07.I2-2
「ひ、平吉さん……」
「……?」
2回目のインターバル。
シミュレーション訓練に向かう途中で、声を掛けられる。
早海さんであった。
「早海さん、どうしたんですか?」
「あ、あのちょっとお話しいいですか?」
必死な様子で尋ねてくる。
「……いいですよ」
「……よかった」
ほっとした様子だ。
その後、立ち話も何なのでということであったが、都合のいい場所もなかったため、仕方がないので早海さんの部屋に入れさせてもらった。
未だ、月村次長の殺人犯が判明していないため、二人きりになることは推奨されていなかったが、そんなことを意識する気にはなれなかった。
「あの……ごめんなさい……!」
早海さんはいきなり謝罪から入る。
「えーと、何のことだろう……?」
「その……私がすぐに動いていれば……」
「……」
早海さんは高峰さんの死に責任を感じていたようだ。俺もあの件について色々と考えた。だが、今にして思えば不思議なのだが、早海さんのせいであるということは考えついていなかった。
「お互い……辛い出来事だったね……」
気にしなくていいよとか君のせいじゃないよと言うのも何か変な気がして、こんな言葉を選択する。
「……はい」
早海さんは俯き気味に返事をする。
「そういえば、右ボタンの件は克服できそうですか?」
「……いえ、まだ目途は立っていない状況でして……」
早海さんは自分自身を不甲斐なく感じている様子で覇気なく答える。
「……そっか」
「あの……! だから……もう私のことは……」
「見捨てないですよ」
「え……!?」
もう見捨てるのは嫌だった。
「次も同じチームになれるといいですね」
「っ……!」
早海さんは驚いた様な表情を見せる。
「それじゃ……僕は訓練に行くので」
そう言って、立ち去ろうとする。
「…………ま、待って! ……ください……」
「……?」
「……平吉さんに、伝えたいことがあります……」
◇
メッセージが届く。
日比谷部長からミーティングへの呼び出しだ。
訓練を中断し、会議室へと向かう。
◇
「このような状況の中、集まっていただき有難うございます」
日比谷が生存者である25名が全員集まったことへ感謝を述べる。ミッション2で16人が亡くなった計算だ。
「今回、集まってもらったのは情報の共有のためだ。この情報の報告を受け、開示するかどうか苦慮したが、知らない者は自身の防衛に不利になる危険性を考慮し、公表することとした」
参加者は日比谷の意味深な言い回しに、関心を示すような表情だ。
「では情報を開示する。端的に言うと、我々は味方を殺害することで、そのスキルを奪うことができる」
ざわめきが起きる。まだ、ざわめきが起きる程度には生存者がいるのだな……などと思う。
この発表に驚きはない。
なぜならこの情報を日比谷に開示したのは、早海さんに教えてもらった俺であったからだ。
もちろん情報元の早海さんにも許可を取ったし、日比谷にも公表することを制限しなかった。
今にして思えば、宇佐さんがミッション1の直後にスキルを手に入れられたのは、カエルマンの捕食直後に食われたプレイヤーを巻き込んでレーザーを叩き込んだからであろう。
「この情報を齎してくれたのは早海さんだ。早海さん……辛い状況の中、よく決心してくれました。本当に有難うございます」
「……」
早海さんはうれしくなさそうに、俯いたままだ。だが、この情報が他ならぬ早海さんから共有されたということに強い説得力があることは間違いない。
早海さんが最初に誤って火野次長を殺害したのは全員が知っていたからだ。
「まず、一つ伝えておきたいのは、すでに意図せず、スキルを手に入れてしまった者は自分を
横目で宇佐さんの方を見ると、普段、あまり見せない神妙な表情をしているようにも見えたが、神妙な表情とは大抵、無表情であり、改めて見るといつも通りのような気もする。
「だが、この情報により、謎に包まれていた問題に対し、一つの推理が成立する…… 月村次長が殺されたのは、そのため……というものだ」
日比谷が続けた言葉に参加者が再びざわめく。
