1.箱庭の星空


 それは星という名前だそうでした。


 一つ、一つが宝石のように瞬きながら、けれど押し付けがましくない優しさが宙に浮かんでいました。豪奢ごうしゃなようで、身近な暖かさです。心の底を深く抱きしめるような。


 私は尋ねます。


「これは、これはどのようなものなのでしょうか?」


『声』は何も答えませんでした。


 私は驚きました。何故なら、私の疑問や質問には、いつもよどみなく返してくれるはずの『声』が、知りたいことは全て持っているはずの『声』が、この時は何も返してくれなかったから。『声』が何でも知っているわけではないということを、私はこの時、初めて知りました。


 私は悩みました。


 そして気づきました。

 そうです、私は『声』以外に悩みというものに、折り合いをつけるすべをもっていなかったのです。

 漠然とした不安でした。

 得てして不安というのは漠然としているものですが……、ええ、初めての経験というのはどのような思いも肥大化するものです。幼い時は注射針の巨大さに目がくらみました。自転車の風切る早さに震えました。道ゆく蟻の行列が一つ、一つ違うもののように思われました。この不安もおそらくその作用によって、肥大化したもの。

 しばらくくして、私はこの不安と同衾どうきんしなければならないことに気づきました。

 星はいつまでたっても消えることはなさそうでしたから。そして私はもう、とうの昔に眠たかったから。


 少しずつ重たくなるまぶたを支えながら私は考えました。


 どうして星は宙に浮くのであろう、どうしてこんなにも近くあるのだろう、どうしてこんなに明るく見えるのであろう、と。


 いくら考えてみても、答えは出ませんでした。


 その間も星たちは、私の周りをまたたきながら、微笑ほほえんでいるかのような表情でふうっとしていました。少しだけ腹立たしい思いが浮かびましたが、すぐに眠気が飲み込むようにおいついてきました。


 そんなとき、ふと一際明るい光がひとみに重なったような気がしました。ほのかに中心が紅く、周囲の暗闇を浮かび上がらせるような燦然さんぜん



 それもまた星でした。



 私はこの場を支配するもの、その名前が少しわかるような気がしました。そして星というものが何故、こんなに幸せなのにおぼろげかということも。


 たぶん、その名前は……。


 消える意識と共に私が思い出すのはそこまででした。

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