第4話
「それでね、チェリーね、びっくりしてね、」
殺風景な私の部屋にかわいらしいお客様の声が充満する。
「メノンさんってそんな凄い人だったんだね」
「うん! すごかった! あとね、あとね、」
チェリーちゃんは身振り手振りを使って一生懸命私とおしゃべりをしてくれる。私は笑顔で相槌を打って、時々助け舟を出して、少し質問をする。
因みにリリーたちは帰ってきてるみたい。時々ドタドタと騒がしい足音が廊下の方で聞こえるから。
こういう時、自室っていいね。みんなと同じ部屋だったら、出たり〜入ったり〜バタバタされてお話しどころじゃないもん絶対。……歓迎会の準備でどこに部屋に戻る必要があるのかはわからないんだけども。
実を言うと自室があるのは私だけだったり。他はみんな同じ部屋で寝起きしてる。もちろん男女は別だけども。あ、こう言う理由もあるのかもね? 私をお迎え役にするのって。
自室があるのは年長者だから〜とかいう理由ではなく、入った時からなんだ。元々使われてないような物置だった場所を綺麗にしてくれたんだって。他の子たちが反対しそうなもんだけど、みんな見解一致だったらしいから驚きだよね。見解一致に至った理由は私も知らない。予想すらできないんだよ。だって聞いてよ。みんなと別の部屋にするくらい一緒にいたくないんじゃないかって思うじゃん? なのに避けられるってわけでもなくてさ。最初の日から「今日は私たちと一緒に寝よう!」って誘ってきたからね? どうせ上っ面だろって思うじゃん? 次の日も誘ってきたから。別の部屋にした理由よ。ほんとにわかんない。
「ねぇおねえちゃんきいてる?」
服を引っ張られてそちらを見ると、チェリーちゃんが不服そうに上目遣い。微笑ましいことこの上ない。
「うん。ちゃんと聞いてるよ」
私はチェリーちゃんの頭をそっと撫でる。
「じゃあ、いまチェリーはなんのおはなししてたでしょう!」
「メノンさんが道中飛び出してきた大っきい魔物を倒したことでしょ?」
「ちがーう! やっぱりきいてない!」
プーっと頬を膨らませるチェリーちゃん。えっ!? いつのまに話し移ってたの? 驚き……。
「だからね!」
あ、帰ってきたんだ。
「チェリー、おねえちゃんにそっくりな…」
『ただいまぁ……』
「わっ!?」
『えっ?』
突然開いた扉にチェリーちゃんは体を跳び上がらせて、私にしがみつく。怖い時頼ってくれるくらいには懐いてくれたのかな? お姉ちゃん嬉しいなぁ。なんてニヤニヤしながら、自室にいる見知らぬ人に驚いて固まっているレイに声をかける。
「おかえり、レイ」
『……あ、うん』
素っ気ないと思います! チェリーちゃんと同じくらいの見た目してるくせに!
