待合室

「明壁 信様と松島 緋奈子様ですね。お待ちしておりました。こちらの待合室へどうぞ」

 スタッフに案内され、僕は待合室の扉を開けた。すると、中にいた人々の視線が一斉に僕たちに注がれる。貴族の晩餐会で見るような長テーブルが奥に伸び、左右6席ずつ、正面奥に上座が1席の計13席用意されている。

 上座に座っているのは80代くらいの老女だった。派手ではないが品良くまとめられた身なりをしており、そのかたわらには車椅子が置かれている。上座に座っているのはそれを配慮したものだろうか。他の人々はもう僕たちに興味を失っているようで各々スマホや本に視線を戻し、待合室は静寂に包まれた。

 空席は離小島で3つ。こんなに参加者がいるとは思わなかった。あの時の選考会では僕が選ばれた。同じような選考会が何度もあったということだろうか?それとも全く別の方法?


 どこに座るべきか悩んでいると、その老女が静寂を破った。

「お二人さん、こちらにお座りなさい」

「ちょっとあなた、つめて差し上げて」老女は近くにいた女優のような女性にそう声をかけた。

 その女性は無言で立ち上がって二つ隣の空席に不貞腐ふてくされた様子で腰を下ろす。その時チラリとみえたIDカードには「佐伯 梢」と言う名前が見えた。

「すいません」

 そう答え、僕たちは老女の近くにできた並び席についた。老女の首にかかっているのは僕たちと同じIDカード。そこには「三瀦 布留」と書かれている。変わった名前だ。何て読むんだろう?この人も参加者だったのか。

「変な名前でしょ?布留ふるさんとでも呼んでくれたらいいわ」

 僕の視線に気づいたのか彼女はそう言って微笑んだ。

「あなたたちが最後のようね。ちょっとあなた達には難しかったかしら」

「ちょっと暗号に手こずっちゃって」ヒナは決まり悪そうにそう答えた。

「暗号だって?笑わせる」

 ヒナの正面に座る男がそれを聞いた途端、小馬鹿にしたようにそう言った。30代中肉中背のその男は名を「小林 大樹」というらしい。小林建設の血縁者?それとも単に同姓なだけだろうか?僕の疑問をよそに彼は続ける。

「あんなものは暗号なんかじゃない。いいか暗号ってのは本来気づかれない事を目的としている。真逆なんだよあれは」

「でもたまたまCome in(入って)と言うわかりやすい言葉だったけど、意味のない言葉だったらあなたにわかったの?」

 こずえさんが敵対心ともいえる強い口調でその男にくってかかった。

 その時、梢さんの右隣り、梢さんが僕たちに席を譲るまでは左隣に位置していた男性が口を開けた。「フォ…」

「フォネティックコード」一瞬早く僕がその言葉を発した。

「何それ?」ヒナが僕を見る。

 その男性を一瞥いちべつすると、僕に説明を譲るというように目で合図した。

「主に無線で聞き取り間違いがないように使われるものだよ。電話でもTシャツのTと言ったりするよね。あれが公式で決められているんだ。ミリタリー映画なんかでも、アルファチームやブラボーチームというのが出てくるのを聞いたことがあるんじゃないかな?あれもアルファのA、ブラボーのBってことなんだ」

「何で、あっくんはそんなこと知ってるの?」

「アルファの次が何でベータじゃなくてブラボーなのか気になって調べたんだ。ちなみにTはタンゴ。あと日本語だと、…」

「べらべらうるせぇ黙ってろ」大樹さんが僕の説明を遮った。

「ねぇまだぁ?僕疲れちゃったよー」

 小学生の男の子が落ち着きをなくして、ソワソワしだした。それがさらに大樹さんのイライラを募らせたようだ。またキレるんじゃないかと思った直後に扉が開いた。

「お待たせ致しました。ただいまより皆様に本戦のルールをご説明します。私は当館の執事を務める八木と申します。こちらは補佐の中山です」身なりの整った60代くらいの男性がそう言った。

「ヒツジなのにヤギって面白くない?」

「シツジね」僕はヒナにつっこんだ。

「本戦は予選を突破された12名で行われます。一泊二日の日程の中で幾つかの問題を解いて頂くわけですが、時間内に解けない場合は失格となりご退場願います。見事最終問題を突破された方には賞金百万円を進呈いたします。また参加者同士で協力して頂いても結構ですが、その場合賞金は共有することとなります。次に、注意事項ですが、当館の外に出た場合は即刻失格となります。また、館内は全面禁煙です。喫煙した場合も同様に失格となります」

「マジかよ。最悪だ」50代くらいの男がぼやく。

「最後にもう一つお伝えすることがあります。本戦で門扉を突破できなかった方が一名みえました。首鼠両端しゅそりょうたんしていては最後まで辿り着くことはかないません」

「あっくん、しゅそりょうたんって何?」

「ぐずぐずして決めかねることだよ」

 大樹が怒声をあげた。「ちょっと待ってくれ、本戦は12人だろ?今ここに12人いる。それで失格者が出ていたら計算が合わない」

「それについては私の方からご説明いたします」補佐の中山が後を引き継いだ。

「結論から言うと、想定外の方法で本戦出場を認められた方が一名おります。失格とすることもできたのですが会長の意思で本戦の参加を特別に許可されました」

「会長が!?」大樹が驚きの声をあげる。

「はい、会長はこう言われました『猫が1匹紛れ込むなんて、それはそれで面白いじゃないの。本戦の参加を認めてあげなさい』と」

 見るからに不機嫌な大樹さんをよそに中山さんは続ける。

「そこで特別ルールを設けます。本戦に紛れた『猫』を特定した方には賞金十万円を差し上げます。尚、その時点で『猫』は失格退場となります。また、『猫』ではない方を『猫』だと言った方も失格退場です。『猫』本人には最後まで特定されなければ十万円を進呈します」

「くだらねぇ」大樹は面白くなさそうに呟いた。

「よろしいでしょうか、それでは次の関門についてご説明します」再び八木が口を開いた。

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