転生耳かき師のあらあライフ

最早無白

アウソニカ家の癒し手

第1話 異世界転生、あらあら……。

 モニターで確認しつつ、耳かきを穴から引き抜いていきます。施術の大部分が終わったからといって、油断は禁物です。お客様の皮膚を傷つけないよう、細心の注意を払って……よし。


「――はい、これで終わりです。お疲れさまでした~」


 お荷物を返却し、施術代をちょうだいします。私が設定したものとはいえ、決して安くない金額をお支払いしてくださることに、やりがいを感じますね。


「はひ……ありがとうございまひた……」


「またのお越しをお待ちしております~」


 よほど気持ちが良かったのか、お礼の言葉もふわふわとした口調になっていますね。

 いや~、セラピスト冥利に尽きますね~。


「はい、すぐにでも予約を入れてまた来ます! 聖里さとりさん、これヤバいですね!」


「あらあら~……」


 お客様は恍惚の表情を浮かべながら、お店を後にしました。

 どうやら、耳かきの魅力にハマってしまったようですね。このまま常連さんになっていただけるよう、私も誠心誠意努めていかなければ!


 ……さて、そろそろ閉店の時間ですね。予約はもう入っていないので、正面のシャッターはもう閉めておいて、さっき使った道具を片づけましょうか。

 耳かきをガーゼで拭き、道具箱にしまいます。モニターとそれに付随するコードは、部屋の隅に固めて置いて、と。


「はいこれでよし。二十時になったし、さっさと帰りましょ……」


 特に急ぎの用事もないのに、片づけだけはせっかち。しいて言えば、早く家に帰ってゆっくりしたいんですかね? お客様とコミュニケーションをとる分、一人の時間も欲しいんでしょうね、たぶん。

 ――なんて考えていると、視界が突如真っ白な光に包まれました。部屋の照明とは比べ物にならないそれは、目を痛めるほどに眩しい……。


「うぅ、まぶしっ!」


 なにこれ、誰かのイタズラかなにかですか!? シャッターを閉め切る前に、何か光るものを投げ込まれたのかしら? あらあら、だとしたらすごく悪質ですね。防犯カメラを確認しなきゃ……。

 光で未だ痛む目をなんとか開けて、周囲を確認。私の目に映る景色は店内ではなく、かといってあの光が再び襲いかかるわけでもありませんでした。


「ここは、どこなの……!?」


 視界に広がっていたのは、見知らぬ湖のほとりでした……って、あれ!?

 なんだか、いつもより声が高くなっているような気がしますね。突然外に出ていたことへの驚きで、上ずってしまっただけかもしれないですけど。


「来たか、技を持つ者が……」


 すると、どこからかお爺さんの声が聞こえてきました。優しくもあり、どこかも荘厳な雰囲気もありますね。声の主を探していると、湖の上にふわふわとした妖精のような何かが、それはもうふわふわと浮かんでおりました。

 妖精は全身が白く、綿毛のような出で立ちをしています。全長は……三十センチくらいでしょうか?


「なんなのかしら、アレ……」


「アレとはなんじゃ、アレとは。儂はこの世界の神、ブラフワーであるぞ。決して『アレ』などと呼ばれる筋合いはないわ」


 ――と、例のお爺さん声で自己紹介をしてくれました。この方が喋っていたんですね、まさか神様のものだとは思いませんでしたけど。

 気になることは他にもまだいくつかありますが、まずはブラフワーさんに私がここに来た理由を訊くとしましょうか。


「あらあら、それは失礼いたしました。ですが、その神様が私に何の用でしょう? 『技を持つ者』と、おっしゃっていましたが……」


 お相手は神様だというのに、つい『あらあら』という口癖が出てしまいました。失礼に失礼を重ねてしまいましたね。怒っていなければいいのですが……。


「お前には優れた耳かきの技術がある。その力を存分に発揮し、この世界の民を癒してもらいたい」


 耳かきは『技』として扱われているのですね……。確かに、普通の人より技術はあるでしょうけど、それをどう発揮するというのでしょう?


