第14話・潜入
◆
ジュードの話した『乱交パーティ』の日を迎えるのは、あっという間だった。彼曰く、たいていこういうのは直前に決まってパッとやってしまうものなんだとか。
悠長に計画しているとアシがつくからとかで……。
(こんな世界があるなんてね)
ジュードが昔馴染みから貰ったという招待状で、すんなりと私たちは会場に入ることができた。
受付では招待状と引き換えで小さな二錠の薬をもらった。
これが、きっと『違法薬物』である。私とジュードはそれを飲むわけなく、すぐに懐にしまった。帰ったら、この薬を解析しないと。
『乱交パーティ』はデイリズの一角にある高級ホテルを貸し切って開催されていた。「中庭にあるプールも解放されているらしい」とジュードが話していたけれど、ドレスを着たままプールに入って泳ぐなんてわけはなく、それって……とは思いながらも私は聞き流した。
高級ホテルということだけあり、メインホールはとても広い。薄暗い照明で部屋の端までは見通せない。ただ、ホールの至る所に大きなソファやテーブルが配置されているのはなんとなく見えた。
(……この会場の、どこかに……第一王子が本当にいる……?)
彼を、そして、薬物のやりとりをしているという人物を見つけることができるのだろうか。
仮面パーティ、ということで、私の着用する仮面とドレスはジュードが手配してくれた。
入場してしばらく惚けていた私の後ろから、ジュードがスッと声をかけてくる。
「アンタがそんな格好するなんてなあ」
「よ、用意したのはあなたでしょ」
この間夜会のときに着たドレスは全然違う。身体のラインを強調するデザインの深紅色のドレスだ。細身の造りなのに、やけに私の体型にピッタリなのはこの間仕立屋で測ったから……それで、だろうか。
(な、何から何まで支度してくれたのは助かったけど! どんな顔してこんなドレス買ったのよ)
この男にサイズを把握されているのかと思うと、色々と感じ入るものがないわけではなく、でもなんとも言えず、私は一人ぐっと歯を噛んだ。
「これはこれでよく似合うよ。アンタらしくないけど。顔隠してると案外大人っぽく見えんだな」
「童顔って言いたいの?」
くつくつとジュードは喉を鳴らすように笑う。
そう言うジュードは……なんだか妙に堂に入っているようだった。
濃紺のテイルコートに、縦縞ラインの入ったベスト。全体的に細身のシルエットで縦の長さが強調され、洗練された雰囲気だった。黒の仮面もよく似合っている。
(……スタイルがいいのよね。あと、目元を隠してても鼻筋通ってて横顔がキレイだから美形って分かる感じで……)
「ほら、さっさと行くぞ」
ボーッとしていた私の腰を、ジュードがグッと引き寄せる。意外とガッシリとしている彼の身体とぶつかるように密着して、慌てて彼を見上げた。
「まっ、待ってよ。こないだ言ってた、ずっと腰抱いてるぞ、ってアレ、本気なの?」
「ったりめえだろ。お前みたいなの、ボーッとしてたらあっという間に喰われるぞ」
「そ、そんなこと……」
ムキになって反論しようとしたところで、私はピタリと固まった。
――どこからともなく聞こえてくる、声。
(こ、これって)
全然そういう知識も経験もない私でも、わかった。
これ、そういう声だ。あの、あえぎ声、とか、そういう。
よくよく耳を澄ますと、ギシギシとソファか何かが軋む音もしていた。
(……)
顔が火照るよりも先に羞恥心が一気に全身を駆け巡り、脳みそが瞬間的に思考停止した。
私がそんなことになっているとは知るよしもない皆様方は、ご遠慮なしにそのような声をあげ、そのようなことをなさっていて……。
(む、むりむりむりむりむりむり!)
私はジュードの服の裾をそっと掴み、背伸びをして耳打ちした。
「……ねえ、耳栓、持ってきてる……?」
「……ばーか、だから言っただろ」
仮面の下の顔は心底呆れかえっていたであろう。だけど、ジュードはベストのポケットから小さな耳栓を取り出すと、私にちゃんとそれを渡してくれたのだった。
◆
「なんだ、アンタら。場所取りに乗り遅れたか。さっきからこの辺ずっとウロウロしてんな」
「ああ。パートナー探しにこだわってたら時間食っちまった。アンタはもう一発ヤったのか?」
「まあなあ、でもイマイチでな。いい子がいないか探してるんだが、場所もねえけど余ってる子もいねえんだ。……なあ、これからヤるなら俺も混ぜてくれよ」
「3Pは嫌いなんだよ、わりいな。俺もまだ喰ってねえんだ、俺が先にヤらせてもらう」
(な、なになになにこの会話)
硬直する身体をジュードがますます強く引き寄せる。ぐいぐい胸とかジュードの身体に当たりまくってるけどそれどころじゃなかった。
声をかけてきた男は仮面で隠していてもわかるくらい舐めるような目で私の全身を執拗に眺めてから、至極残念そうに去って行った。
「あ、ありがと……」
「おー」
なるべく私を隠すように立っていてくれたジュードに、一応お礼を言う。とんでもない会話をしていたけれど、あくまでそれはここに馴染むためのもので……のはずだし。
(わ、私こそ、しっかりしなくちゃ。ジュードは来ないでもいいって言ってくれていたのに、『私も行く』ってついてきたんだから)
生唾を呑みくだし、私はグッと気合を入れて顔を上げる。
「……やっぱ女の数より男のが多そうだな。余ってる男は多いが大体女は忙しそうだ」
「へ、へえ、そう」
けれど、ジュードのように周りを見る余裕なんてない私はジュードの高そうなジャケットの裾を必死で掴んでいた。
周囲の盛り上がっている音声は耳栓をしていたら大分マシだけど、それでも、なんとなく雰囲気的に「ああー、今そうなってますよね!」というのはわかって、私は怖じ気づきっぱなしだった。でも、怯んじゃダメと言い聞かして、怪しい気配がないかを探る。
(……第一王子、クラークス。実際に薬の手配をしているのは別の人間だというけど、ら……乱交パーティに参加しているというなら、きっと彼はVIP待遇されているはず。そのへんで睦み合っている方々とはちょっと雰囲気が違ってても、おかしく……ない……はず……!?)
でも、違法薬物服用して思考力が低下している状態なら身分もなにもかもグチャグチャになってその辺の集団に馴染んでてもおかしくなかったりする? わからない。
「……多分、近いぞ。匂いがする」
「えっ」
「言ったろ、俺は魔力の匂いで誰が誰だかわかるんだって。こっちだ」
ジュードが私の手を引き、ゆっくりと第一王子がいる――と彼が示したほうにへと導いていく。
ゆっくり、ゆっくりと。
メインホールの一番奥、ガラス張りの窓から中庭を眺められる造りになっていた。プールがあるという中庭には……いや、これはあんまり見ないようにしよう。
ジュードの目線の先を、私も追う。
フクロウの面を模した意匠の仮面を被った長身の男性。顔がわからないが、ジュードはこの男性がクラークスだ、と言った。赤いワインの注がれたグラスを手に持ち、ゆっくりと揺らしながら、別の誰かと話している様子だった。
そしてその隣には大きく肌を晒した美女がいた。荒んだ息でクラークスらしき男性の腰に絡みついている。
(……この女性は、もしかして……)
彼女もお面をつけているから、顔はわからないが、見事な金の巻き髪とメリハリのある美しい身体のラインには見覚えがあった。
恐らく、クラークスの婚約者のロザリーだ。
(嘘でしょ、ロザリー様は国の公爵令嬢で……地位と身分のある方なのに……)
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