プロローグ
あと一時間もしないうちに、
そう考えるだけで口元がにやけるのを
いや、しないけど。日曜日の昼過ぎ、人通りの多い川べりの駅前の道でそんなことをしたら、通報案件だし。
でもでもっ、今にも叫び出したい衝動が抑えられないっ!
私は心の中で、待ち合わせの相手であり、私に玲様の存在を教えてくれた親友のみっちゃんに語りかける。
みっちゃん、来る日も来る日も、チケットが当選しますようにって、二人で空に
ほんともう、
早く来ないかなぁ……。いや、今日が楽しみすぎて、早めに来ちゃったのは私だけど。
ああっ! 舞台に立つ玲様ってどんな感じなんだろう!? 「テレビとは全然
……ん? ということは……。私、これから玲様とおんなじ劇場の空気吸うの?
考えた
え。無理。無理無理無理っ!
私なんかが玲様と同じ空気を吸っちゃうなんて、そんなの
そうだっ! なんか袋っ! 玲様が呼吸した劇場の空気を持って帰って真空パックできる入れ物……っ!
求めるものを売っているお店がないかと、おろおろと駅前の通りを見回した私の視線が、今だけは会いたくなかった顔を
「
「お、お母さん……」
カツカツと
「お、お母さん達はどうしたの? これから予備校の面談?」
毎日
寒い中、大変だよね。入試までもうすぐだもんね、無理しないでね。
「そうよ。共通テストまでもう間がないのに、この子ったら
お母さんの
小さい
「た、大変だね……」
身体が
「そういうあなたはこんなところで何をしているの!? お兄ちゃんは日曜日でもしっかり勉強しているっていうのに、ふらふらと遊び歩いて……っ!」
お母さんが顔をしかめると同時に、吹き出す靄がさらに黒く、
「どうせその大荷物も勉強道具じゃないんでしょう!? 見せてみなさいっ!」
「だ、だめっ! この中には、本当に大事なものが入ってるんだから……っ!」
肩からかけた
舞台の後でみっちゃんといっぱい語ろうって、原作になった本とか玲様の写真集とか、へたくそだけどみっちゃんとそれぞれ作った玲様のあみぐるみとか……っ!
「きょ、今日は舞台に行くの! お、推し様の舞台に……っ!」
言っちゃダメだ。頭の
「推し? 何なの、それ? どうせくだらないモノなんでしょう?」
「く、くだらなくなんかないよっ! 私の生きる
私の言葉に、お母さんが
「子どものくせに、生きる糧だなんて何を馬鹿なことを言ってるの!? だからいつまでも成績が悪いままなのよ! 貸しなさいっ! そんなもの捨ててあげるわっ!」
「だ、だめっ!」
お母さんの手と黒い靄、両方から
「あ……っ」
だめっ! 鞄を
反射的に強く鞄を
身を切るような冷たさに、
泳がなきゃ。でも鞄を放せない。何より川の流れが速い。
私、このまま死んじゃうの? 玲様にも会えないままで?
嫌だっ! 玲様に会えたら死んでもいい! むしろ死んじゃう! なんて思ってたけど、玲様に会う前に死ぬなんて……っ! 死ぬんだったら玲様を拝んで呼吸困難になって死にたいっ!
推し様の晴れ姿をこの目で見るまで死ねない! のに……っ!
● ● ●
このまま、夢を
「ほんぎゃぁ~っ!」
叫ぶと同時に、世界が光で満ちる。
「お生まれになりました! お
私を抱き上げて叫ぶ誰かの声。
「まあっ! では予言どおり聖女なのね! どんな子なの!? 早く顔を見せて!」
私、この声を知ってる。ずっと私が生まれるのを待ち望んでいてくれた人。
「いや……。どうか落ち着いて聞いてくれ。この子は聖女じゃない……。まさか、我がサランレッド
男の人の
「
「奥様! 落ち着いてくださいませ! ご出産されたばかりですのに、そんなに興奮されては……っ!」
にわかに周囲が
聖女って何? 私はこれから玲様の
あたたかなお湯につけられた私の意識がとろんとほどける。
ああでも今は、疲れて
私はアルスデウス王国の公爵令嬢、エリシア・サランレッドとして生まれ変わっていた。
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