『この子、誰?』
「チェリーちゃん。前にサティアさんが新しい子が来るって言ってたでしょ」
『そんなこと言ってたね。今日だったんだ』
えー? 覚えてないのー? ってセリフを飲み込んで、頷くだけにしとく。どうせクレイスも昨日まで忘れてたんでしょって返答まで脳内再生できたからね。その通りだよ。新しい子が来るのは覚えてたけど、日にちは昨日サティアさんに言われて思い出したよ。
「……だぁれ…?」
私の包帯に一切興味を示さなかったチェリーちゃんでも、ふよふよ浮かぶ物体には反応しざるを得ないみたい。私も常々気になってはいるんだよ。道具や動物を使って飛ぶ人ならいても、自力で飛ぶ人はほぼいないから。
魔法とは、誰もが使える神様からの贈り物のこと。子供は皆、火・水・土・風・雷・草・氷・光・闇の九つの属性を基盤としている色々な魔法を親から、先生から、教わりながら育つんだよ。私は教わったことないけど。
一番使われてるのは「生活魔法」って総称される魔法類かな。私もよく使うよ。かまどに火をつけたり、川から汲んできた水を花壇に撒き散らしたりね。
でも便利なものには代償がつきものなんですよね。魔法で起きることは結局全て魔力で作られたものなわけで、
例えば。まず前提に私は氷属性の魔法適性持ちね。で、氷属性、草属性でそれぞれ本に書いてある魔力消費量が「十」の魔法がある。私がこれらの魔法を使った場合、氷属性のほうの魔法の魔力消費は「一」。草属性のほうの魔法の魔力消費は「十」ってなるの。まぁ極端な話だけどね。
で……なんだっけ? あっそうそう、飛行魔法ね。飛行魔法は魔力消費量が毎秒千くらい。で、魔法関係の職業についてない人の平均魔力量が七千くらい。七秒しか飛べないんですね〜これが。なのにどの属性にも入ってないときた。魔法関係の職業についてて、魔力量が多くなってる人でも、仕事で魔法を使うわけだから、わざわざ飛行魔法なんかに魔力を使うやつはいない。魔力は即時回復! なんてことはできないからね。
ってことで、ほぼ常時浮いてるレイは変人なんです。
『レイはレイって言うの。よろしくね』
「レイ、ちゃん…?」
『そうそー』
チェリーちゃんはチラリと不安そうな表情で私を見る。しょうがない。ちょっと仲介してあげよっか。
「レイは……」
……あれ、レイのこと、なんて説明すればいいんだろう…?
真っ白になる頭。レイは、レイは、と同じ言葉がただ頭の中を渦巻く。
「姉ちゃん、ご飯できたってよ」
ガチャリという音とともに新鮮な空気が部屋に流れ込んでくる。途端に、息が、しやすくなる。
「あ、ごめん。お邪魔だった?」
イリアスが少し気まずそうな顔をして、扉のところに立っている。
「…ううん。大丈夫だよ」
「……そ。それならよかった」
イリアスは表情を和らげると部屋の中に入ってくる。
「君がチェリーだね。はじめまして。僕の名前はイリアス。十四だよ。これからよろしくね」
膝を床につけて、チェリーちゃんの手を取るとニコリと爽やかに笑うイリアス。
「チェリー・ルーリスト。五さいだよ!」
チェリーちゃんもニコリと笑い返す。やっぱりレイが異質すぎただけみたい。
「イリアスはね〜、時々突拍子のないことし始めるから、信用しちゃダメだよ?」
「おい」
「はーい!」
「とってもいいお返事!」
元気よく手を上げて返事をしたチェリーちゃんに、私は拍手を送る。イリアスくん。いくら私を睨んでも撤回はしないよ? 嘘は言ってないし?
レイがドンマイと言った顔でイリアスの肩を叩く。イリアスはギロリと睨みつけるけど、レイはお構いなし。
「でもね、懐くのはいいと思う。面倒見がいいし。優しいし。とってもいい子だよ」
私もさっきお世話になっちゃったしね。レイに見られてたらどっちが年上なんだかって呆れられ……え、いやなんだけど? レイがいなくてよかったー。
ハァーとイリアスはため息をつく。ね、嘘は言わないよ?
「チェリーちゃん。夕ご飯できたらしいから一緒に食堂に行こう?」
「しょくどう?」
「そう。ご飯食べる場所。サティアさんのご飯は格別に美味しいんだよ。しかも今日はチェリーちゃんの歓迎会だからね。きっととっても豪華だよ」
パァっと輝くチェリーちゃんの顔。フフッ。美味しいご飯はいつ食べてもいいよね。
「え、もしかしてまだこの家の案内、してないの?」
信じらんない! って表情で見てくるのやめて? いや、しようとは思ってたよ? でもさ、仲良くなってからの方が楽しいじゃん?
