ロボットは刑事たりうるのか
雨宮 徹
第1話
遅い。約束の時間はとうの昔に過ぎている。俺が時間を間違えたのか? 左腕のブレスレット型デバイスからメッセージを見る。
『明日は新人が着任するため、私が紹介に行くまで部屋で待機すること。 追伸 明日とはもちろん、日本時間においてである』
警部はいつ来るのやら。新人が来るというから、わざわざ早めに登庁したというのに。この前、配属された新人はてんでダメだった。今回こそはまともな奴に来てもらわないと、ロボット課は機能不全に陥る。
コツコツコツ。
誰かが廊下を歩いて来る足音が聞こえる。やっと警部のお出ましか。しばらくすると、ドアが勢いよく開く。そこにはオリバー警部とロボットが立っていた。
「おはよう、
「警部、待ちくたびれましたよ。それで、期待の新人とやらは使いものになるんでしょうね?」
「もちろんだ。今度の新人は君より優秀かもしれん」
「俺より優秀? 警部だって俺の仕事ぶりは知っているでしょう?」
「当たり前だ」
「しかし、肝心な期待の新人の姿がありませんが」
警部の横にはヒューマノイド型ロボットがいるだけだ。新人はまだ廊下で待たされているのか?
「紹介しよう、今回ロボット課に配属になったヒューマノイド型ロボット『マイク』だ」
「警部、今なんて言いました? 悪い冗談はよしてください」
「もう一度言う。今回配属になったマイクだ」
警部が指した先にいたのは、ヒューマノイド型ロボットだった。期待の新人はロボット!? 警部は場をわきまえる人だ。冗談ではなく本当に違いない。
しかし、ロボット犯罪を扱うロボット課にヒューマノイド型ロボットが配属された。これは異例の人事と言っていいだろう。そもそも、ロボットの警察官自体、聞いたことがない。
「隼人、君も知ってのとおり、最近はロボットを利用した犯罪が増えておる。そこでトップが考えた結果、現場にロボットを配属することになった。ロボットにはロボットを、ということだな」
理屈は分かるが、事件現場にロボットを連れて行って問題ないのだろうか?
「オリバー警部、当然ですがマイクもロボットですから、ロボット三原則が適用されますよね? そうなると、いろいろ問題が生じませんか? マイクは『人間に危害を加えることができない』、つまり犯人を逮捕することは不可能では……?」
「ふむ、君の言うとおりだ。マイクにも三原則は適用される。逮捕などは隼人、君の担当だ。マイクはロボットの視点から、事件を考えることになる。まあ、頭脳のマイク、実行部隊の隼人という関係だ」
ブレインはロボットのマイク? 俺は何も考えずに逮捕すればいいということか? とうとう、人類も落ちるところまで落ちたということだ。自分で考えずに、ロボットに従う。だが、「ロボットは人間の命令に逆らってはいけない」。黙っているように命令すればいいかもしれない。
「まあ、思うところはあると思うが、うまくやってくれ。上としては、マイクを成功事例にして日本州全体に展開したいようだ。頼むよ」
ポンと肩に手をおくと、オリバー警部は去っていった。面倒なことに巻き込まれたのには違いない。
さて、この新人、いや新米マイクはどの程度の知識量があり、どの程度賢いのか。現場に出る前に把握しておく必要がある。
「マイク、君はこの世界について、どの程度知っている? もちろん、日本の現状は把握しているよな?」
頼む、ここで
「もちろんです、隼人さま。日本は現在、アメリカの統制下にあります。51個目の州、日本州です。これは日本を西部の絶対防衛ラインとするために当時の日本政府とアメリカが合意したためです。そして……」
「マイク、その件について知識があるのは分かった」
これ以上、アメリカとの関係を語られれば、みじめな気持ちになるだけだ。
「じゃあ、俺の命令はこうだ。『ここで待機する』、それが君の仕事だ」
これでどうだ。さて、邪魔者もいないことだし――
「隼人さま、それはできません」
マイクの口調はきっぱりとしていた。
「ちょっと待った! 君はロボットだ、人間の命令に従わなければならない」
手で制する。何かがおかしいぞ。
「隼人さまはオリバー警部からお聞きではないのですね。私は確かに命令に従いますが、警視庁トップの命令を優先するように設計されています。警視庁トップの命令はこうです。『ヒューマノイド型ロボットの有能さを示し、日本州に展開すること』です」
くそ! 上も面倒なことをしてくれる! 下手したら前の新人の方がマシかもしれない。
「事件発生! 事件発生!」
警報アラームが鳴り響く。どうやら、マイクの初陣となりそうだ。簡単な事件ならいいのだが。
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