第3話

「姉さん…!」

 応接室に入るとティサがアワアワしていた。私が来たのを見てパァっと顔を明るくさせる。ただひたすらに申し訳ない……。

「すみません、お待たせしてしまって……」

「いえいえ、大丈夫ですよ」

 私が頭を下げると教会の人がにこやかに笑う。

 応接室にはソファが二脚、机を挟んで並んでる。久々に入ったなぁ。一脚にはティサ、もう一方には教会の人と……赤毛の女の子。お、この子がチェリーちゃんだな? チェリーちゃんはうさぎの人形を抱きしめながら、プラプラと揺らす自分の足を見つめている。私はティサの横に腰を下ろした。

「あー……、えっと、僕、僕……、お茶淹れてくる…!」

「いえ、すぐお暇……」

 教会の人の静止も虚しくティサは応接室から逃げるように出て行く。あはは……後で小言祭り確定だね……。

「ごめんなさい。あの子とても人見知りで。お茶を淹れに行くっていうのはこの部屋から出て行く口実なので気にしないでください」

 私が笑うと、教会の人はフフと笑顔をこぼして少し浮いた腰をまた沈める。

「そうでしたか。それは酷なことをさせてしまいましたね」

 あはは……それは嫌味ですか? ねえ嫌味ですか?

 私の顔が面白かったのか、教会の人は私を見てクスクスと笑う。よく笑われることで……。

 と、冷静になったのか、少し顔を赤らめられる。なら最初から笑わないでいただきたいね。

「コホン……失礼しました。では本題に入らせていただきますね」

 教会の人は横に置いてあったカバンから、何やら紙の束を取り出して机の上に置く。チェリーちゃんに関する書類だね。

「まずは、改めまして、ヒペリカム街の教会から参りました、【緑光】メノン・サマラスといいます。以後お見知り置きを」

 片手を胸に、私に頭を下げるメノンさん。ヒペリカム街って言うのは、チェリーちゃんが住んでいた街で、【緑光】っていうのは教会での階級の一つ。

 んぁ、えっと……これ、私もしといたほうがいい感じ?

「えっと、ここで一応最年長をしてます。クレイスといいます」

 片手を胸に少し頭を下げると、上からまたもやクスクスと笑う声。な、何か間違えた…?

「名乗らなくても大丈夫ですよ。私は教会の規則で名乗らなくてはいけないんです」

 ……大人って、ムカつくよね。

「では、こちらの書類に目を通していただいて、大丈夫でしたらサインを」

 気を取り直した私は、机の上の紙を手に取る。えっと、チェリーちゃんの名前、生年月日、略歴、預かるにあたりの規則がバーっと……まぁここら辺は法律と変わりなく。なので、読む必要なし、と。これは頭に入ってる法律だからね〜。

 読み終わった私はホッと息を吐いてまた紙を見直す。こんな紙ぺらで親、というか居住場所、というかが決まっちゃうのも酷なものだよね。なんか人身売買みたい。……というか何でこんな大事なことを私がしてるんだ…?

「はい。承りました」

 私がサインを書いた紙の確認をすると、それを鞄に入れるメノンさん。手続きはこれでおしまい。簡単でしょ?

 本当なら、孤児院って言っても養子的扱いだからもっと面倒な作業を踏まなきゃなんだけど、ここはお国から認可されてる孤児院ですから。ただ形式的なものはしなくちゃで……それだからサティアさんは私に丸投げ、と。

「それではこれがチェリーさんのお荷物ですね」

 宙から茶色い鞄がポンと出てくる。収納魔法だね。いやあ、あれ便利よ。とっても。

「しかと受け取りました。チェリーちゃんのことは我々が責任を持ってお預かりしますね」

 それっぽーい、テキトーなこと言っとく。

「はい。国王様が信頼を置いているところですので、心配はしておりません」

 ……うん。この期待はサティアさんに対しなわけで、私は関係ないよね。

 メノンさんはクスッと笑われると「さて」と言って立ち上がった。

「私はこれで失礼させていただきます。チェリーさん。短い間でしたが、楽しい旅でした。体調には気をつけてくださいね」

 メノンさんはチェリーちゃんの頭をポンと優しく撫でる。チェリーちゃんは小さく頷く。

「今夜の宿は大丈夫ですか?」

「ええ。ガルデーニア町で泊まる宿は取ってあります」

 今レイが肉売りに行ってる町ね。この村泊まる場所ないからなぁ。

「そうですか。それならよかったです」

 メノンさんとか聖職者は宿なんて取らなくても、教会を転々と泊まることでいろんなところに行けるらしい。けど、ここから一番近い教会はカガチ町。なんと歩いて五日とか。

 いやぁしっかしよく考えてみると、この村の立地最悪だよなぁ。病院と名の教会が近くにないから、落ち落ち風邪なんてひいてられないっていう。この孤児院は私がいる限りいくらでも風邪ひけって感じだけど。私、聖魔法の魔法適性はないけど、薬が作れますので。

「あ、お見送りは結構ですので」

「そ、そうですか」

 メノンさんは私が立ちあがろうとしたのに静止をかけると満足そうに笑う。

「では、またいつか機会があればお会いしましょう」

「はい。お元気で」

 バタンと扉が閉じられる。……ねえほんとにお見送りしなくてよかったの? ねえ?

「……あ、あの…!」

 私は声の方に顔を向ける。チェリーちゃんがソファから立ち上がって私を見ていた。

「……どうしたの?」

 優しい表情、優しい表情。

「……チェリーって、いいます」

 あ、自己紹介か。

「私はクレイス・サイノーティス。チェリーちゃんの好きに呼んでくれていいよ。因みに愛称はクレーね。さっきも言ったけど、一応ここの最年長をしてる。他の兄弟は後で紹介するね」

 チェリーちゃんは頷く。ぎゅって人形抱きしめてるのかっわいい〜。

「それじゃあこの家の探検でもしますか。おいで」

 私はチェリーちゃんに手を差し出す。……私なんかと手、繋ぐなんて嫌だって拒否されたらどうしよう……。私立ち直れないけど?

「…………」

 ……あれ、待って? ほんとに? あ、あのやめていただけると……。

「…………あの、ね」

 チェリーちゃんが絞り出すように出した声に、私の頭はフッと冷静になる。少し震えるそのかわいらしい声。よく見れば人形を持つ手も少し震えている。

 きっと、これは私の容姿のせいじゃない。

 私は彼女の前に膝をつく。少し震えるその小さな手をそっと取って、私はチェリーちゃんに笑顔を向けた。

「私とお話ししよ!」

 彼女のパチパチと目を瞬く仕草がかわいくて、私は目を一層細めた。

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