我が国の王女様は変わってる!

そうなんです!!

オリビア様は神々しいだけじゃない。

「道を開けなさい。オリビア様のお通りよ」


 扉の前に立っていた侍女がそう言うとパーティーに参加していた貴族たちは談笑を止めグラスを置く。

 オリビア様とはこの国の王家の長女にして勉学、スポーツなどほぼ全てにおいて優秀と言われる人間だ。

 その完璧な王女も参加するこのパーティーは王家が主催するもので建国159年を祝うものだ。


 王家が主催したパーティーに参加しないのも角が立つんだよな・・・。


 そして平民出の成り上がりの貴族の娘である私、アリア・マリナーゼの肩身は狭くこの盛大なパーティーでたいそう豪華な壁にへばりついていた。

 私の父が爵位を得たのだって15年くらい前だ。社交界のマナーの教育をしっかりと受けてない私は他の貴族とは似ても似つかない。そして履き慣れない靴のせいか踵が少し痛む。


 オリビア様が真ん中のカーペットの上で細長いヒールのパンプスの音を響かせると私を含む貴族たちは平伏する。真ん中を王女らしく背筋を伸ばして堂々と歩く姿は王族としての威厳を感じさせる。顔だちの整っていて何でもできるオリビア様は孤高という感じだ。金色の長髪を揺らすと神々しさに包まれる。


 王族か。私とは縁のない人たちだ。


 頭を下げていた貴族たちはオリビア様が立ち止まると同時に顔を上げる。そして金髪を揺らしながらたくさんの人に囲まれるオリビア様を羨ましく思いながらも私なら気疲れするなとため息を吐く。


 早く終わらないかな・・・と考えるもパーティーは王族が来てからが長いのは貴族の常識だ。パーティーを機に王族と懇意にしたいと考える貴族たちがほとんどだからだ。話しかけるタイミングを虎視眈々と狙い機嫌をとる。そしてそれぞれの思惑が交じるパーティーに私の居場所はない。


 ほんとに面倒な場だ。


 やっぱり踵が痛いな・・・。


 さすがに社交界の場で靴を脱ぐわけにもいかない。それはお父様の顔に泥を塗るような行為だ。そして私がこの場にいるのもお父様の努力の賜物だ。


 私は努力を続けたお父様を尊敬しているのにあとを継ぐことは許されない。

 理由は単純だ。私が女だからだ。この国では女は子供をこしらえるものとして認識されている。

 だから女は家を継げない。そして私は無力感にさいなまれる。私は成り上がり貴族の娘だ。そんな私と結婚したい貴族がいるだろうか。

 貴族として平民のために行動することも政略結婚すらもできずに愛をもって接してくれたお父様に何も返せない。他の貴族に蔑まれながらも努力を続けたお父様を悲しませてしまう。


