捕らえられし少女
ハイエルフの少女、エルミナは世界樹の麓にあるエルフの里で平和に暮らしていた。
自然を活かした大木の家々。
エルフたちは主に自然に成る野菜や果物を取り、生命に感謝しながら数体の狩りをして生計を立てていた。
貧しいながらも幸せな暮らし。
ただ、そんなときに突然里を襲撃者が襲う。
元々世界樹の魔力を利用した結界で外界とは切り離された世界だった。
外の人間にはエルフの里の居場所はわからないようになっていたはずなのだが、どうしてか襲撃者はここにエルフの里があるとわかりきった上で襲ってきたのだ。
必死に応戦するエルフたち。
元々弓と魔法に優れる彼らだったが、実践の経験は乏しく、倒れていく仲間たちを見て動揺し、襲撃者に敗北してしまうのだった。
燃える世界樹。
奴隷として捕まるエルフの女子供たち。
そんな中、ハイエルフの少女であるエルミナはエルフの未来を託されて、ただ一つだけある世界樹の苗木を託されて、襲撃者の目を盗んでエルフの里から抜け出していた。
いずれエルフたちが帰る場所を作れるように――。
襲撃者たちに復讐するように――。
でも非力な自分には力不足であることは重々承知していた。
だからこそ自分に力を貸してくれそうで人間の天敵たる魔族の王を頼ることにした。のだが――。
「嘘……ですよね?」
以前魔王の配下であるダークエルフがエルフの里を訪れた際に聞いていた、災禍の魔王が住むといわれている最難関ダンジョンの入り口へと来たエルミナは愕然としていた。
なんとその最難関ダンジョンはなぜか『売り地』となっていたのだ。
しかも『商談中』の看板も掲げられている。
「ま、まさか魔王様が負けてしまったのです?」
歴代最強の力を持つ災禍の魔王ディズトラム。
引き連れる部下も屈強で、四天王と言われる四人の幹部に至っては魔王に匹敵する力を持つとさえ言われている。
あまり地上には興味がないのか征服は行っていないようだが、その気になれば数日で世界を取れるともいわれていた圧倒的な力を持つ人物である。
到底敗北したとは思えない。
そんなことを思っていると以前里にやってきたダークエルフの女性が姿を現す。
「あらっ、いつぞやの
妙に色っぽい仕草で胸を強調している。
そんな彼女を見た後で自分の体を見る。
全くない……とまではいわないながらも貧相さが目立つ。
でも、自分もまだまだ百歳ほどの子供。これから成長するはず。
そう心の中で言い聞かせるとダークエルフの女性に質問をする。
「その……、魔王様はご無事なのです?」
「えっ? あぁ、なにも知らないのね。魔王様ならダンジョンにいることに飽きて、今は外で新しい
どうやら魔王は倒されたわけではないようだった。
それを聞いてエルミナはホッとため息を吐いていた。
「それってどこなのです?」
「うーん、あんまり教えるなってルシフェルから言われてるけど、まぁ可愛い子ならいいわよね」
唇を舌で舐める仕草をするダークエルフに、なぜかエルミナは身の危険を感じていた。
「や、やっぱり私は別の用事が――」
「連れて行ってあげるからゆっくりして行きなさい。ほらっ」
「た、助け……」
辛うじて貞操は守りきったものの心身ともに消耗することで、何とか魔王が今いる場所を聞き出すことに成功するのだった。
そして、意気揚々とその場所へ向かったのだが、災禍の魔王が住むところに罠がないわけもなく、エルミナは早々に触手に捕らえられることとなったのだ――。
◇ ◆ ◇
「うん、良い肉が取れてるね。マオー様、今夜のご飯はこれにしようよ」
ルルカは嬉しそうに触手に捕らえられている少女を突く。
金髪の長い髪をしたやや小柄な少女。
長めの耳をしている所を見るとどうやらエルフ族のようだ。
薄手の服を着ているのだが、今は触手によってかなりの部分がはだけてしまっているせいで視線に困ってしまう。
ただ、転生前は普通の人間だったから嫌悪感があるが、魔族なら普通に人を食べるのかも知れない。
