1-1 二人まとめてどこか行け
「ちょっと。いい加減にしてくれないか」
苛立ったその声は、ミリアとナンパの間を貫いた。渦中の二人が目を向けた先、向かいくるのは一人の青年。
年の頃なら20代。黒く短めの癖毛。
シンプルな白い襟付きのシャツに、細身のベスト。
黒のパンツに、ブーツを鳴らして、明らかな苛立ちのまま歩み来る彼の名は、『エリック・マーティン』。この物語の男主人公だ。
限りなく黒く青い瞳に『いい加減にしろ』を携えるエリックを前に、胸の内で驚き声を上げるのは──ミリアである。
(…………う──────わ────……彫刻が歩いてるぅ────……!?)
声には出さない『引き気味の驚嘆』。
まるで彫刻のような勇ましさの中に、幼さも残る綺麗な顔。
その上、身長もそれなりにあるという──ぱっと見非の打ち所がない容姿に
(……こっ、こんな小説みたいなことある……?)
まるで恋愛小説の中の出来事のような展開に驚きが隠せず、思わず『うわあ、マジで?』などと声に出そうになるが──口には出さない。ここはしゃべらない方が花である。
(言わない方がいいやつ……! だまっとこ……っ!)
瞬時に判断して、とりあえず『言わない』と『緊張』の入り混じった雰囲気で空気を合わせるミリアの前。黒髪の青年エリックは、ナンパの「誰だお前」という発言に、ひとつ。
────ハッ。
冷めた嗤いで一蹴し、煽る仕草でナンパ男を見下すと、
「……俺がどこの誰だろうと、関係ないだろ。そんなことより……今、君たちがここでしているのは迷惑行為だ。周りを見てわからない?」
首を傾げ問いかける声に込めるのは「うんざり」。
叩き込むのは「怪訝と侮蔑」。挑戦的な物言いで煽る彼だが、それも仕方ない。
エリックはこの土地を守る立場でもあるのだ。こんな場所で騒がしい2人は、彼にとって迷惑以外の何者でもなかった。
エリックは述べる。ナンパ男に向かって、まずはひとつ『ご挨拶程度』に。
「……ここは道も狭いし、露店も多く並んでいる。君たちが少し取っ組み合いでもすれば、商店に迷惑がかかるんだよ」
「…………ハ? 正義の味方でも気取ってんのか、あ?」
「……別に、そういうわけじゃないけど。彼女を盗りにきたわけではないから……、その手を離してくれないか?」
煽りながら、視線で刺すのは「彼女の腕」。掴んでいるそれを辞めろと訴えるエリックの気迫に負けて、ナンパ男が威嚇しながらも気まずそうに手を離す。
途端手首を握るミリアを視界のすみに捕らえ、エリックは──次に。
辟易と呆れを孕んだ眼差しを、
「……俺としては、アンタだけじゃなく、君も。二人まとめてお引き取り願いたいところなんだけど?」
「……ちょ、わたしも!?」
言われ、ミリアは素っ頓狂な声を上げた。
『助けてもらえると思ったのにそうじゃなかった』。
こっそり(嘘でしょ、こんな恋愛小説展開、あるのか本当に!?)と疑いながらも安堵していただけに、飛んだ番狂わせを食らった気分である。
しかし、エリックの表情・態度は変わらないのだ。
「…………君も同罪だろ。さっきから火に油ばかり注いで」
「……同罪って……! ちょっとひどくない? わたしは嫌だって言ってるのにこいつがしつこいから!」
「嫌なら相手にしなければ良かったんじゃないか? それをいちいち答えるからこうなるんだ。さっきから見ていたけど、君、最初は愛想を振りまいていたよな? 男がその気になるのも、当然だと思うけど?」
「わ・た・し・は! ──……苦笑いしてたんですぅ!!」
「…………あぁあぁ、はいはい」
ああ言えばこう言う女である。
やたらと喧しいミリアを雑に躱して、彼は一呼吸。すぅっと息を吸い込むと、
「……どちらにしても迷惑だ。……君が困ってるみたいだから助けようかとも思ったけど……、その威勢なら問題なさそうだな?」
鼻で笑って視線を外へ。
ここまで血気盛んなのだ。放っておいても大丈夫だろう。
「──じゃあ、騒ぎは立てないでくれよ? 彼女が欲しいのなら、きちんと身なりも整えて、同意を得た上でディナーにでも誘って口説いたらいい」
「──はっ……!? ねえ、ちょっと……!」
さらりと抜けようとするエリックに、動揺のミリア・拍子抜けのナンパ。
しかしエリックは変わらない。
「…………悪かったな? 狩りの邪魔をして。とにかくこっちは、暴れなければそれでいいから。……彼女を説得するのは骨が折れそうだけど、応援しておくよ」
「ちょ、ま……!?」
「────ああ、繰り返すけど。『あくまでも、同意を得たうえで』、な。それさえ得たなら、あとは好きにやってくれ」
ミリアの抗議も軽々と。『ああ、面倒だった』と言わんばかりにひらひら手を振り背を向け歩き出すエリックに、ナンパ男が『あ、良いんだ』と理解した、瞬間。
「…………ちょっ…………っと!」
────声と共。
細い指が引き抜いたはミリアの“足元”。ぺたんこの靴。
「……中途ぉ!」
素早く掴まれた靴が勢いよく弧を描き、
「──半端にぃっ!」
指先を離れて────── 一直線。
「たぁあぁぁぁぁすけんなああああああっ!」
────ッ、タァァァァァンッ!
渾身の抗議を込めた靴が、遠のく癖毛の背中を打った!
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