08 何ひとつ信用できません

「じゃあ閣下はいまごろ、ロスムと対決か」

「そうなりましょう」

「しかし、分は悪いな。十八歳の息子を案じてキルヴン閣下が内々に護衛を雇ったなんて話をばらされるだけでも恥になり得るのに、その護衛はみすみすリダールを連れ去られ、救出をと努力している〈青竜の騎士〉にも迷惑をかけたと」

 そういう展開だ。タイオスは唇を噛んだ。

「ちくしょう、あのクソ騎士が」

 罵倒の言葉が出る。しかし、罵倒したところで何かが解決する訳でもない。

「まだ全貌が見えん」

 彼はうなった。

「エククシアは俺を貶め、ロスムはキルヴン閣下の評判を落とすことに成功しそうだ。だが、それだけなのか」

「と、申されますと?」

「引っかかる点がある」

 そうとだけ言った。薬の件は、まだ容易に余所に洩らすことはできない。ハシンのことは信頼できると思っているが、それでもだ。

「タイオス殿」

「うん?」

「リダール坊ちゃまをお助け下さい」

「そのつもりでいる」

 戦士はうなずいた。

「ハシン。テレシエール一味というのを聞いたことがあるか」

 タイオスは尋ねてみることにした。

 こうなってはエククシアの話など何も信じられないが、手がかりの一端でもあるかもしれない。

「テレシエールですって?」

「西岸付近を荒らす、盗賊団だとか」

「聞いたことがあります。カル・ディアでの被害は少ないようですが、大きな一団で、どこの町憲兵隊も手を焼いているとか」

「大きなってのは、どれくらいだ」

「噂ですが、五十人とも百人とも」

「そりゃでかい」

 タイオスがこれまでに遭遇した最大の山賊団は、三十人弱というところだった。

「それだけの手下を食わせてるんなら、相当な首領だな」

 同時に、と彼は続けた。

「暴れ回るのが好きな連中が集まってるはずだ。誘拐事件とは、趣が違うな」

 そうした一団の人数が膨れ上がるのは、首領の評判がよいために、若くて血の気の多い奴らが集まるのだ。いくらかの規律はあるだろうが、貴族の子女を薬で眠らせて拐かし、金さえ受け取れば強姦もしないで親元に帰すという――犯罪人に言いたくはないが――紳士的さとは相容れない気がした。

「テレシエール一味が一連の事件の犯人ということは有り得ないでしょう」

「根拠は?」

「連中は犯罪の予告をするんです」

「何だって」

「不敵にも、いつ何刻に何々を奪う、とあらかじめ持ち主などに知らせる。もちろん町憲兵隊は躍起になりますし、手下の幾人かは捕らわれることもありますが、テレシエール当人は常に一団を率いながら、捕まったことがありません」

「何だかますます、違うな」

 やはりエククシアの話は出鱈目か、とタイオスは考えた。

「どうしてテレシエールなどと?」

「エククシアの野郎が口走ったんだ。リダールをさらった男が、その一味だと」

 だが信用ならないな、と戦士はつけ加えた。なりませんね、とハシンも同意した。

「要するに、エククシア殿はタイオス殿に一服盛ったのでしょう? そんな男の言葉は何ひとつ信用できませんとも」

 憤然とハシンは言い、タイオスは苦笑いを浮かべた。

「俺に肩入れしてくれて嬉しいがね。よく判らんところもあるんだ」

「どういうことです」

「のらりくらりと、意味のない話をした。俺の反応を探るみたいだったんだが、その理由はまだ不明だ。俺を貶め、閣下を貶めるだけが目的なら、さっさと薬を使えばよかっただろうに」

 〈青竜の騎士〉。何だかおかしなことを言っていた。

(翼ある称号がどうとか……)

 ふとタイオスはそれを思い出した。

(何も〈白鷲〉だけじゃない。鷹でも隼でも、いくらでもいるだろうに)

(騎士だの、神秘だのとも言っていたか)

 翼ある称号を持つ騎士。そう限定されれば、数は少ないだろう。騎士を拝命したからと言って、何々の、とつくとは限らない。たとえば「カル・ディアルの」とついても国名に過ぎないし、〈シリンディンの騎士〉の「シリンディン」は〈峠〉の神のことだ。「シリンドルの騎士」とほぼ同意と言っていい。

(まさか、〈白鷲〉の呼び名が気に入らなくて俺を潰したいんじゃないだろうな)

(ガキじゃあるまいし)

(しかし、何であれ)

「重要なのはリダールを救うことだ」

 タイオスが言えば、ハシンは真剣な表情で大きくうなずいた。

「どうか、タイオス殿」

「これまでの事件について教えてくれ。誘拐から身代金の要求、及び指定される日時と解放までの期間は」

「要求は、即日だったようです」

 ハシンはうつむいた。

「リダールの件では、まだだな」

「ええ。まだです」

 丸一日以上、経っている。嫌な感じがした。

「指定されるのは二日から三日後、解放はやはり即日」

「早いんだな」

「おかしな言い方になりますが、被害も四人目、五人目となっていくと、親たちにも『金さえ払えば大丈夫だろう』という安心感があったようです」

「脅迫者との信頼関係、か」

 タイオスは鼻を鳴らした。

「それが奴らを助長させたんだろうな。奴らを捜し、捕らえようという方向に積極的な人間はいなかった」

 親が訴え出なければ、町憲兵隊だって動きづらい。

「しかし今回は、どうなのか」

 これまで各貴族の館に、子供がさらわれたその日の内にどこからともなく飛んできたという矢文は、キルヴン邸にやってきていない。

 何かの事情で遅れているだけか。それとも――少年を殺害して逃げてしまったのか。

 後者だとは考えたくない。だが、考えたくないからと言って否定をするのは愚者の所行だ。彼は負うべき責任も含めて、それを考えなくてはならない。

 エククシアが誘拐犯と手を組んでいるならばますます、リダールの誘拐は、これまでのものと違う。

「ハシン」

「何でしょう、タイオス殿」

「カル・ディアで、信頼のおける金貸しを知ってるか?」

「は?」

 何を問われると思っていたとしても、タイオスの言葉は初老の男の想定外だったようで、ハシンは目をぱちくりとさせた。

「できれば五百くらいは、持っておきたい。最終的にはキルヴン閣下が出してくださるかもしれんが、相談する時間はなかった。自腹を切る覚悟で行く。利率は低い方がいいが、そんなのはそうそういないだろうからな。高利貸しでも、人間的にまともな奴。そんなのも、そうそういないだろうが」

「は……あの」

 ハシンは困惑した顔を見せた。

「何のために、五百ラルもの金額がご入り用なので」

「魔術師だ」

 苦々しく、タイオスは言った。

「魔術師を雇って、リダールの居場所を探る」

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