第29話 誕生日パーティー

 中間試験が終わってから、学校では特に大きなイベントはなく、あっという間に六月に入る。


 幸い試験結果自体も悪くはなかった。

 授業中よく寝ている健介も、サッカー部の試合に出るために相当頑張ったらしく、去年よりも成績はよくなっていた。

 そして安城さんについても全く心配していなかったが、想像通り優秀な成績を収めていた。


 ……奈々も。まあ、赤点がなかったからよしということで。

 期末試験、頑張ろうな。


 そんなこんなで迎えた誕生日当日の月曜日。

 誕生日、といっても普段と特に変わりはない。

 特に平日ともなれば、いつものように朝起きて、学校に行く準備をするだけだ。


 ただ、今日は誕生日に関係なく少し新鮮な気持ちだった。

 俺は先週まで来ていた長袖のシャツではなく、半袖のシャツに腕を通す。

 そう。今日は制服移行の日で、これからおよそ四ヶ月間は夏服で学校に通うことになるのだ。


 ネクタイを締めながら一階に降りると、同じく夏服を身に纏った奈々がいた。

 なんだか新鮮な気持ちでいると、俺に気付いた奈々が「おはよー」と眠そうな声で挨拶をしてきた。


「おお。今日から夏服なの忘れてなかったんだな」


「当たり前でしょ。冬服で行ったら絶対学校で目立つもん。忘れるわけないじゃん」


「毎年ちらほらいるけどな」


「……一応あーちゃんにもニャイン送っとこ」


 スマホを取り出した奈々に苦笑しつつキッチンへ向かおうとすると、スマホをタップする指を止めて、奈々がしれっと言う。


「あ、そだ。おにぃ、たんおめ」


「おー、ありがとな」


 笑いつつ、俺は今度こそ朝食の支度に取りかかる。




「おにぃさ、今日って生徒会室にいるんだよね」


「ん? そうだな。生徒会で祝ってくれるらしいから」


 朝食を食べていると、奈々が聞いてきた。

 俺の返答に、「ふーん」と素っ気ない相槌を打ってくる。


「何時ぐらいまで学校にいるの?」


「どうしたんだ、突然」


 俺が訊ね返すと、奈々は視線を彷徨わせる。


「な、なんでもないけど? ……あ、そうだ。今日お父さんが帰ってくるじゃん。だから気になって」


「……なんか隠してるか?」


「隠してないってば! それでいつまで学校にいるのよ」


「まあ最終下校時間まではいると思うけど……」


「ほんと? じゃあ帰るとき、一応連絡してよ」


「……絶対なんか隠してるじゃん」


 最早隠す気があるのかないのかわからない。

 俺の呟きになおも「隠してないってば」と必死に否定してくる奈々に、俺は思わず呆れてしまった。




 ◆ ◆ ◆




 一日は大きなハプニングもなく、つつがなく進む。

 俺の誕生日を知っている何人かが祝いの言葉と共にちょっとしたお菓子をくれたり、自販機を奢ってくれたり、健介が冬服のまま登校したり。

 変わったことといえばそれぐらいだ。


 かくして帰りのホームルームも終わり、長袖シャツを捲った健介が声をかけてきた。


「ほら、透」


「おん?」


 言いながら、健介は俺の机に一本の赤ボールペンを置く。


「誕プレ。渡したからな、俺にもちゃんとくれよ」


「おー、さんきゅー冬服男」


「ちょ、おまっ!」


 にやりと笑う健介の顔がちょっとむかついたのでからかうと、ボールペンを取り上げようとしてきた。

 だが、俺は先に机から取ると、さっさと筆箱へしまった。


 健介は悔しそうな顔でチッと舌打ちした。


「ん? 帰んねえの?」


 椅子に座ったまま帰り支度を始めなかったからだろう。

 健介が不思議そうに訊ねてくる。


「紅羽先輩に連絡するまで来るなって言われてる」


「あーそっか、生徒会室でパーティーやるって言ってたな。……姉貴、今日なんか荷物多かったし」


「それ以上は聞かないでおく」


「っと、悪い悪い。んじゃまあ俺は部活行ってくるわ。今週試合あるんだよ」


「おう。ボールペンありがとうな。頑張れよ~」


 健介を見送って数分。

 教室で本でも読んで待っていると、スマホが震えた。


『準備おっけ~。来てよし!』


 紅羽先輩のメッセージに笑いつつ、俺は教室を出て生徒会室へ向かう。


 生徒会役員の面々を生徒会総出で祝うのは伝統らしい。

 去年の9月は紅羽先輩、11月は悟先輩と綾華先輩、そして今年の1月は拓真先輩の誕生日をそれぞれ祝った。


 どうしてこんな伝統ができたのかを紅羽先輩に尋ねたことがあったけど、理由は知らないらしい。

 ただ先輩がやっていたことを続けているだけ。


