第22話 妹との会話

 もう深夜になっていたが、聖女が様子を見に来たので、いったん俺の部屋から出て、一階のロビーで報告することになった。ルミエールが魔法を使う心配があったが、聖女が部屋に入ってこないから仕方がない。


 実は妹だったと聖女に説明した。ナイフで襲って来たところは見られていないようで、俺が妹と気づかずに撃退したという説明は、すんなりと受け入れられた。


「そうだったのね。ルミさん、よろしくね。客室をもう一つ用意するわ。すぐに、スタッフに案内させるわ。ずっと使っていただいて結構よ。では、夜更かしはお肌に悪いから、私はこれで失礼するわね。お休みなさい」


 聖女は本邸へと帰っていった。あの説明があまりにも呆気なく受け入れられたことが、俺には予想外だったのだが、ルミエールは予想していたようだ。


「お兄ちゃんは自分の価値を全然理解していないのです。たった一人で、王国軍の大隊に匹敵する戦力なのですよ。最高の人材ですので、多少のことで目くじらを立てたりはしないです。私なんて、あげちゃうって言っているのですよ」


 あげちゃうアピールはスルーだ。


「俺って、そんなに強いのか?」


「ええ、人間では随一だと思います。ドワーフにもトロールに単騎で勝てるものはいないと思います。ですが、エルフにはたくさんいます」


 俺が戦力だというなら、カナなんて無敵じゃないか。ヒミカなんて神だ。


「ハーフエルフのお前はどうなんだ?」


「私はテイマーですので、私自身は強くはないです」


「お前、さては俺をテイムするつもりか?」


「はい、そのつもりでした。でも、さっきから何度もチャームしているのに、なぜかチャームできないのです。なぜでしょうか?」


「すでに試していたのか。油断のならない奴だな。ひょっとして、お前とするとテイムされちゃうのか?」


「そ、そんなおかしなスキルが、あ、ある訳ないじゃないですかっ」


 あるんだな。こいつ、とことん演技下手だな。


「実はダンジョンには、俺が瞬殺されてしまう人間が少なくとも二人いる。実際、瞬殺されたことがある」


「お兄ちゃんを瞬殺? その人、テイムしたいです。紹介してください。すぐにしちゃいます」


 やっぱり、するとテイムできるんじゃないか。こいつ、もう隠す気ないな。


「二人とも女だ。ただ、俺はまだ見ていないが、もう少しいるらしい。ダンジョンの下層階にいると聞いた。あと、俺と同じぐらいの力を持つ仲間が十人いる。強い奴らは俺の言うことなど聞かないが、仲間には話が通じるぞ」


「ぜひ、しちゃいたいです」


「お前、ひょっとしてあの氷の魔法を使ったドワーフとやっちゃったのか?」


「いいえ。普通はチャームで十分なのです。あっ、私、自分のスキル、ばらしてしまったも同然ですね」


 いまさら何を言っているんだ、こいつは。


「俺の仲間はほとんど女で、男は二人だけだ。そうだな、一人はルミの今の容姿なら、すぐに誘惑できるぞ。ただ、あいつらは地上に上がって来られないのだ。異世界からの召喚者は、ダンジョンから出られないらしい」


「異世界人ですか。お兄ちゃんも?」


「そうだ」


「なぜ、お兄ちゃんは地上に出てこられたのですか?」


「俺は召喚されたのではなく、異世界から送り込まれたからだ」


「そうなのですね。謎が解けました。お兄ちゃんのお仲間は、恐らく召喚魔法の『地縛の呪い』によって、召喚地から出られないのです」


「そうなのか。解除する方法はあるか」


「死ぬと呪縛が解除されますので、死んだ後、肉体を地上に移動して、復活の秘術で生き返らせるという手があります。秘術は聖女が使えますが、二分以内という制限付きですし、復活すると最弱になってしまいますので、意味ないですね」


