マザー・シェアリング
城谷望月
マザー・シェアリング
月曜日のママは朝からご機嫌だ。
金曜日の顔色の悪いママとはまるで大違いだ。土曜日のママほど料理に気合いが入っているわけじゃないし、日曜日のママほど勉強を教えてくれるわけじゃないけど、なんて言ったってママはご機嫌なのが一番だとぼくは思う。こっちまで鼻歌を歌いながら学校に行ってしまうもの。
月曜日のママは必ずぼくのいいところを二つ以上褒めてから「行ってらっしゃい、たっくん!」とエレベーターホールの先までぼくを見送る。このあたりは水曜日のママも手厚い。
一方で火曜日と木曜日のママは玄関までしか送ってくれない。
ぼくがマンションの敷地を出るときには、背中の方で同じクラスの原田さんもママに見送られている様子だった。
原田さんのママは「今週もうまくいくわ。大丈夫」とまるで子供を戦地にでも見送るかのように原田さんを見送る。もちろんぼくは戦地に子を送り出す女性をじかに見たことはないけど、映画の中でそういう場面は目にしたことがある。
マンションの前の交差点で他の子たちと混じりながら信号待ちをしていると、「おはよう」と後ろから声をかけられた。原田さんではなく、隣のマンションに住むトウヤだ。
このあたりは同じ規格で建てられたマンションが数棟建ち並ぶ新興住宅街で、学校も役所も駅もこの住宅街のために新たに作られた。日本で一番出生率が向上している街と呼ばれているのも頷けるほど、ぼくの視界は通学中の子供でいっぱいだ。
ここは「成功した街」なのだと、ただ住んでいるだけのぼくでさえも少し誇らしくなる。
トウヤは月曜日、たいていおかしなテンションで登校している。きっとトウヤも月曜日のママがご機嫌なのに違いない。かと思いきや、理由は違っていた。
「昨日のママがゲームの時間を一時間増やしてくれたんだー。三ヶ月にわたる交渉がやっと実った!」
そういうこともあるのか、とぼくはトウヤのことを見上げる。それぞれの曜日のママは互いに連携しているから、家庭内ルールの変更はよほどのことがない限り起こせないものだとばかり思っていた。そういう思い込みにとらわれていた自分が恥ずかしくなる。
何事もない一日を終えて、ぼくは帰路につく。
「こども安全班」のリーダーとして下級生たちを導くのだ。
マンション近くの公園を通りかかったとき、ふと違和感を覚えて、ぼくは立ち止まる。
別人の靴を履いてしまったような、日常のズレ。
「先に帰っててくれる?」
サブリーダーの女の子に班を任せて、ぼくは列から逸脱した。
「ママ!」
ぼくは走り出した。公園のベンチに座る人影。見違えるはずがない。ママだ。
それも、金曜日のママだ。
金曜日のママが、月曜日にいる。
しかし、ママが顔を上げたところでぼくは足を止めてしまった。ママは、泣いていた。
「私ってだめなママだわ」
ほとんど泣き出しそうな声でママがこぼす。
「本当は子どもを産みたかったのに病気で諦めなきゃいけなくなって、せめていいママになりたかったのに、月曜日の子に『死ね』って言われたの。もう生きがいが見つからない」
確かに金曜日のママはいつも顔色が悪いけれど、だめなママだとは思わない。料理はおいしいし、アイロンは丁寧だ。ぼくの工作センスに気づいたのも金曜日のママなのだ。
「シェアリング・マザーに志願したのは、子どもが好きだから。絶対に、私の母よりも良いママになれると思っていたのよ。私の母は口うるさくて、過干渉で、子どものこととなると周りが見えなくなるの。政府がマザー・シェアリング構想を発表したとき、その素晴らしさに圧倒されたわ。この制度が少子化や子どもの貧困をすべて解決してくれるって。でも私みたいなのがママじゃ、この国は変えられない……」
しくしくママは泣き出した。ママの話はよくわからないところもあったけれど、ぼくはその背中をそっと撫でた。
金曜日のママは、いつも顔色が悪い。月曜日のママほどご機嫌じゃないし、土曜日のママほど料理に気合いが入っているわけじゃないし、日曜日のママほど勉強を教えてくれるわけじゃない。
でもぼくはそんなママが好きだ。金曜日のママも、どの曜日のママも。そしてこの国のどこかにいるはずの――ママの資格を取れなかった――生みのママも。
少子化対策だとか、街の成功だとか、どうだっていい。大好きなママといられれば、ぼくは国のことなんて知ったこっちゃないんだ。
マザー・シェアリング 城谷望月 @468mochi
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