「このことを知っていた何者かが月村次長のスキルを奪うために、殺害した可能性があるということだ」
十中八九間違いないだろうと思う。
「だが、残念なことに他者のスキルを別の者が確認する手段は提供されていない。故にここで犯人を特定することはできない」
そもそも月村の能力を知っていた人物はいるのだろうか。
「だが、私は、とある人物にこの事件の嫌疑をかけている」
「……?」
日比谷が突然、そんなことを言う。日比谷の方を確認すると特定の人物を見つめている。
「どうなんだ? 白川さん」
全員がその言葉と共に、その美女の方に顔を向ける。
「え……? なぜ私なのでしょう?」
白川さんは驚いた素振りを見せ、そう返答する。
「最初に生存者が表示された時、火野次長が亡くなっていたのに200と表示された。故に、誰かが紛れ込んでいるのはわかっていた。そして、君を特定した方法だが……簡単なことだ…… 私はフロア内の二百名全員の顔と名前を記憶している。白川さん、君はその中にはいない。そして、アドバイスしてやろう。君は忍には容姿が目立ち過ぎだ」
「……パワハラ&セクハラですね」
白川さんは虚を突かれたような顔をした後、諦めたように語り出す。
「すでに前回の時点でわかっていたのでしょうね。睨まれていましたから……」
「まぁな。しばらく泳がせておくつもりであったが、ここらが潮時だろう。それで、お前は何者なんだ?」
「……私は皆様の活躍を促進する役割……つまりファシリテイターです」
会議室は今日一番のざわめきとなる。
「ファシリテイター……? あのファシリテイターか?」
「えぇ、あのファシリテイターです」
「……」
潜入者であったことを暴いた日比谷も、これは予想できていなかったようだ。
「まさか黒幕様だったとはな……」
怒り六割、驚き二割、呆れ二割のような配分の口調で白川さんを追及するが、当の白川さんは少々、つれない回答をする。
「黒幕? 何のことでしょう?」
「何……?」
「私はむしろ貴方達と近い立場なんですよ。貴方達より幾分、多くの情報と権限を持ってはいますが、貴方達と大きな違いはないのです……」
白川さんは終始、落ち着いた口調で話を続ける。
「そして、先にお答えしておきますが、月村様を殺害したのは私ではありませんし、私も誰が殺したのかは知りません。ただ、有望なプレイヤーである可能性が高いとだけ伝えておきましょう」
「ふざけるな! 殺人を肯定するのか!? 亡くなった方々には帰るべき場所があったんだぞ!?」
日比谷の隣りに座っていた水谷の少し先輩に当る土間(どま)課長が我慢できない様子で怒鳴りつける。
「帰るべき場所ですか…… まぁ、あるにはあるんでしょうけど…… それに大した意味なんてありませんよ……」
「なんだと……!?」
怒る様子の土間課長とは対象的に、落ち着いた口調で日比谷が相対する。
「白川さん、それは随分と命や人権を軽んじる発言だな……」
「いえ、そういうつもりはありません。単に、帰ったところで、どうせすぐに死ぬことになるから大きな差異がないということです」
「どういう意味だ……?」
「……申し訳ありませんが、これ以上はファシリテイターである私の権限ではお答えできません」
「またそれか…… では誰なら教えてくれると言うのか……」
「……申し訳ありませんが、それも…… ですが、ファシリテイターであることを見抜いた特典として開示してよい情報がありますのでお伝えしておきます…… 私が死ぬと進行役がいなくなり、全員、元に戻れなくなります。大変、恐縮ではございますが、なるべく守っていただくようお願いします」
白川さんの理不尽とも言える発言に聴衆は、もはや怒りを通り超え、唖然としていた。頭を抱えているものもいた。
だが、俺に驚きはなかった。ミッション2の直後に、すでに本人から話を聞いていたからだ。
◆
それは、ミッション2の結果発表の直後のこと――
「助けてくれて有難う……ございます……」
俺は白川さんにそう伝えた。
「いえ……」
白川さんはそれだけ答えた。
「……」
