1-1

 *


 女は下腹部に重みを感じて目を覚ました。重いまぶたをこじ開けると、真っ先に視界に飛び込んできたのは、闇の中にぼんやりと浮かび上がる、白い女の顔だった。薄い笑みを浮かべてこちらを見下ろしている。

 心臓が凍りつき、一瞬遅れて、それが能面をつけた男であることに気がついた。自分の上に馬乗りになっている男が黒い服を着ていたせいで、闇の中に女の顔が浮かんでいるように錯覚したのだ。

 気がついたと同時に、先ほどとは別種の恐怖が込みあげてきた。

 次の瞬間、男の手が女の首を締め上げ、喉まで出かかった悲鳴を圧し潰した。

 女の身体が酸素を求めてもがく。

 充血し大きく見開かれた彼女の瞳には、薄笑いを浮かべる白い女の顔が映っている。木製のベッドが彼女の代わりにギイギイと耳障りな悲鳴を上げた。女の視界が徐々に狭まっていき、身体が痙攣し始める。

 と、男が腕に込めていた力を緩めて女の首から手を離した。

 女は激しく咳き込みながら、大きく口を開けて肺を酸素で満たした。視界が元に戻り、痙攣も止まる。

 だがそれもほんの一瞬のことだった。

 男は再び女の首を締め上げた。そして女が意識を失う寸前に再び手を離した。締めて、緩めて、締めて、緩めて、…。男は何度も何度も執拗にそれを繰り返した。

 男は自分の掌の中で、女の命のともし火が明滅するのを楽しんでいたのだ。

 もういっそのこと殺してください。女にはそう懇願する気力さえ残っていなかった。人体に備わった忌まわしい生存本能によって、辛うじて死んでいないだけだった。

 どれほど時間が経っただろうか。女はようやく望むものを手に入れられた。彼女の意識は深い闇の底へと落ちていった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る