「い、いやぁ、みんなと案内しようかなぁーと思って……」
「嘘だね」
「うっ……」
刺してこないでください! ……ほんとにやめて?
「……チェリー、楽しかった?」
チェリーちゃんは首を傾げて……満面の笑みを浮かべる。
「うん! おねえちゃんとのおはなし、たのしかった!」
「そっか。ならいいや。よし、チェリー。後でみんなでこの家の探検しような」
「たんけん! する!」
チェリーちゃんの目が輝く。探検って言葉の響きがもういいよね〜、わかる。
「それじゃあその前に腹ごしらえだね。今日のご飯はなにかな〜」
「なにかな〜」
イリアスはチェリーちゃんと手を繋いで部屋を出ていく。心を掴むのがお早いこと!
『レイは疲れたから休んでる〜』
「は〜い」
レイは私と入れ替わるように、さっさとベットに腰を下ろす。
なんかなぁ。私も頑張ったのになぁ。イリアスは一瞬だもんなぁ。二人の背中に追いついて、後ろについて歩きながら私は唸る。悔しいというかなんというか……。
「姉ちゃん」
「ん?」
突然振り返るイリアスに内心飛び上がる。
「やっぱり姉ちゃんは小さい子の面倒見るの上手だね。姉ちゃんのおかげでチェリー、もう緊張もないみたい。僕にもすぐ心、開いてくれたしね。姉ちゃんはすごいや」
イリアスはニヒッとイタズラに笑う。
弟がなんか言ってるわ。褒められても嬉しくなんてないからね。
食堂への長い廊下。足取りがいつもより軽い気がするのは、ただの気のせいだ。
「あっ…! ねぇねたちきたよ!」
食堂のドアからひょこりと覗かれていた茶髪の髪が、扉の奥に消える。ビアだね? 弾んだ声が聞こえちゃってますよ〜? かわいいなぁ、もう。
「やばいやばいっ」
「だから言ったじゃん! なんで準備終わってないのに呼びに行かせたのよ!」
「あんたがあと五分くらいで終わるって言ったからでしょ!?」
「はぁ? あたし、そんなこと言ってないし!」
ドタドタと駆ける音が酷くなる。スニカとイリカがいつも通り言い争っていますね〜。
「ビアが教えたんだよっ!」
あら。ビアったらお茶目なんだから。誇らしげに手を上げるビアが目に浮かぶ。
「…………ビア。変なこと言わないであげて。こいつ馬鹿だからすぐなんでも信じちゃうの」
「誰がバカですって!?」
スニカもイリカも毎日のように言い争ってよく飽きないね〜。
イリアスと手を繋ぐチェリーちゃんは少し驚いてるみたい。迫力がすごいよね。いつ見ても思う。
「まだ終わってなかったんだ。ごめんね。早く来すぎたみたい」
「ううん。へーき」
チェリーちゃんはフルフルと首を横に振る。あれ、意外とフツーだ。
「うーん、ちょっと見てく……」
「どうぞっ!」
「っ……」
バンっといい音がする。ビアが開けた扉がイリアスに勢いよくぶつかった。
「あれ? どうしたのイリアスにぃに?」
「いや、なんでも……」
普段ビアの二倍くらいあるイリアスが、今はうずくまってビアより小さい。
いったそだね〜? かわいそーに。
ビアは少し不思議そうに首を傾げて……、チェリーちゃんを見てはにかむ。
「にぃにもねぇねも、…チェリーちゃんもどうぞ!」
くすぐったそうにチェリーちゃんの名前を呼ぶビア。ビアはずっと一番下だったもんね。
チェリーちゃんは恐る恐ると言ったふうに足を踏み出す。まだ痛そうに涙目でおでこを抑えるイリアスと目が合って、私たちはニヤリと笑う。
「ようこそクラスペディア荘へ!!」
四個のクラッカーが弾けた。
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