「というか、そもそも耳かきはあるのですか? 私は耳を掻くこと自体はできるのですが『耳かきそのものを作る技術』はないのです……」


 ブラフワーさんの機嫌を必要以上に損ねないよう、一応保険をかけておきましょうか。

 耳かきの道具を作るのって、どうすればいいんでしょうね? 『耳かき』自体は木を削ったりすればいいのでしょうけど、耳の中を確認するための『モニター』は……さすがに専門外すぎます……。


「それについては心配せんでよい、


 ブラフワーさんはそう言うと、そのふわふわした姿から耳かきの形に変化してしまいました。どういう原理なのかは分かりませんが、神様だからできてしまうんでしょうね。


「しかも儂とお前の視覚を共有することで、汚れがどの位置にあるかも丸分かりだ!」


「なんかすごい、なんでもアリですね……」


「はっはっは! これで思う存分、民たちの耳をかくといい!」


 神様を人の耳の穴に突っ込むのは抵抗感というか、罰当たりな気しかしませんが……。

 本人? 本神? がその形状に変わってしまった以上、正しく扱わなければ逆にダメなのでしょうね。


「――ブラフワーさんの言いたいことは、なんとなく分かりました。ですが……ここは一体どこなんですか!? 私はお家に帰れるんですか!?」


 周りの景色を見た感じ、ここは日本ではないようですし……。

 しかも海外の耳掃除は耳かきではなく綿棒が主流なので、その辺りは勝手が違ってくるんですよね。となると、ブラフワーさんのご期待に添えられるかどうか……。


「耳かきのご依頼であればお受けいたしますが、海外に耳かきの文化は根づいていません。海外の方に施術をしたこと自体は何度かありますが、私の技術で皆様を癒せるかどうか……」


「海外? 何を言っているんだお前は。そもそもここは、お前がもといた。あと、お前はもう地球には帰れないぞ」


 えぇぇぇっ!? ということは、ここは宇宙!? でも息はできる……。

 地球とよく似た星があるのかしら? それとも、ブラフワーさんが私に特別な何かを施してくれたのでしょうか? 『神様パワー!』……みたいな感じで。


 ――なんだろう。これって、前にアニメ好きのお客様が話されていた『異世界転生』と状況が似ている気がしますね。最近流行っているらしいやつ。

 突然知らない世界に飛ばされて、神様的な存在と出会って、新たな人生を送る……みたいなお話が多かった気がします。

 私もおすすめされたものを何作を観たことがありますが、かなり突飛で痛快な展開が続いていた印象がありますね。


 そして、……。


「――私、もしかして死んでしまったのですか!?」


「まあ、そのような認識で構わないぞ。さっき、光に包まれたであろう? アレはこの世界への入口だ」


「ああ、あの光はブラフワーさんのものだったのですね。イタズラじゃないのであれば、ひとまず安心です!」


 よかった、近所のお家やお店に迷惑がかかるようなものではないようですね。

 ――いやいや、全然安心じゃないですよ! 私、死んでしまったのですか!? だとすれば、ここは天国? 私は天国にいる方々の耳掃除をするということですか!?


「あの……そもそも死んだ人に、実体はあるんでしょうか……?」


「お前が何を言いたいのかは分からないが、お前は儂が一度殺し、。別の姿にな。信じられないのであれば、そこの湖で見てみればいい」


 私はブラフワーさんに殺されて、生き返らされた……!? イマイチ内容が分かりづらかったので、指示通り湖を覗き込むことにしました。


「あらあら……これが生き返った私なんですね」


 水面に映っていたのは、十歳くらいの少女の姿でした。

 さらさらとした長い金髪に、エメラルドのような緑色の目。声が高かったのは、子供の姿になってしまったからなのですね。


「そうだ。お前の名はステラ・アウソニカ。この世界で、儂とともに皆を癒す者の名だ! 拒否権はない!」


「は、はいぃっ……!」


 ――こうして、私の『ステラ・アウソニカ』としての人生が始まったのでした。あらあら……。

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