 踵の痛みも我慢の限界になり会場を静かに立ち去る。そして会場から少し離れた廊下にそそくさと移動し壁に手を当てて靴を脱ぐ。


「あぁ。皮が剥けてるわ・・・。」


 剝けた踵の皮の間から僅かに血が滲む。そこを人差し指でつんと軽く触れると痛みが踵を突き抜ける。


「痛ったぁ。」


 その時だ。

 廊下に力強い足音が響く。足音からだけでも堂々とした佇まいが想像できる。

 やばい。人が来た。

 私は焦って靴に足を無理やりねじ込む。痛みが踵を突き抜ける。


 でもそれどころではなかった。


 そして恐る恐る振り返ると金髪で碧眼の高身長の、オリビア様が私を見下ろす。


「へ? おっオリビア様。どうしてここにいらっしゃるのですか?」

「あぁ。それより足、大丈夫か?」


 整った顔立ちのオリビア様に女の私でも惚れそうになる。

 かっこよさすら感じさせるオリビア様は澄ました様子で優しく私の手を取る。その手はいつもの冷淡で誰にも屈することのないような印象とはかけ離れた温かいものだ。


「はい。お気になさらないでください。」


 あまり使い慣れない不自然な敬語でなんとか返す。


「そうか。侍女に薬を持ってこさせよう。」


 オリビア様は私の手を離し少し遠くを歩いている侍女を呼ぼうとする。


「いえ。私はそのような立場ではございません。」


 そうだ。私は本来ここに居るべき人間じゃない。貴族としての役割も果たせなければお父様に恩を返すことすらもできない。ましてや王族の方と話すような立場ではない。


「なにを気にしているんだ。君は貴族だろう。」

「はい。ですが私は大丈夫です。オリビア様はパーティーにお戻りになってください。」


 ぶっちゃけ王族と話していると気が休まらない。なにか自分が地雷を踏んでしまうかもしれないしそんなことをしたらお父様の身分さえも危うくなる。


「そうだな。君がそう言うならそうしよう。」


 少し悲しそうな目をして私のもとをオリビア様が立ち去る。


 ふぅ。今日はもう帰っちゃおうかな。


 パーティーには一応出席したし会場にはお父様も居るから大丈夫だろう。そもそもあとは他の家に嫁ぐだけの私をパーティーに連れて行ってなんの意味があるんだ。


 半ば八つ当たりだが私の精神は疲弊していた。痛みを和らげるために軽く踵を浮かせ靴を履き歩き始める。


「アリア!」


 ん?私の名前だ。


 振り向くと瓶に入った薬をもったオリビア様が急ぎ足でこちらに向かってきている。


 オリビア様が私の名前を・・・。


「オリビア様?なぜこちらに?」

「君が心配だったのだ。」

「えっ。」


 オリビア様の私のイメージは孤高という一言に尽きた。誰かを顧みることなく突き進むような方だと思っていた。


 だが違った。


「私は次期国王だ。目の前の困っているひとを放ってパーティーを楽しむなんてできない。」


 オリビア様は女性なのにいままで出会った誰よりも格好いい。そんなオリビア様を見ると少し胸が高鳴るような気もする。


「えっ。長男のウィリアム様が国王になるのではなかったのですか?」


 王家が女を王に立てるなど歴史をみても例はない。養子を取ってでも男系で継いできた王という地位だ。それを女であるオリビア様が・・・。


「あぁ。そんな話もあったな。あいつは馬鹿だからな。国王は私だ。」


 いや。そんな話はありえない。いくら長男が無能でオリビア様が有能でも。


 これは国の暗黙のルールだ。そんなことをしたら国がまるっきり変わってしまう。女性の地位の上昇。これを見て男は何をするだろうか。今まで下に見てきた者が自分と同等、いや。それ以上にまで上り詰めたらきっと国は男たちによって崩壊する。


「こっ、この国でそんな事があるのですか?」

「君は私が国王に適さないと思うのか?」


 確かにオリビア様はなんでもできる。そして王家も長男のウィリアム様が無能だという話も聞かなくはない。


「いっ。いえ。そういうわけではありません。」

「きっと君は今までの歴史や今の社会を見て言っているのだろう。でも私は今の社会を変える。」


 きっと女は斯くあるべきだったのだろう。自分のいまの地位を受け入れず変えたいと願う。私にはそれができなかった。現状を受け入れて。何もせず。お父様に恩を返そうともせず。私はずっと諦めていた。


「オリビア様ならできると思います。」


 なんとなくそういう気がした。自分と同じ年頃なのに彼女は多くのものを背負っていて現状を憂いていた。そんなオリビア様が偉大に見えた。いままで出会った誰よりも優しくて格好いい女性だった。


「ありがとう。アリア。」


 少し照れたのかオリビア様は少し顔を紅く染めた。


「でもオリビア様はどうして私の名を知っているのですか?」

「マリナーゼ男爵がアリアについて語っていてね。」

「えっ。お父様がですか?」

「あぁ。勉学に秀でていると聞いたよ。」


 確かに勉強は頑張った。そうしないと由緒ある貴族ばかりの学園でいじめられるから。それで学園を辞めていった友人を何人も見てきたから。でもそんなことよりオリビア様が私のことを認識していてくれたことが嬉しかった。


「いっ。いえそんな。」

「私と一緒に国を変えよう。アリア。」


 オリビア様はそう言って私に手を差し出す。


「へ?どっ、どういうことですかオリビア様。」

「私と結婚してくれ。」


 え?


 ・


 ・


 ・


 え?


「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 そんな流れじゃなかったじゃん!


「いや。君も王家のほうがいろいろと都合がいいだろ。」


 朱に染まったオリビア様は軽く咳払いをする。


「あと、一目惚れというか。マリナーゼ男爵から聞いてはいたけど・・・。」


 オリビア様の顔はクールな感じのいつもとは変わって紅潮していて普通の女の子のようなかんじだ。


「えっ、えーと・・・。少し考えさせてください。」


 王家からの縁談は貴族なら誰もが喉から手が出るほど欲しいものだ。それは私にとっても例外ではない。


 だけど女性同士だ。女性の地位が低いこの国に同性のカップリングは滅多に存在しない。そしてそれをあざ笑うひとがほとんどだ。


 だけど確かにオリビア様は私の持っていないものを持っていた。そしてオリビア様に普通の人には抱かない特別な感情を持っていることは確かだ。でもそれがただの憧憬か恋愛感情なのかはわからない。


「そうか。アリア。」

「お時間を頂いて申し訳ありません。」

「いや。気にするな。」


 オリビア様は格好よくてときに可愛らしい。その一面はきっと私だけが知っているものだ。そう思うと少し嬉しくて、こんなオリビア様のそばにいたいとすら思ってしまう。


「ありがとうございます。」

「アリア。一曲踊らないか?」


 オリビア様は私に手を差し出す。ダンスとはお互いを知るものだ。だから今日、この日にするのにはきっと意味があるものだろう。


「女同士で踊るなんて風変わりではありませんか?」


 だけどこの国ではダンスは男女でやるものだ。他の人から見たら滑稽だと思われるかもしれない。


「気にするな。これは誰もいない私たちだけの秘密のパーティーでこの国にとって大きな一步となる。」

 私はオリビア様の温かい手をそっと握った。



 これはとある王女と下級貴族のお話。

 決意を交わした二人は思案と挫折のなかでこの国の未来に立ち向かっていく。

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