しばらく沈黙が流れた。俺の方からそれ以上、何かを言うつもりはなかった。
「……責めないのですね……?」
「……え……?」
意外にも白川さんの方から会話を再開してきた。
「てっきり、どうして自分だけを助けた? と言うと思っていました」
困り顔はどこへ行ってしまったのか、冷たい表情でそんなことを言う。
「……そうだね。確かにその気持ちはあったかもしれない。だけどさ、何もできなかった自分が君を責める資格はないと思う」
「……そうですか……」
「……白川さんはひょっとして、これが初めてじゃないんじゃないか?」
「……」
白川さんは答えない。
「やっぱりそうなんだね」
「……どうしてそう思うのですか?」
全体的に怪し過ぎるというのもあるのだが……、
「カエルマンから助けてくれた時、顔についた返り血を腕で拭いていただろ? あれって、あの時すでに脳波コントロールの接続制限が解放されていたからできたんだろ?」
趣味バグ発見により培われた違和感察知能力が無駄に発揮される。
ウツボ恐竜が出てきた時、「なぜヒュージサイズが」と呟いたのも白川さんだろう。あいつは恐らく、本来はミッション2で出てくるような敵ではなかったのだろう。
「……貴方は本当に優秀ですね」
現世とは大分違う評価であるが、ひとまずYESと取ってよさそうだ。
「……私は……ファシリテイターです」
「え!? …………マジですか……?」
「はい」
さも当然のように答えた。
言われてみれば、ウツボ恐竜から救ってくれた時に、ウツボ恐竜を怯ませるために出現したと思われる
「なんでまた……一緒に戦ってるの……?」
「ファシリテイターは促進者であって、経営者、マネージャーではありません」
いや、そういう言葉の定義的な問題ではないと思うのだが……
「……そうか…… それじゃ……きっとこれまでも……すごく大変な思いをしてきたんですよね」
「え……?」
「え?」
白川さんが疑問の声を出したので、それに対して、こちらも疑問の声を出していた。
「いえ……あまり類を見ないケースでしたので……」
「はぁ……」
しばらく二人とも沈黙した後、再び白川さんが言葉を発した。
「……貴方の方を助けたのは、貴方が優れた
「……きっとそういうことだろうと思いましたよ……」
「……」
「……」
話が途切れる。
あぁ……ダメだ……やっぱりちょっとダメかも……
高峰さんを救えなかったという事実、そして、高峰さんがどんなに怖かったのだろうかと想像してしまうと、心の防衛本能か何かで、必死に抑え込んでいた負の感情が波のように押し寄せてくる。
しかも高峰さんはあんな状況だったのに、最期の最期……
きっと俺達に「逃げて」と言おうとした。
それだけじゃない。もしかしたら悲鳴が聞こえなくなったのは出せなくなったからじゃなくて……
っっっ……言葉がない。
……あの場面、高峰さんを救うために何かできることがあっただろうか。
全ての選択において、最良を選び続けていたとしても自分一人では救えなかった。
後悔することさえ許されない。後悔は選択次第でどうにかできた時にだけ、していいものだと思う。
ただ、一つ確かなことは、俺が弱かったことが生み出した結果であるということだけだった。
「……も、……だけじゃ……ません……」
「え?」
考え事をしていたせいか、白川さんが微かな声で言ったからかはわからないが、言葉の端々が聞き取れなかった。
「……平吉さん……」
「は、はい……!?」
突然、呼び方が貴方から平吉さんに変わり、驚く。口調もファシリテイターであることを明かす前の白川さんのように優しげであった。
「私のこと……守ってくださいね」
「え? …………えーと……」
突然の呼び方変更からの、唐突なお願いに単純に困惑する。
「なぜならファシリテイターである私が死んだら、全員元に戻れないからです」
ファシリテイターの口調に戻る。
「あっ、はい、なるほど」
それは守らないわけにはいかないなと思った。
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