第13話・デイリズ乱交パーティ

「コルネリア、先日は夜会に来てくれてありがとう。僕はずっとパートナーがいなかったから、君が隣にいてくれて嬉しかったよ♡」


 ジュードと会うのは久しぶり。今日は神殿にある私の作業部屋にスススとやってきて、ピッタリ私の後ろに張り付いてニコニコしている。


「はあどうも」

「おい、お前、そりゃあ10点だよ。どこに王族の婚約者相手にそんな塩対応する淑やかな大聖女様がいるってんだ」


 つれなく答えればジュードは「はあ」とわざとらしくため息をついた。邪魔なのでもう少し後ろに下がって、と振り向かないまま肘で身体を押した。


「おあいにく様。私、聖女じゃないですから」

「俺の前で素顔を曝け出してくれるのは悪かぁねえけど、そういうのって表に出た時も滲み出てくるもんだから気をつけろよ?」

「アンタに言われたくないわよ。その喋り方、ついうっかり出ちゃわない?」

「お前と違って俺は嘘と演技が得意でね」


 ……悪かったわね、嘘も演技も苦手でも偽聖女やってて!


 振り向いて睨み挙げると、ニヤリとジュードは笑う。見慣れたこの表情だけど、相変わらず小憎たらしい。


「まあ、本題だ」


 私の作業がひと段落したのを見て、ジュードは物が乱雑に乗っかったソファにどかりと座り込んで、話し始めた。


「東の街、デイリズでパーティが行われるらしい」


 デイリズ。王都についで大きな規模の街だ。

 それがどうしたの、と眉を顰める。私の反応を見てか、ジュードは浅く笑みを浮かべた。


「パーティ、ってのは隠語だ。違法薬物使っての乱交大会」


「……は?」

「乱交の意味がわかんねえわけじゃねえだろ」

「そっ、そうじゃなくて! な、なんでそんなことが行われるのかって……」

「そりゃ、楽しいからだろ」


 絶句する。


 乱交。しかも、違法薬物を使って……とは。


「……世は末法だわ……」

「この国に生まれといて何を今更」

「それで? そのパーティがどうしたの、末法国の王子様」


 クラクラする頭を振って、なんとか真面目な顔を作ってジュードに問うた。


「そのパーティで使われる違法薬物の手配をしているのが……第一王子の息がかかったやつだ」

「……そう……」


 第一王子、クラークス。

 ジュードの言葉どおりであれば、王位を継ぎ、この国を丸ごと帝国に売ろうとしている男。違法薬物の輸出入や人身売買に手を出しているという『悪』だ。


「で、どうも、第一王子のやつ自身もそのパーティに参加するらしい」

「はあ?」

「アンタ、今日は調子悪りぃな。さっきから、『はあ?』 ばっかで」

「誰だってそうなるわよ。いきなりこんなこと言われたら。そ、その、乱交……パーティに? 行くの? 第一王子が?」


 あの眉目秀麗を絵に描いたような美青年が乱交パーティに。


 ……だめ、想像できない。いや、淑女が想像すべきものじゃないけど。

 ジュードが革張りのソファにふんぞり返って胸をボロンとさせた美女侍らせてる姿は想像しやすいんだけど。


「だから、俺もちょっと行ってくる」

「乱交パーティに!?」

「乱交には参加しねえよ、あくまで潜入だ、潜入」

「え、あ、ああ、そう……」


 片手で葉巻をふかせながら、もう片方の手で美女のバインバインな乳をやしやし揉んでいる脳内のジュードをなんとか霧散させる。堂に入りすぎて危なかった。


「仮面パーティ、ってやつらしい。参加者は全員偽名、素性は聞かない。顔は仮面だの被り物で隠す。招待状さえありゃ誰でも行けるらしい」

「ふぅん。なるほど……」

「俺の昔馴染みから招待状は入手できた。アイツの悪行の証拠を掴むチャンスだ、これを逃す手はねえ」

「昔馴染み……」

「ま、アンタが気にすることもねえどうしようもねえ奴だよ。だけど、俺のダチだ、信用はできる」


 王子様がどこでそういう筋の人と知り合うんだろう? と思うけれど、ジュードのこのガラの悪さからなんとなく察することだけはできた。

 ……多分だけど、この男、王宮を抜け出して城下町のあまりよろしくないところに入り浸っていた……とかだろう、と。


「仮面を被っていたらターゲットもわからないんじゃない?」

「いや、それは大丈夫だ」


 ジュードはつんつん、と自分の鼻筋の通った高い鼻を指し示した。


「アンタが魔力を扱えるように、俺にも少し魔力が使える。大した力じゃねえが……俺は一度嗅いだ匂いは忘れねえ」

「匂い?」

「ああ、人にはそれぞれ特有の匂いがある。俺はそれを嗅げばわかる。香水なんかじゃ誤魔化せねえ匂いがな」

「……魔力の匂い、かしら。魔力を行使できるほどじゃないけど、人はみな、魔力を有しているというから……」

「多分な」


 ジュードはスッと菫色の目を眇める。

 それを眺めながら、私は腕を組み、ううんと首を捻った。


「わかったわ。仮面……仮面ってどこで売ってるのかしら」

「……は?」


 眇めていた瞳を、ジュードは今度は丸くしてポカンとしていた。


「は、って何よ」

「なんでアンタも行く気になってんだよ」

「はあ?」

「はあ、って何だよ」


 二人して眉をしかめて、同じように「何を言っているんだ、コイツは」とやり合ってしまった。

 何よ。私は来ないでもよかったの?


「ついて行かないでいいならなんでこんな話したのよ」

「万が一のことがあるだろ。チャンスがあればこれはこの現場でアイツをひっ捕まえちまうつもりだ。失敗したら帰って来れねえかもしれないから」

「いわば、第一王子の庭に潜入するわけでしょう? だったら一人より二人のほうがいいはずよ」


 ジュードは大きな手で口元を覆いながら俯く。組んだ長い脚をトントンと何度か指で叩いたのちに、観念したように「はああ」と大きなため息をわざとらしくついた。


「……お前、城の夜会はめちゃくちゃ嫌がっておいて、なんでコレは乗り気なんだよ?」

「ろくでもない第一王子なんでしょ? 捕まえるチャンスがあるならとっとと捕まえちゃったほうがいいじゃない!」


 胸を張ってそう答えれば、ジュードはもう一度ため息をついて、眉間にしわを寄せた。


「……おい、耳栓持ってけよ。あと、迷子ヒモつけとくからな」

「そんなのつけてたら何かあったときに身動き取りづらいじゃない。やめてよね」

「……」


 王子様モードじゃないときは人相悪い顔の眉間にさらに深いしわが寄り、ますます人相が悪くなる。


「会場入ったら一生腰抱き続けるからな」

「はあ?」

「はあ、じゃねーよ。どこの馬の骨ともわからない男にブチ犯されてえか」

「なっ、なに言ってんのよ! ぶ、ぶ、ぶ、ぶ!?」

「……頼むからマジで、単独行動すんなよ……」


 とんでもないことを言ってくるジュードだけど、本当にげんなり、という様子で俯いたまま、もう一度「はあ」とため息をついていた。

 

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