秤持つ天使(藤元杏はご機嫌ななめ③)

吉野茉莉

プロローグ「愚行権について」

プロローグ「愚行権について」

 僕は、彼女を愛している。

 最近はそう思っている。

 いや、確信している。

 毎夜、耐えられない痛みに胸を掻き毟り、心が濁流に巻き込まれ、自我を強く引き締め震える手を抑える。

 がらんどうの僕を埋める、彼女の眼差し。乾いた空気を甘い蜜に変える、彼女の声。僕の体温を熱く、赤くする、白皙の手。

 触れることを禁じる、常識の世界。

 こんな世界なんて壊れてしまえばいい、何度も何度も僕は願った。

 だけど、それはどうせ叶いっこないと内心気が付いているからできる呪いだ。

 本当に叶ってしまえば、それは狂気の産物で、誰も救われることのない、絶望に満ちた世界だ。それで彼女が救われるわけでも幸せになるわけでもない。僕も、そんな彼女と一緒にいても、救われない。

 僕は気が狂っているのだろう。

 それは誰もが証明してくれるはずだ。僕だって、同じ意見だ。

 狂人は自分が狂っていることに気が付かないというが、しかしやはり、僕は狂人でしかない。

 僕は彼女に目を留めるようになったのはいつからだろう。

 くだらない自問をするたび、嘲りが聞こえる。

 わかりきっている、最初からだ。

 初めて彼女に出会った、あの春の日から、こうなることはわかりきっていた。

 これを運命だと割り切ってしまえれば、神様の試練だと言い聞かせてしまえば、そう寸暇は平穏を取り戻せるかもしれない。

 だからといって、それは言葉遊びに過ぎない。

 無理矢理戻そうとしたバネは、勢いをつけて跳ね返るだけだ。

 ああ、どうか、どうか、神様。

 それでもできることならば。

 愚かな僕を許してほしい。


 これは、そんな、道化が道化であり続ける、意味のない話だ。

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