第54話 竜の骨を使いたい

「お前、平民か?」

「そうですね」

「そうか……ならあまり高くない素材でなるべく魔力伝導率のいい剣ってことになるが……魔獣の素材がいいだろうな」

「素材ならテオドールが倒した赤竜の骨なんかどうですか?」


 横からエレミヤが親方に提案した。


「テオドールは赤竜の素材を売って金にしたって聞いたけど、骨は殆ど売れなかったんじゃない?」

「なんで知ってんの?」


 いや、竜に関する知識があればすぐにわかる話なのかな?

 確かに、俺は赤竜の素材を即座に売り払って手に入れた金で大量の魔導書を購入していた。魔法理論は何度読んだって飽きるものではないし、金の使い道なんてそれぐらいしか俺にはないからな。

 エレミヤの言う通り、骨以外の素材はパパっと売れた。牙はそのままの形で武具に使い易いって話で高価買取してくれたし、竜の肉は珍味だって金持ちが食うからって商会が通常価格よりも高めに買い取ってくれた。鱗も装飾品とかに使えるらしくて普通に売れたし、目玉や内臓は魔法的な触媒としての価値が高く、血は薬の元になるらしくて国が買い取ってくれた。ただ……骨だけは中々高価で買い取ってくれる人がいなかったのだ。


「竜の骨は魔力伝導率が高く、強度も自然界に存在するものの中でも最高峰。竜の骨製武器は各地の伝説にすら残っているほど強力な武器が多く、魔法騎士団の中でもそういう古代の遺物を求める者は少なくない」

「そうです」

「だがわかってるのか? 竜の骨は確かに素材として物凄い価値を持っているが……それはだ」


 そうなんだ……素材としての本来の価値は滅茶苦茶高いんだが、この竜の骨を加工できるような腕を持っている人間は殆どいない。


「赤竜の骨は熱に対する抵抗力が強く、鉄ならドロドロに融解するような温度の中でも普通に形を保っている。更に、赤竜の骨を削るには緻密な魔力操作を要求され、ただ腕がいいだけの鍛冶師では加工できない……魔法と鍛冶、両方を極めた者が正しい加工法を知っていて初めて加工できるのが、竜の骨だ」


 そんな実力を持っている鍛冶師なんていない。だから商会も買い取ってくれないし、鍛冶師が戯れに二束三文で買ってくれるぐらいなもんだ。


「しかし、貴方は竜の骨を加工できる。そうですよね……エルマン・ロマノフさん」

「……この金髪坊主なにもんだ? 何故俺の名前を知ってやがる」

「申し遅れました。エレミヤ・フリスベルグ……フリスベルグ公爵の嫡子です」

「フリス、ベルグぅ?」


 え、なに……エレミヤってこの人となにか因縁でもあるの?


「はぁ……仕方ねぇ。平民坊主、お前の持っている赤竜の骨全部買い取ってやる」

「本当っすか!? いや……助かります」


 地味に邪魔だったんだよねあれ……かなりの量だからさ。


「その骨を素材に剣を打ってやるが……当然ながらかなりの値段がする。だから赤竜の骨が買い取った値段で相殺し無料タダで打ってやる……これでもかなりまけてやってんだから文句言うなよ」

「いや、あの大量の骨を買い取ってくれるならなんでもいいです!」

「おかしな坊主だな……流石はガーンディの倅の学友だ!」


 いや、だからアッシュってそういう扱いなのね。


「なら、まずはお前さんが持つ無意識の癖を確かめたいな……剣にそいつを反映してかないと、真の剣とは言えねぇ」

「なら俺が立ち合おうか? 俺の柔剣術なら親方もよく知っているはずだから……」

「そうだな。おい坊主、その剣使ってちょっとやってみろ」


 え、またアッシュと戦うの?



 工房の裏に素材用の巨大な倉庫があったので、そこで今まで使っていた鉄剣をそのまま使ってアッシュと戦うことになった。アッシュ側もこんなことで剣を摩耗させる訳にはいかないので、親方の弟子が練習で作ったらしい剣を使っていた。


「お前の剣術を親方に見せるために戦うが……そんなことは言い訳で俺はただお前ともう一度戦いたかっただけだ」

「まぁ、そうだろうね」


 知ってたよ。


「剣術だからな。魔法は使うなよ」


 わかってるさ……俺の剣を打つって話なのに、俺が魔法を使って戦ったらなんの意味もないからな。とは言え……エレミヤとの決闘によって磨かれたアッシュの柔剣術に対して、俺はまともに戦えるんだろうか。


「行くぞっ!」


 俺が考え事ばかりして動かなかったので、先にアッシュが仕掛けてきた。アッシュの踏み込みの強さを見切って右半身を下げることで紙一重で剣を避け、カウンター気味に剣を振ったが素手で受け流された。

 これは俺の剣術を確かめるためのものだから、ガンガン攻めていった方がいいかな。


「ふっ!」


 とりあえず踏み込んでから剣を振るう。俺の独学片手魔法剣術は、まともな型がある訳ではないのでアッシュに滅茶苦茶学習されてるってことはないと思うが……以前に戦ったことがあるので、やはり簡単に受け流されてしまう。しかし、こちらもそれに対して速度で対応する。

 アッシュの柔剣術は相手の攻撃を自分の剣術で受け流すものだが、当然ながら反応しきれないものを受け流すことなんてできない。だから、アッシュの完璧とも言える攻防一体を破る単純な方法は、速度で圧倒することだ。


「つぅっ!?」

「まだまだ」


 俺が高速で振るった剣に対して、アッシュが最大限努力して受け流そうとしているが、その中の1撃を受け流すこともできずに剣と剣で衝突した。そこで一度態勢を崩したアッシュに追い打ちと思って連撃を加えたが、エレミヤとやっていた時のように致命的な部分だけを受け流してかすり傷で済ませていた。


「ほぉ……やるようになったな、アッシュの奴」

「そうでしょう? 彼はクロノス魔法騎士学園に入学してから物凄い伸びてるんですよ。でも、相対している平民の彼、テオドールは傑物なんて言葉で表せないぐらいの怪物ですけどね」


 聞こえてんだよ。学園の連中にもやっているのは知ってるけど、親方にまで変なことを吹き込むな。

 俺の連撃を捌き切れないと判断したのか、アッシュはわざと剣で防御するように受けてから後方へと思い切り飛んだ。


「仕切り直しか?」

「まぁな……だが、君の速度は見破った……つもりだ」


 おぉ……流石柔剣術使い。かっこいいこと言うね……ならもう少し速くしてみるかな!

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