副業盟主vsコメディ女 * 「辛辣装備の副業盟主は、光の溺愛男に進化する」は、会話が楽しいお話です *

保志見祐花

じゃあ、説明するよ

1-1 ああ、煩い





 何事にも、表があれば裏がある。

 本業があれば副業がある。


 これは、自らを「盟主・スパイ・モデル」と、外面でガチガチに固めた男の喜劇コメディである。






 ※






 彼は、息をついた。 

 ……またか、と言わんばかりに目を伏せ、肺の奥から。 



 

 ────『ならない!』 

 耳に届いた女の声。

 目を向けた先、揉めている男と女。

 どっかりと腰掛けていたそこから、わずかに背を浮かせ、手の内で新聞を折り畳む。  



 『他へお回りください!』 

 石畳の上、足を組み もう一度。




 『……行かないって言ってるでしょ!』 

 届く声に投げる視線は、冷ややかなもの。 




 白い壁も眩しい家々の前、色とりどりの服や果実が花を添える、賑やかな通り沿い。彼・エリックは思った。『ああ、収まる気配がないな』と。






 そして彼は立ち上がる。 


 ぎゅっと踏みしめたブーツで石畳を鳴らして、こつ、こつ、こつと、ゆっくりと。











 彼女は困っていた。 


 吹き抜ける風も気持ちよく、夏の訪れを感じさせる、よく晴れたある日の午後。


 先週よりやや強く降り注ぐ日の光。商店が立ち並ぶ通り沿い、赤茶けた屋根が青空に映える。


 ノースブルク諸侯同盟・オリオン領西の端。

 ウエストエッジの一画で、過ぎゆく雑踏のちらちらとした視線を受けまくる女性がひとり。彼女の名前は『ミリア・リリ・マキシマム』。この物語の女主人公だ。


 女主人公のミリアだが、彼女はピンチだった。



「いいだろ? その荷物もってやるって!」

「い、いやあ。大丈夫です~、ありがと~」



 さっきからこの繰り返し。足を止めてしまったのが運の尽き。

 彼女の足元、ペタンコ靴のかかとがコツンと音を立てて、背中に感じるのは壁の硬さだ。町娘仕様のふんわりスカートが、壁で潰れカスれた音を立てる。 


 ピンチだ。ピンチである。

 覆うように覗き込むナンパに向かって渾身の引き笑い。軽くあしらえるかと思っていただけに、想定外もいいところだ。



(……困った……!) 



 胸の内で呟きながら、胸元まで伸びた深く濃いブラウンの髪を巻き込み、両腕で抱えた紙袋をぎゅっと掴んで、目線を投げた。


 そのはちみつ色の瞳で見つめるのは、男の向こう側。通りを歩く見知らぬ人々。


 覆われるように追い詰められているとはいえ、全く見えないわけではない。誰かが助けてくれるかもしれない。 


 ─────しかし。 


 ちらり、ちらり、ひそひそ、……ふっ…… 

 皆、目は寄越すが──……素早く反らして足早に過ぎていく。



(…………せ、世間って冷たい…………)  



 『厄介ごとはごめんだ』と言わんばかりに去りゆく民衆に、ささやかな悲しみをこぼすミリア。


 傍から見れば乙女の危機なのだが、こんな時に助けに入ってくれる英傑~など、所詮は夢の世界の話だ。



(……どーしよこれ……)



 そんな状況に、ミリアは苦々しく呟いた。ウエストを締めている幅広のコルセットベルトに関係なく、胃がぎゅうっと縮む思いだ。


 なんとか逃げる算段を立てるが、もう壁際に追いやられているし、ナンパ男の腕は思いっきり壁をドンしているし。顔は近いし、腕は太いし、なんか臭いし、どう考えても逃げられる状況ではない。


 この間にも、ナンパな男は今も自分を囲みながら「ちょっとだけ」だとか「いいだろほら」とか、御託を並べている。  


 ──それが、逆効果だということに気づかずに。 



「…………」 



 すべての状況を鑑みて、ミリアはすぅっと目を伏せた。



 ────選ぶしかないのかもしれない。 

 ここで男に食われるか。 

 それとも────抗うか。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る