名古屋払い、京都もてなし

於人

名古屋払い、京都もてなし

先日、名古屋からの友人をもてなしたことがあった。Yは給料日前であったらしく、心許ない旅費をぶら下げて京都を訪れたのだという。

我が下宿先に着くまでの小さな道や、街並みにつけても、

「京都はいい街だ、全く。お前には勿体無いくらいだ」

とニコンのカメラでひっきりなしにシャッターを切るので、これから案内する身としても、鼻高々である。そんな心持ちを悟られぬようにと、素っ気無い態度で、乗り慣れた市営バスにYを乗せた。


バスは碁盤の目、というより碁盤の溝をなぞるように街を走っていく。同時に、停車するバス停の名が液晶モニターに表示されていくのだが、

北野白梅町、大将軍、太子道…。

「京都はいかつい名前のバス停が多いんだな」

Yは怪訝そうな顔で車窓からそのバス停を覗いている。


言われてみれば、である。「大将軍」なんて、どこかの偉いショウグン様の末裔が住んでいそうだし、なかなか初手で「タイショウグン」と読めるものではないはずだ(私は見事にダイショウグン、と呼んでしまった)。


京都の左京区には「百万遍」という名の交差点がある。京都大学の近く、と言えばわかりやすい方もおられるのではないだろうか。私の浅学非才が露呈して恥ずかしい限りであるが、どういうわけか私はこれを、

「ヒャクマンダラ」

と呼んでしまったらしく、

「それはヒャクマンベンと読むんだよ」

京都大学に通う友人にそう教授されたのは記憶に新しいものである。


バスは四条大宮を抜け、烏丸御池を過ぎ、京都随一の繁華街である四条河原町に止まる。私とYはバスを降りる。街は人でごった返していた。人混みに気を取られていたYを先導して、私たちは路地裏の蕎麦屋に入った。


此処、永正亭のとっておきは、何と言っても「特田田舎そば天ぷら盛り」である。ささくれだった衣に包まれた海老天。雪崩のように盛られたおろしたての大根おろし。刻んだネギと海苔が添えられ、真ん中には卵黄が雲隠れした満月のように埋もれている。

朝食を抜いたYも、そうでない私もペロリと平らげてしまった。


豪快な盛りの蕎麦を平げ、胃袋も容量を食ったはずであるが、

 「もちろん」

ドーナツはまだお腹に入る?と聞いて、そう即答したYの期待に応える為、六曜社に連れていく。もう、百年近く続いている京都の老舗喫茶店である。私たちが到着した時もやはり、二、三人の男女が並んで待っていた。彼らの狙いもまた、「地下店」の方である。六曜社は「一階店」と「地下店」の二つの顔をもつ。二つの顔で一つの身体「六曜社」である。どちらも味わい深いコーヒーを出すことには変わりないのだが、「地下」の方は二十時からバーに転身する。それもあって雰囲気重視の私としては、もっぱらこの「地下」の方が好みである。


しばらくして給士がやってきて、私とYを席に通した。ハウス・ブレンドコーヒーと自家製ドーナツ。Yも復唱するようにして、同じ注文を取る。 


 ドーナツを食べて、びっくりした。食べ慣れていたドーナツがいつもより甘い。此処の自家製ドーナツは、「ザ・プレーンドーナツ」という体裁である。グレースも、チョコレートも、フルーツの類も着飾らない、シンプルなドーナツである。この素朴な味にもう少し甘味が欲しい、と感じていた私がそこにはいなかった。

 「ミスター・ドーナツより美味しいのがあるとは」

本当に美味そうにドーナツを齧り、コーヒーを味わうYの姿が相待ったのだろう。私はこの日食べた六曜社のドーナツより、甘いドーナツを知らないでいる。

遠くから来た友人をもてなすというのは、不思議な気恥ずかしさと歯痒さを感じるものである。次から次へと店を紹介して、あたかも自分が京都で生まれ育ったかのように背伸びをしてしまう。自然と羽振りも良くなってしまう。


名曲ジャズ喫茶、路地裏に身を潜めるコーヒー・ファクトリー、ドイツの玩具箱のようなドイツ料理店…。名の知れた観光名所に行くこともなければ、京都の歴史や縁を説明するわけでもない。これが私の「京都もてなし」である。そういうわけで、最後の店の勘定をYの分まで払い終えた時には、財布の中身はずいぶん寂しいものに成り果てていた。

 「今度お前が来たら、名古屋払いだから」

Yは満足そうに腹をさすりながらそう豪語していた。

名古屋の粗暴な運転ぶりを「名古屋走り」というらしいのだから、「名古屋払い」での「もてなし」はさぞ豪奢なものなのだろう。

帰りの運賃を含め三千円のYは、もてなしに「走る」ための燃料費で精一杯であるに違いない。

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名古屋払い、京都もてなし 於人 @ohito0148

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