もしそうだとしても今の俺は全く食べる気はないが――。
「どうみてもマズいだろ。捨ててこい」
「確かに不味そうだしね。うん、捨てて良いよ」
ルルカが指示を出すと触手が少女を飛ばそうとグルグル回し始める。
「や、やめてくださいー。助けてほしいですー」
どうやら少女は普通に意識があるようだった。
それなら色々と聞きたいことがあった。
「やっぱり捨てるのはなしだ。離してやれ」
「いいの? うーん、マオー様のお願いなら」
触手はその場で少女を離していた。
変な態勢でそのまま離されたものだから少女はそのまま尻餅をついていた。
「痛いです。でも、助かったですー」
尻を擦りながら少女は起き上がる。
そして、目を輝かせながら俺のことを覗き込むように見てくる。
その際に服の隙間からチラッと体の中が見えそうになるので慌てて視線を逸らす。
「ところで、本当の本当に魔王様なのです?」
「いや、別人だな」
あまりにも堂々と聞いてくるものだから即答で否定する。
「違うのです?」
「あぁ、全く違う。俺の名前はマオラスという。親しいものはマオ、と呼ぶから勘違いしたんだろ?」
「なるほど、わかったのです。魔王様はマオ様なのですね。私はエルミナです」
どう考えてもわかっていない様子だった。
俺の両手を掴むとやたらと大げさに上下に振ってくる。
するとそのタイミングで花をつけた触手が近づいてきて、エルミナの頭から涎を流していた。
「あ、あの、これって私、食べられようとしてますです?」
引きつった顔をするエルミナ。
「そろそろご飯の時間だしね」
ルルカのその回答は答えになっているようで全くなっていなかった。
「おい、畑では普通食べるものを育てないか?」
「そうかな? 色々と育てるけど……。このマンイーターくんも逞しく育ってくれてすごく良いでしょ」
触手のようなツルを撫でて恍惚の表情を浮かべるルルカ。
ただ、その様子を見て俺は苦笑していた。
「とにかくこいつを食うのはなしだ。それとも俺の命を背くつもりか?」
精一杯迫力を出したつもりだが、実際にどの程度出たかはわからない。
そもそも背かれては俺自身、どうすることができないのが現状である。
しかし、ルルカはなぜか青ざめて、すぐさま片膝をついていた。
「も、申し訳ありません。すぐ辞めさせます」
それからルルカはすぐにマンイーターに指示を出すと、エルミナに涎を垂らしていた花が残念そうに離れていった。
「すまなかったな」
「いえ、少し水をかけられただけだから大丈夫なのです」
実際には水ではなくて涎で、しかもそれが身体の色んなところについているせいで、微妙にテカッて、再び視線の向きに困る。
「と、とりあえず俺が住んでる小屋に案内しよう。詫び代わりにその体を洗うと良い」
「良いのですか!?」
「いや、そんなことしかできなくてすまない」
「あ、頭を上げてください。魔王……、マオ様ほどのお方が気軽に頭を下げるべきではないのですよ」
逆にエルミナに気を使わせてしまったようだ。
ここは彼女の好意に甘えるとしよう。
それに四天王とか勇者とかそういうものと無縁の初めての来客だ。
精一杯もてなして俺が無害であることをアピールするぞ!
そんな俺の覚悟はものの数分で砕かれることとなるのだった。
◇ ◇ ◇
小屋の扉を開けるとそこにはいつの間にか執事服に着替えたルシフェルがいた。
「おかえりなさいませ。マオ様」
一体何をしてるんだろうか、この悪魔は。
引き攣った頬のまま、笑みを見せる。
「あ、あぁ、ただいま、ルシフェル。風呂の準備を頼めるか?」
本当なら自分でしようとしていたのだが、ルシフェルがいるのなら、と彼に任せることにする。
「かしこまりました。早々にご準備させていただきます。ところで……」
一瞬ルシフェルの目が赤く光っていた。
「
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