きみが笑顔なら何も望まない
夜桜夕凪
第1話
簡単に言えば僕は周りから同一人物なのか怪しまれている。嗤い話の中で多重人格説まで出るくらいだ。そんなに違うだろうか。あくまで軽く何かで見たくらいだが、多重人格って生きていけないほどの辛いことから切り離す?ための生存戦略みたいなやつだったはず。そこまでヤバい人生だったとは思えない。仮に自覚していない記憶障害があったとしても、人格が変わるまででもないし、いまの生活には何も影響なんかない。
漫画なら(小説でも可)開放されているか、針金で開けるか、職員室から鍵をくすねるかして屋上でお昼を食べる、みたいな話はまぁまぁある。憧れを作品に投影した、と言ってくれた方が個人的にはありがたい。そんな『メロンパン片手に友達と屋上で話す』みたいな夢を捨てきれぬまま、教室でほぼ孤立しているのはコイツだ。なんだかんだ、完全なる孤立はしていないが、半分以上その状態だろう。ありがたいことに隣のクラスに話し相手はいる。まぁ、学年が上がるごとに合同授業がクラス単位になったり、選択科目でクラスというより授業で分かれたりと一緒になる機会は減ったが、接点が完全消滅したわけではない。今日もその人と放課後に約束がある。
「絢瀬〜!」
ピンクの肩下まで伸ばした髪を一つにまとめて制服のシャツのボタンを二つ開けている男子生徒。
「まったボタン開けたまんまじゃん…開けるならせめて一個だろ…」
セーター着てるから問題ないね!などと返してくるこいつが約束の相手。
「絢瀬が嫌なら閉めるが」
「僕個人では嫌ではないな。校則的に如何なものかとは思うが」
「第二ボタンを開けるなとは書いてないね!」
「風紀委員に捕まっても知らん…」
そう話してるうちにいつもの場所についた。まともに調律がなされてないピアノと自販機三台。それから変わった形の机と椅子。それぞれ椅子にかけて本を開いたりスマホを開いたり。
今日、梅小路がさ、と九条が話し出した。
「俺に話しかけてきたんだよ。なんの心当たりもないのに。したらアイツ、『
「変わらないなぁ、あいつ」
「ほんとな」
かつて同じクラスだった、九条のクラスメイトの話。微笑ましい懐かしさが湧いてくる。
「怪談シリーズのY市の峠が何処か割り出そうとしたり、魔法陣描いて何かを召喚しようとかやってたよな。懐かしい」
「俺はそういうの、十年くらい前に卒業した気が」
「僕はもうちょっと長かったかな。それでも小学校卒業前には触れなくなったような」
僕はピアノまで移動して蓋を開けた。
「アイツときたら高校生になってもやってるんだもん、流石と言える領域だな」
「進んだ道が違えば価値を感じるものも違うさ」
「趣味の話なのに進路みたいな言いようだね」
弾くの?と訊いてきた九条に行動で返す。
『主よ人の望みの喜びよ』
満足するまで弾いて、蓋を閉める。小さく拍手が鳴った。時計を見るとバス発車の十分前を指していた。
「そろそろ行こうか」
「だな」
水を一口飲んでから部屋を出る。冬の空気が身体に刺さった。
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