第10話 朝から出し抜かれて

 翌朝、午前六時頃。

 今日はいつもより早く目覚めたみたいだ。目覚ましが鳴っていない。


 寝ぼけ眼で自室を出て一階へと向かうと、鼻をくすぐるいい匂いが漂ってきた。

 なんだ?


 リビングに入ると、そこにはエプロン姿の明芽がキッチンに立っていた。


「あ、おはよう暮春ちゃん」


「ああ……おはよう」


「もうすぐ朝ご飯出来るさかい、顔洗って来ぃや」


「お、おう……わかった」


 寝ぼけた頭で洗面所に行き、顔を洗いながら昨夜の事を思い出す。


(そうか……泊めたんだったな)


 眠気が覚めてくると頭もハッキリしてきた。そうだ、俺は昨日小学生を家に泊めていたんだった。

 リビングに戻るとテーブルの上には朝食の準備が整っていた。


(普段母さんの手伝いでもしてるのかな)


 この手際の良さは明らかにやり慣れている。

 テーブルの上には炊き立てのご飯とみそ汁が。……あれ?


「昨日炊飯器セットしたっけか? 記憶に無いな」


「ああ、夕飯の後に米研いどいたで。ウチの気配り上手に感謝してや」


 俺が風呂に入ってる間にそこまでやったのか。確かに気配りが人一倍出来る子なのは間違いなさそうだ。


「そうか……そうだな。よくやったよ、偉い偉い」


「にしし、せやろせやろ? 味噌汁は味噌も材料も無かったからインスタント勝手に使わせてもろたわ」


「別にいいさそれは。っていうかさ、六時前から起きて調理してたのか? 随分早起きだな」


「そやねん、ウチ朝強ぉてな。ちーっとこれは同い年の子に負ける気あらへんのや。ま、いつもはお母ちゃんがご飯用意してくれてるんやけど、今はウチがお泊りさせて貰った立場やからな。家主様はもてなさんと」


「逆じゃない? 普通、俺が客をもてなす立場じゃ」


「そんな細かい事、気にしたらアカンで? ほら、早く食べてくれへんと炊き立てのお米が冷めてまう」


「おう、そうだな」


 確かに今は飯の方に集中しよう。なんて事無い献立だが、我慢する意味も必要も無いしな。


 いただきます。


 二人でそう言い合いながら、飯に箸を伸ばす。

 インスタントの味噌汁と白いご飯。この家には俺の料理に対する関心の無さからロクな食材というものが無い。

 精々が飽き防止の為にインスタント食品のバリエーションがあるくらいだ。


 だから味もいつも通り。それでも……。


「このお味噌汁、はじめて食べるメーカーやけど結構ウチの好みやわ。お米は流石のふっくら具合でええ感じやな。ウチだから出来るんやで?」


「そうか。それはよかったな」


 明芽は美味しそうに食べてくれるので、俺もそれだけでいつもより味を感じるような気がする。

 誰かと食べるのは、両親が赴任して行って以来だから。こういう感じだと忘れていたようだ。


「ん? どしたん暮春ちゃん、箸が止まってはるで?」


「いや……こういう感じが久しぶりだなって」


「そやったんか。……ならウチからいーっぱい元気貰っとき!」


「ああ、ありがとう」


 やっぱり俺からは何の話題も出すことが出来なかったが、一方的な聞き役も悪くはないと思った。

 彼女のころころと変わる表情はそれだけで楽しかったから。


 ごちそうさまでした。


 二人で手を合わせて朝食を終える。終わってみれば呆気ない時間だった。まだ六時二十分頃、学校に行く準備をするにしてもまだ余裕はある。なんせ俺は帰宅部だ、朝練とは無縁だからな。


「さてと……じゃあウチ、お皿洗っておくから」


「いやいい、俺がやっておくから明芽こそ顔洗って髪を整えて来い」


「ほんま? ウチの為にそこまでゆうてくれた暮春ちゃんたっての頼みや! こらちゃーんと言う事効かな罰当たるな」


「大げさだっての」


 ほなな~。


 そんな言葉を去り際に言い放って洗面所へと向かっていった明芽。

 食器を洗うって言ったって2人分だから何分も掛かるはずも無く、さっと洗い終えては流し台のかごの中へと入れる。


 制服でも取りに行くか……。

 いつまでもパジャマでいるわけにもいかないし、一旦自室へと戻る事にした。



 制服に着替えてパジャマを持って降りて来る。

 身支度を終えたのか、明芽は昨日とは違う私服に着替えていた。この服も昨日の紙袋の中に入っていたんだろうか。


 いや、それはいいんだ。問題があるとすれば……。


「洗濯物持ってきたのか」


「ついさっき洗濯機が止まってな? 気づいたらキチンと干さな、夕方帰ってきた時に気づいたら結構ショックなもんやで」


「そりゃそうだろうけど……」


「ん? 何か気になる事でもあるん? ああ、安心しぃ! 男の子のパンツ干すのに一々恥ずかしがったりせぇへんて」


 まるでなんてこともないように言い放ったのは、小学生とはいえ女の子としてどうなのか? と思わないでもない。


「そっちが気にならなくたってこっちが気になるんだよ。いいから、俺が干してくるって」


「え? でも、洗い物ん中にはウチの下着も入っとるんよ? それでもええんか?」


「………………任せた」


「ふふん、最初から素直にウチの言う事聞いとったら恥ずかしなったりしないで済んだのにな? じゃあ干してくる!」


 洗濯物の籠を持ってリビングの窓から庭へと明芽は出て行った。

 確かに俺の想像力不足だったが……もしかしてあの子、ここまで計算してたんじゃ?


 いや流石にそんな訳ないか、いくらなんでも小学生がそこまでって事は無いだろ。

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