしまうのでしょうか?


「まあ、ブライから声をかけなかったお前が悪いということだな。このまま学園に戻る日となり、目標は失敗……最悪の結果が待っているだろうな。もっとも、それを実行するのは儂だが」


「やっぱり、私を殺す気なんですね……」


「――そうか、前もって答えを知りたいのか。結論から言えば。ロクに暇つぶしもできんとなると、お前に存在価値は一つもない。お前の魂をステラから切り離し、砕くのみ」


 どうやら、今は私の『魂』とやらが、ステラ嬢の体内に入っているようですね。では、もとのはどこへ……? まさか、それを砕いてから私を転生させたのでは!?


「――二つだけ質問があります。私を転生させる際に、ステラ嬢の魂はどうしたのですか? そちらは生きているのですか?」


「そんなことを気にしてどうする? せいぜい今は自分のことだけを考えろ」


「質問に答えてください! ステラ嬢の魂は生きているのか、と訊いているんです! 彼女の無事が保証されていなければ、私は死んでも死にきれません……!」


 私はこの体に転生し、彼女の青春の一ページを、現在進行形で勝手に書き足しています。学園に戻るとなると、二ページ、三ページ……その体の寿命が尽きるまで、私が書き切る可能性だってあるのです。

 そんなのステラ嬢が不憫でなりません! 彼女は十年間貴族として、魔術の才能を持つ者としてこの世界に確かに生きていました。まあ、素行はかなり悪かったようですが……。


 その人生を、わざとではないにしろ私は乗っ取ったのです。彼女の受けるはずの施しを、彼女が向けられるはずの期待や眼差しを……全て私が、私の魂が、かっさらっていったのです。だから、魂の在りかを知りたいのです。


 ――この世界で、貴女の身体を借りて生きていきます。


 今の私には、その責任を持つことくらいしかできません。ステラ嬢の分まで、生きていく決心をさせてください。だからステラ嬢が『いる』のか、それだけでも……!


「――言わんとすることは分かった。お前は、もとの『ステラ』に罪悪感でも感じているのだろう。だが心配するな。ステラの魂は、その体の中で。心配するな、お前が目標を達成できず、魂を砕いた後にでも起きるさ」


「そうですか……それなら一安心です」


 よかった……私がいなくても、ステラ嬢は生きていけるのですね! 目標を達成できなくても、死ぬのは私の魂だけ。それが分かっただけでも、心がすっと楽になった気がしました。


「ふぅ……ステラ嬢が死なずに済むだけでもありがたいですね」


「当たり前じゃろ。お前の魂を、強引にステラの体に送り込んでいるのだからな。そいつが目を覚まさねば、もとの魂が目を覚ますのは自然なことだ」


 説明を聞いてもよく分かりませんが……魂のルール的には『そういうこと』なのでしょう。

 ということは、仮にブラフワーさんが私の魂を砕かずとも、何らかの方法で寝かせたとしたら……この体の主導権は、ステラ嬢が握ることになるのでしょうか? 難しい話になってきましたね……。あらあら、脳みそがパンクしてしまいそうです。


「とまあ、説明はこれくらいにして。さっさと昼食をとりにいけ。使用人どもも待ちくたびれているだろうよ」


「……そうですね。色々と答えてくださり、ありがとうございました」


「よいよい。お前と会話を交わすのも、耳かきほどではないが暇つぶしにはなる。何か訊きたいことでもあれば、さっきみたいに軽く答えてやろう。内容次第だがな」


 ブラフワーさんの声色はどこか嬉しそうでした。暇つぶしができて楽しかったのでしょうか? それとも転生者に頼られて、鼻が高いのでしょうか?

 少なくとも、その真相は『内容次第』の範疇外なのでしょうね。

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