改めて小屋を作ろう

 魔王城が破壊されたあと、気を取り直して俺は山籠もりスローライフを再開することにした。


 一部山がハゲてしまったことと黙々と煙が出ていること、小鳥たちの囁きがなくなったこと以外は以前とあまり変わっていない。


 そう自分に言い聞かせていた。



「マオ様、これからどうしましょう?」



 ルシフェルが尋ねてくる。

 さっきみたいにとんでもないトラブルを起こされないためにも適切な指示が必要になるだろう。



「……スローライフは知ってるか?」

「もちろんでございます」



 少し心配だったが、どうやらルシフェルもスローライフについて知っているようだった。

 それなら俺がやりたいこともすぐに通じるだろう。



「第七位界時空魔法のことにございますね。自分以外の全ての動きを遅くするという――」

「……違う」



 まさかとんでもない方向に勘違いをしているようだった。



「ま、まさかそれ以上の魔法を!?」

「そんなわけないだろ……」



 ルシフェルが驚きの表情を見せながら恭しく俺のことを見てくる。



「さすがはマオ様。我が主人に相応しいお方です」




 いやいや、力を一切見せてない相手の言葉を信じるなよ。

 心配になる程の崇拝っぷりに俺は若干引き気味だった。



「確かダンジョンの本棚に『初めてのスローライフ』という本があったはずだ。それを読むと俺がしたいことがわかるんじゃないか?」

「マオ様のお考えの一端を知ることができるのですか!? す、すぐに読ませていただきます!」



 ルシフェルは空間魔法で俺が言った通りの書籍『初めてのスローライフ』を読み始めていた。

 本当に流し読みですぐに読み切った後、ルシフェルは少し考え込んでいた。



「つまりスローライフとはのんびり暮らすふりをして、騒ぎに巻き込まれて、ハーレムを築き、酒池肉林の日々を送ること、ということですね」



 一体何の本を読んだんだ?

 エロ本でも読んだのだろうか?



 そんな不穏な言葉がいくつも並んでいた。

 最初だけはいい感じだったのにな。



「とりあえず俺は自分で小屋を作る。これこそが山暮らしの醍醐味だろ!?」

「かしこまりました。では私はその間に獲物を狩って参ります」



 ようやくルシフェルもスローライフの何たるかをわかってくれたようだ。

 自分たちで獲った獲物を食べながらのんびりとした生活を送る。

 いずれは畑で作物を育てたいところだが、流石にまずは小屋を優先だ。


 特に食べ物はルシフェルが確保してくれるのだから食いっぱぐれることはない。



「よし、頑張るか!」



 俺の気持ちを察してくれたルシフェルのためにも最低限の小屋を作ろうと意気込むのだった。




       ◇ ◇ ◇




 ルシフェルが取り出した最強の斧、ラブリュスを使い近くの木々を倒していく。

 あまりこの辺りの山で木を切る人間はいないのか、意外と年輪がたくさんある丸太がいくつも出来上がっていた。


 一般人以下の能力しか持たない俺でもまるで紙を切るが如くすっぱり木を切ることができる。

 そのことがあまりにも楽しくてついつい切りすぎてしまったのだが、そこで大きな問題に気づく。



「どうやってこの丸太を持ち上げるんだ?」



 巨大な丸太を前にして俺の動きは固まっていた。

 ここから家の材料に加工していくのだろうけど、そんな細かい技術があるはずもない。


 クラウ・ソラスを手に取り最低限持てるくらいの大きさに刻んでいく。

 それをなんとか転がして運んでいると突然、予想外の方向から声が聞こえてくる。



「……何をしてるの?」

「えっ?」



 ルシフェルとはまるで違う、少女の声に思わず持っていた丸太を落としそうになる。

 ただ、かろうじてゆっくり置くに留められた。


 そして、声のした方を振り向くとそこにいたのは小柄な銀髪の少女だった。



「誰だ?」

「……? 私のこと?」

「他に誰がいる?」



 どうにも不思議なテンポに戸惑いを覚えながらも何とか情報を聞き出す。



「……私はミーナ」

「そうか。俺はマオラスだ」

「…………」

「…………」



 とつぜん現れた相手にやや緊張しながらも何とか情報を得ようとしたのだが、そもそも話が持たない。

 一体何を話せばいいのだろう?



 正直、この世界に来て魔族以外に初めて話す人だ。

 共通の話題を探すもののそもそもこの世界の情報に乏しい俺にそんな話題を見つけるのは不可能にも等しかった。



「どうしてこんなところに?」

「……魔王?」



 早々にバレてしまったのかと思わず心拍数が上がる。

 しかし、そういうわけではなかった。



「……ここにあった魔王城の調査」

「あ、あぁ、あの爆発したやつか」

「……見たの?」

「目の前で吹き飛んだな」

「……教えて」



 グッと俺の方へと近づいてくるミーナ。

 あまり足場の良くない場所で近づいてきたものだからミーナを支えきれずにそのまま倒れてしまう。


 すると、あまりにも悪いタイミングでルシフェルが戻ってくる。


 流石にこの状況は説明できない、と思ったのだが何を思ったのかルシフェルは感服していた。



「さすがにございます。すでに獲物を捕まえられているとは」



 いやいや、ミーナは獲物じゃないぞ?



「これでお二人は番になられるのですね。それで後継のお子を授かる……と。できればなるべく強者が相手の方が良かったのですが……」

「お前は一体何を言ってるんだ? 俺とこいつがそんな関係のはずないだろ? 大体ついさっき会ったところなんだぞ?」

「しかし、マオ様が教えてくれたスローライフははーれむ?なるたくさんの後継を複数の女子と作ること、と書かれておりましたよ?」

「やっぱりお前、読んだ本を間違えたんじゃないか?」



 流石に呆れ顔を向けているとミーナが俺の顔を見ながら首を傾げて聞いてくる。



「……魔王? 誰が?」

「それはもちろん、むぐっ――」



 うっかり答えそうになるルシフェルの口を慌てて塞ぐ。

 それで小声で伝える。



「俺が魔王であることは内緒だ。身分は捨てたと言っただろう?」

「……そうでございましたね。かしこまりました」



 少ない言葉で事情を察してくれたルシフェル。

 ただ先ほどまでの出来事を考えると油断はできない。


 俺はルシフェルが何を答えても反応できるようにしていた。



「……何を話してたの?」

「いえ、なんでもありません、奥方様。私のことは気にせずに続きをどうぞ」

「とりあえずお前がいると話にならん。あの丸太を使って小屋を作っておいてくれ」

「かしこまりました。すぐに取り掛からせていただきます」



 ルシフェルが少し離れたのを確認したあと、俺は再びミーナと話し始めるのだった。

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