魔法の適性

 時は少しだけ戻る。

 勇者見習いのミーナはルシフェルに連れられて最難関ダンジョンの上層部にあった売買済みの入り口……ではなく、直接転移で別空間にある最下層へ送られていた。



「ここが最難関ダンジョンになります」



 薄暗いながらも壁の至る所が光り輝いているおかげで進むのには問題がなさそうだった。



「……ありがとう、ルシフェルさん?」

「気軽にルシフェルとお申し付けください」

「……わかった」

「ところで、そちらの装備で行かれるのですか?」



 どこをどう見てもミーナの装備は初期装備にしか見えない。

 布製の服と木の剣。

 冒険者ですらもっと良い装備をしている。



「……んっ。これしか持ってない」



 兵士の剣ですら落とすほど非力なミーナが使える武器はかなり限られていた。



「それなら新しい武器を見繕ってみましょうか?」

「……どうせ使えないから」



 ミーナは顔を伏せる。



「ほう、少しだけ失礼してもよろしいですか?」



 ルシフェルがジッとミーナのことを見て鑑定する。

 するとルシフェルの目にミーナのステータス画面が表示される。



名前:ミーナ

職業:見習い勇者

レベル:1 所持金:0

攻撃:2

防御:3

敏捷:10

魔力:25



「なるほど。だからマオ様はあなたをここのダンジョンに案内したのですね」



 圧倒的に低い能力。

 それなのに勇者の見習いであるらしい。


 もちろんこのことを魔王様は知っているのだろう。

 おそらくはこのままここで鍛えて、真の勇者にした上でご自身の番いになさろうとしているのだろう。


 勇者と魔王が手を組めば世界を取れるのは子供でもわかる。



「……どういうこと?」

「いえ、こちらの話です。それよりもあなたはどうやら魔法の方に適性がある様子。それなら武器は剣よりもこちらの方がいいでしょう」



 そういうとルシフェルは空間魔法から一本の杖を取り出す。



 世界樹の杖。

 世界にたった一本しかない世界樹の枝から作り出した杖で、その昔、大賢者が使っていたとも言われる伝説の杖である。



 しかし、そのすさまじい効果とは相反して、見た目は普通の木の杖である。

 だからこそ、そのすごさにミーナは全く気づいていなかった。



「……ありがとう」

「あとは魔法を教えてくれる先生を呼んできましょうか。空間魔法だと私でも教えられるのですが、それ以外は私には使えませんから」

「……いいの?」

「えぇ、マオ様よりあなたのことをしっかり見るようにと頼まれております故」



 実際にマオラスが見たら「そんなこと言ってない。勇者は危険だから早く帰らせろ!」と言っただろう。

 でも、今ここにはマオラスはいない。


 誰に妨害されることなくルシフェルは自分の思うマオラスの行動を尊重し、その通りに進もうとしていた。

 妄想の中のマオラスの行動を――。




       ◇ ◆ ◇




 山にある小屋の一室。

 そこにベッドで眠っている俺とロープでグルグル巻きにされていたルルカの姿があった。



「う、動けない……。すぐそこにマオー様がいるのに……」



 身の危険を感じるせいで俺自身もなんだか熟睡することができなかった。



「はぁ……。はぁ……。マオー様の芳醇な香り……。これだけでご飯が何杯でもいけそう……」



 目を大きく見開いて鼻息荒くしているルルカ。

 同じ部屋にいるのも嫌になってくる。


 俺はため息を吐きながら起き上がる。



「あっ、マオー様、お目覚めですか!? ではボクと熱い抱擁を――。ってどこに連れて行く気ですか!? も、もしかして初めてはお外で!? ぼ、ボク、マオー様とならどこでも……」



 口うるさいルルカをとりあえず隣の部屋へ捨ててくる。

 外へ捨てないだけ優しさだろう。


 それでようやく安寧が訪れたので再び俺は眠りにつくのだった。




       ◇ ◇ ◇




 朝の光が注ぎ込んだ窓。

 転生前では気にしたこともない光景ではあるが、地下深くのダンジョンでずっと暮らす羽目になっていた俺からしたらこの光景は何者にも代えがたい宝のようなものだった。


 先ほどの魔王城爆破の騒動が嘘のように窓の外から小鳥の囀りが聞こえてくる。



「マオー様、焼き鳥もいいですね。むにゃむにゃ……」



 隣からはこの光景に全く合わない寝言が聞こえてくる。

 大人しく眠っていたら可愛らしい姿なのだが、これでも四天王の一人。


 下手に抵抗でもしたらうっかり殺された、がありえるので扱いがすごく難しい。

 ただ、どのくらいの能力差があるのかは今の俺にはさっぱりわからない。

 少なくとも鑑定しようとしたら鋭い痛みと共に鑑定が弾かれてしまうほどの能力差がある、ということだけはわかっている。



「さて、朝飯の準備でもするか」



 俺は厨房に立つと昨日の残り物を使って新レシピに挑戦してみることにした。


 昨日は一つだけ食べようとしたから失敗したんだ。

 地球には七草がゆというものが存在する。

 芹やなずななど七種の草を叩いて粥にして朝食に食べる、という伝統行事である。


 つまり七種の草を叩いて煮込めばきっと――。


 薬草だと思って採取した草から七種取りだして小屋を作ろうとした際にできた余り物の角材を使い、草を叩いてみる。

 それをとりあえず煮込……めないので、団子状に丸めてみる。



「うん、ただの草だな」



 いくら試行錯誤をしたところで草は草以外の何物にもなれなかったようだ。

 すると匂いを嗅ぎつけて……ということはなく、たまたま目を覚ましたルルカが縛られながらも器用に跳ねてやってくる。



「マオー様、もしかしてお料理をしてるの?」

「それ以外に何に見える?」

「誰かに呪いを掛けてる……とか?」

「料理に決まってるだろ?」



 言いたいことはわかるが、それはすぐに訂正して俺は今作った草団子(草をただ団子状にしただけのもの)をルルカの方へと差し出す。



「何だったら食うか」



 俺はオチが見えてしまうのであまり食いたくなかった。



「いただきます!!」



 目を輝かせ本当に嬉しそうに草団子を口へと入れるルルカ。

 すぐにその表情に陰りが見えていき、そして、泡を吹いて倒れるのだった。

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