 召喚された者は死ぬと魔石になってしまうので、肉体は移動できないはずだ。それに、魂は異世界に戻ってしまう。


「その方法はダメだな。他にないか?」


「あるかもしれませんが、私は知らないです。やはり、エルフに聞くしかないですね」


「父親に聞けないのか?」


「父とは絶縁中なのです」


「お前、父親がエネルギー庁で働いているエルフというのが、アピールポイントではなかったのか?」


「そ、そうでしたっ。絶縁中ですが、復縁の可能性はわずかにあります」


 こいつ、次々にボロが出てくるじゃないか。


「ちょっと聖女に聞いてみるか。何か知っているかもしれないな。しかし、お前、本当に役に立つのか?」


「た、立ちます。それにこんなに可愛いラブリーな妹がいつもそばにいて、いつでもできるって、最高じゃないですかっ」


「いや、別に……」


「あ、ほら、お兄ちゃん、異世界人だったら、こっちの常識わからないですよね。そのあたり、私が教えられますよ」


「まあ、それはそうかもな。もう少し様子を見てやるが、お前、聖女をナイフで刺そうとしただろう。次にやったら、気絶じゃすまないからな」


「あ、あれは、聖女がお兄ちゃんを連れて転移してしまうと困るので、とにかく聖女の精神をかき乱そうと必死だったのです。転移は精神集中しないとできないですから」


「お前は転移できるのか?」


「できないです」


「……使えねえな」


「いや、転移なんて、人間でできるのは聖女ぐらいです。ドワーフでも数名程度です。エルフにはたくさんいますが」


「エルフって、かなり強いのか?」


「ええ、強いです。でも、お兄ちゃんのように体技は凄くないです。魔法がすごいのです。ですので、お兄ちゃんが『絶対魔法防御』を覚えてしまえば、エルフなんて怖くないですよ」


「そんなスキルがあるのか?」


「いえ、聞いたことないです。今、作りました」


「……お前と話をしていると、感情の希薄なこの俺が、かなり疲れるのだが……」


「スキルを作ることのできるアンデッドがいて、そのアンデッドを倒すと、そのスキルが手に入るのです。これは我が組織『ヤマダ』が入手した極秘情報です」


「なるほどな。で、そのアンデッドはどこにいるんだ?」


「ダンジョンにいるらしいです。一度、ダンジョンに行ってみませんか?」


「お前たち、ダンジョンに入れるのか?」


「入れますが、入ったら魔物に殺されますので、普通は入らないです。お兄ちゃんといっしょなら怖くないです」


「そうか。でも、俺は仲間から追放されたのだ」


「追放されたら、もう仲間とは言えないですよね? 話を盛るのはやめにしてくれますか」


 こいつ、俺でなかったら、ぶん殴られているんじゃないか?


「お前、よく殴られないか?」


「いいえ。何故です?」


「いや、気にしなくていい。追放されたのは建物からだけで、ダンジョンに戻るのは大丈夫なはずだ。それに追放解除されているかもしれない。明日の朝、状況を確認するので、今日はもう寝よう」


「どっちで寝ますか?」


「何を言っている。お前はお前の部屋、俺は俺の部屋で寝る。ほら、ちょうどスタッフが来たぞ。案内してもらえ」


 俺はルミエールをスタッフに任せて、自分の部屋に戻り、しっかりと施錠して、その日は寝た。


***


 翌朝、目が覚めて、すぐに俺は憑依体を呼び出した。


「やっとか。呼び出しを待っていたぜ。ここはどこだ?」


(王都にある聖女官邸の客室だ。今日は騎士の叙任式だぞ)


「何時からだ?」


(10時からだが、そっちは大変なことになっているな)


 憑依体の記憶の同期が終わり、俺はあっち側で何が起きたかを把握した。


「そうなんだよ。お前、というか、俺というか、『桐木勇人』がダンジョンから外に出たって、ダンジョンでは大騒ぎだ。ヒミカが館に現れて、ビビったぜ」


(市岡が全部話したか)


「あいつは意外にヘタレだった。というか、歳上の女に弱いのかもな。一番の痛手は、絵梨花に俺がおっさんであることがバレたことだ」


(絵梨花の表情を分析する限り、問題なさそうだぞ)


「そうか。冷静なお前がそう判断するなら心配ないかもな。俺はもう動転してしまってな」


(それは置いておいて、ヒミカが話をしたいから、戻って来いってことだな)


「市岡経由ではなく、俺自身の肉声で説明が聞きたいのだろうよ」


(分かった。聖女と話をして、許可を貰うようにする。必ず戻るから、市岡を殺されないように注意してくれ)


「分かった。待っているぞ」


 地上に来てまだ二日目で、もうダンジョンにいったん帰ることになったが、ルミエールはまだしも、聖女まで付いてくるとは思わなかった。

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