第2話 記憶喪失、あらあら……。

 しかし、いきなり『ステラ・アウソニカとしての人生を送れ』と言われましても……。

 こういう時、いわゆる『異世界転生』の作品ではどういった展開をされていたかしら? 数少ないサンプルを思い出しながら、頭を悩ませること数分……。

 このままではラチが明かないので、思いきってブラフワーさんに訊くことにしましょう。


「あの……ステラ嬢って、どんな方なのでしょうか? いきなり十歳くらいの姿で生き返っても、何も分からないのですが」


「確かに、その辺りの説明を飛ばしていたな……一旦元の状態に戻っていいか?」


「あっ、すみませんどうぞ……」


 耳かき状態の神様を指から離すと、元のふわふわした姿に戻りました。なぜ私に一度確認をとったのでしょう、戻る時に急に膨らんでしまうからでしょうか。


「――気を取り直して。お前が転生したステラ・アウソニカについて、ざっくりと説明するぞ。まず、ステラは貴族の生まれで、十歳の女の子だ」


 いやいや『貴族』って……日本史の授業で聞いた以来ですよ。私が転生するまでの十年で、彼女はどんな人生を送ってきたのでしょう? 想像もつきません。


「なるほど……であれば、貴族としての立ち振る舞いを覚えていかなければなりませんね」


「その辺りは慣れてくれ。お前を貴族に転生させたのは、民から。知らない女から『耳掃除をいたします』などと言われても、突っぱねられるのが目に見えているからな」


 確かに、どこの誰とも分からない女性から耳かきを勧められても、怪しさしかありませんからね……。『貴族』という強い立場に身を置くことで、皆様に耳かきを行える、ということですか。


「――分かりました。そういうことであれば、ステラ嬢として生きるしかありませんね。あらあら……不安は拭えませんが、やれるだけやってみます!」


 私の決断を聞いて、ブラフワーさんは嬉しそうな表情を見せてくれました。それだけ神様に認められたという事実が、後押ししてくれますね。

 しかし、いくら貴族といえども十歳。学校には行かなくてよいのでしょうか? あっ、今日は休みなのかもしれませんね。もっと詳しく訊いてみましょうか。


「ブラフワーさん、私は学校に行かなくても大丈夫なのでしょうか? それとも、本日はお休みだったり……?」


「まったく、細かいところを気にするやつだな。今は夏季休業中だ、あと一月もすれば後期の学園生活が始まるぞ」


 あらあら、夏休み中でしたか。ならば安心ですね。

 一か月の間に、この世界やアウソニカ家のことについて色々と覚えなければ……!


「……そうだな、手始めにお前の『耳かき技術』とやらを見せてもらおうか。後期が始まるまでの一か月間、アウソニカ家の者に耳掃除を施せ。両親を始め、姉のスウィ、三人の使用人にもな。定義としては『客人以外で家に出入りする人間』でいこうか」


 お手並み拝見、ということなのでしょうか。未だ顔も分からない家族や、使用人の皆様を相手に施術をしろ、と。

 それって、耳かきうんぬんよりも、そこに至るまでの過程の方が難しいのでは……?


「もしもの話なんですけど、それを達成できなかったらどうなるのでしょうか……?」


「ほう? 『その答えを聞きたいか』とだけ言っておこう。あとは分かるな?」


 得体の知れない恐怖に背筋が凍ってしまいます。そうでした、この神様は一度私を殺しているのでした。

 『耳かきが常人より長けている』という理由で人を転生させるのですから、その耳かきも満足に行えないようなら……光り輝くお先真っ暗な未来、でしょうか。もう死にたくはありませんね……。


「あらあら……」


 またも口癖が漏れてしまいました、心が不安定になるといつもこうですね。


「ステラ~! そろそろ帰るぞ!」


 一人の男性が遠くからステラ嬢、つまり私を呼んできました。

 黄金色の髪とあごひげに、緑色の目。となると、あの人が私の父なのでしょうね。


「アレはお前の父親、ブライ・アウソニカだ」


 どうやら正解だったようです。いつの間にかブラフワーさんの姿は消えており、最初のように声だけで説明されていました。さすが神様ですね。


「はい、今行きます~!」


 慣れない足取りで、お父様に向かって駆けていきます。十歳って、今から何年前……。

 虚しくなるので数えるのはやめましょう。それだけ前世で歳を重ねていたということですね。


「なんだステラ、急にお行儀が良くなったなぁ。いつもは乱暴な言葉遣いなのに」


 あらあら。ステラ嬢は豪快な性格をされていたのですね。

 私、人に対して強く出るのは苦手なんですよね……上手く再現できるでしょうか?