『悪い伝統なら無くすけど、仲間の誕生日を祝うのは良いことでしょ』というのはその時の紅羽先輩の言葉だ。


 生徒会室の前に辿り着いた俺は、いつもならしないノックをした。

 返事はなかったが、俺はそのまま扉をガラガラと引く。

 その瞬間、


 パン! パァンッ! と、大きな破裂音が鼓膜を震わした。



「「「「透(くん)誕生日おめでと~」」」」



 扉前に並んで待っていた先輩たちが、クラッカーを鳴らしながら一斉に声を上げる。

 俺は圧倒されながら「あ、ありがとうございます……」と気の利かない反応をしていた。


「ほらほら、そんなところで立ってないで主役はこちらに」


 紅羽先輩に押されて俺は部屋の一番奥、窓際の席へと連れて行かれる。

 いつもはロの字型に置いてある四脚の机のうち半分は仕舞われていて、今は二脚の長机を縦につなげておいていた。


 そしてその上に、大量のお菓子やジュースが置かれている。


 俺はされるがままに一番上座の席に着くと、先輩方もそれぞれ左右に分かれて座っていく。


 窓には『HAPPY BIRTHDAY』の文字バルーンやガーランドが貼り付けられている。


 このお祝いムード、自分たちがする側の時はなんとも思わなかったけど、いざされる側になるとなんか照れる。


「どうしたんですか、クラッカーなんて。去年までなかったのに」


 照れ隠し気味に訊ねると、綾華先輩が自慢げにクラッカーを掲げる。


「これいいっしょ~。あたしが100均で見つけたんだよね~。紙が飛び散らない、音だけ出るやつ」


「綾華じゃなくて俺な、俺」


 綾華先輩に突っ込みを入れるのはもちろん拓真先輩だ。

 本当、この二人なか良いよな。


「まあまあ、話はそのぐらいにして、食べましょ食べましょ。私もうおなかぺっこぺこで」


「このお菓子は紅羽のためじゃなくて透のために用意したんだからな」


「わかってるよぉ~」


 紅羽先輩に突っ込む真面目な悟先輩もいつも通り。


 誕生日とはいえ、この空間自体が特別変化するわけでもなく。

 そのことが何よりも嬉しかった。




 ◆ ◆ ◆




 誕生日パーティーという名のお菓子パーティーもだいぶ進み、用意されたお菓子もほとんどなくなったタイミング。

 お菓子のお供にしていた雑談のネタも尽きてきた時、突然紅羽先輩が訊ねてきた。


「そういえば透くん、今年は彼女にお祝いしてもらわないの?」


「んぐふっ?!」


 口に含んでいたオレンジジュースを噴き出しそうになりながら、俺はすんでの所で食い止める。

 そうして俺が格闘している間、新たな話題に他の三人が目ざとく反応した。


「え、なになに、透くん彼女できたの? 初耳なんだけど~」


「おいおい水くせえなぁ。彼女ができたら先輩に話すのは常識だろぉ?」


「……拓真の言うとおり、というわけではないが、話してくれてもよかったんじゃないか?」


 先輩たちが口々に声をかけてくるが、俺は先輩方を静めるように返す。


「落ち着いてくださいって。俺、彼女いませんよ」


「え? でも仲のいい女の子がいるって聞いたよ? 誰だっけ……ほら、あの新入生のハーフの子」


「あー、いたなぁ。めっちゃ可愛い子だろ?」


「ちょっと拓真、浮気?」


「ち、ちげぇって」


 何やら拓磨先輩に飛び火していた。


「……もしかして、安城さんのことですか?」


 俺が心当たりを口にすると、紅羽先輩は「そうそう、その子」と勢いよく頷いた。


「その子と付き合ってるんじゃないの?」


「……ちなみにその話誰から聞いたんですか?」


「へ? 健介」


「……あの野郎」


 明日あったらとりあえずデコピンをお見舞いしてやる。


「確かに彼女とは最近仲良くしてますけど、付き合ってるわけじゃないですから」


 話はそれで終わりだと、俺は手のひらをヒラヒラとさせる。

 だが、この人たちには逆効果だったらしい。

 何せこの四人は二組のカップル。

 カップルは他人の色恋沙汰に目がないのだ。


「え~あっやし~。必死なところがもう意識しまくりって感じ~」


 ほら見たことか。


 綾華先輩がニマニマとした笑みを向けてくる。


「本当ですって。安城さんはただの妹のともだ――」


 友だちと、そう言おうとした時。

 安城さんの悲しそうな顔がよぎって言い淀んでしまう。


「っ、とにかく、俺に彼女はいませんから!」


 そう言って紙コップに残っていたオレンジジュースを一気に飲み干す。

 四人の疑惑の目が強まるのは避けられなかった。

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