「そ、そうで……そうかなぁ? 普通だと思いま、思うけどぉ?」


「どうしたステラ!? 頭でも打ったのか!?」


 あらあらぁ! 感心されていたお父様が急に取り乱してしまいました! 完全に逆効果!

 こうなったら、頭を打ったことにしてお行儀良く振る舞いましょう。こちらは転生した身なのです、既にその程度では済んでおりません!


「そ、そうみたいで……記憶も曖昧なんです……」


「なんだって!? すぐに医者を呼ぶ、ステラは父さんの背中に掴まるんだ!」


「――は、はい!」


 しゃがみ込んだお父様のその大きな背に、私の小さな体を預けます。初めて会ったはずなのに、温かな感触がどこか懐かしい……。

 私は至って健康なのですが、病人として扱われているのですよね。苦しむ演技はした方がよいのでしょうか? 嘘をつくのは得意ではないのですが……そうだ、半目にしましょう!


 視界を制限し、死角をお父様に委ねます。

 不安は残りますが、さすがに娘を悪いようにはしないでしょう。お医者様も呼ぶようですし!


 ――お父様の背中とはまた違う、温かく柔らかな感触。

 これは……ベッドでしょうか。あらあら、いつの間にか眠ってしまっていたようですね。


 金色の天井から、大きすぎるほどのシャンデリアが吊るされています。分かりやすく『貴族』という感じがしますね。

 上体を少しだけ起こして周囲を見渡すと、お父様と白いローブを着た若い男性が会話を交わしていました。


「――異常なしですね。魔術を用いた診断でも、何一つ問題ありませんでした。外傷もございませんし、健康そのものです」


「そうですか、ひとまずはよかった……」


 娘が健康であるという事実を確認し、安堵するお父様。表情を見るに、ステラ嬢はかなり愛されていたようですね。本来であれば彼女へ向けられるはずの愛情を、掠めとった形になってしまった、と。

 あらあら、どうしようもない罪悪感に駆られてしまいますね……。


「――あの子は大丈夫なの!?」


「ステラ、ねえステラぁっ!」


 部屋にもう二人、非常に心配した様子で入ってこられました。お二方とも金髪に緑の目、どうやらお母様とお姉様のようですね。


「私はもう大丈夫です。ご心配をおかけして、申し訳ございませんでした……」


「――というわけだ。医学的には『異常なし』なのだが、記憶がほぼないようでな。この言葉遣いが、何よりの証拠といえよう」


「「えぇっ……!?」」


 お二方が同時に驚くほどの衝撃。ステラ嬢って、そこまで言葉遣いが悪かったのですか……?

 私としてはただ謝罪をしただけなのですが、反応を見るに、元の性格とはかなり違っているようですね。


「記憶がないとなると、家族のことも忘れてしまったのかしら……。ステラ、母さんの名前は分かる?」


 あらあら、当然分かるわけがありません。

 記憶喪失として生きていけということなのか、声そのものは皆様に聞こえてしまうから、黙っておられるのか。どちらにせよ、ブラフワーさんからのお助けはありませんでした。


「……すみません、全然分かりません」


 私は悩んだ末に、正直に答えることにしました。分からないものは分からないのですから、こればかりは仕方ありません。


「うん、そうなのね……母さんの名前はルミナというのよ。父さんはブライで、この子はスウィ。貴女のお姉さんよ」


 ルミナお母様は、手を添えながら一人ずつ家族の名前を紹介されました。


「ブライお父様に、スウィお姉様……」


 お父様とお姉様の名前は予習済みなのですが、そんなことは言えるわけがありません。あくまでも初耳の体で聞きます。


「ああ。その調子で色々と思い出して……ちょっと待てステラ! まさか、魔術のことも忘れてしまったのか!?」


「ま、まじゅつ?」


「ああ、そうかぁ……」


 お父様がここまでヘコむということは、アウソニカ家にとって『魔術』は重要なものなのでしょう。

 ステラ嬢はその魔術を駆使していたのでしょうか? 魔術は学校で習うものなのでしょうか? 何のために使うものなのでしょうか!?


 あらあら、謎は深まるばかりですね……。

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