第21話 尋問
聖女官邸には本邸と別邸があるが、本邸の方は、一階の公共フロア以外は男子禁制だ。別邸は来客用で、そういった縛りはなく、俺は客室のうち、特別仕様の部屋を一つあてがわれている。
玄関ホールの衛兵詰所の一室に騎士用の事務室があり、勤務中はそこで待機することになっているのだが、チェリーは俺の部屋に連れていくことにした。
女を担いで部屋に連れ込むように見えなくはないが、聖女の騎士がそんなことをするはずがないと思ってくれるはずだ。
俺は無事にチェリーを部屋まで連れて来て、椅子に座らせて、聖女からもらった「魔封じの手錠」をはめた。魔法が使えなくなるらしい。
(本当に胸のない女だ。チェリーどころか、ブドウか?)
本当に女だろうかと疑念が湧く。女装した人間の男の可能性がある。
(ちょっと股をチェックしてみるか)
黒のイブニングドレスの股の辺りを手で押してみるが、ドレスの布が太ももで引っ張られていて、よく分からない。
(仕方ないな。スカートをめくるか)
俺はスカートの裾をめくろうと思ったのだが、タイトなロングスカートで、下からはめくれそうもない。また、チェリーの足は長く、下から手を突っ込んでも届きそうになかった。
こうなると、上から脱がすしかないが、そうすると下着だけになってしまう。気づいたときに下着だけだと、あらぬ誤解を生みそうだ。それに、下着を着けていない可能性もある。
(胸元から手を入れて、股まで手を伸ばせばいいな)
俺はチェリーの横に立ち、胸元に手を入れて、股のところまで手を伸ばした。こういった行為が、倫理的にアウトだという自覚はある。しかし、性別の確認は、何にも増して重要だと俺の本能が訴えて来るのだ。仕方がないのだ。
(これは……、女だ……)
チェリーは下着をつけていなかったため、まともに触ってしまったのだ。
(ひとまず手を洗いたいな。チェリーを連れて、洗面所に行くのは無理だし、こいつのドレスで拭くか)
俺がチェリーのドレスの裾で手を拭いていると、チェリーがモゾモゾと動き出した。
「あ、あの、何をしているのですかっ!?」
声も女だ。間違いなく女だ。
「おお、気づいたか。俺が何をしているかよりも、お前が何をしたのかが重要だ。覚えているか?」
失神したときは、直前の記憶が欠落している場合が多いと、どこかで読んだことがある。
「分からないです。ここはどこですか?」
こいつ、棒読み口調だ。俺と同じで感情が抜けているのか?
「聖女の官邸だ。お前は俺に捕まったのだ」
「私に手錠が……。ど、どうしてっ?」
「聖女を殺そうとしたからだ」
「……私が!?」
「俺は聖女の騎士の桐木だ。お前の名は?」
「……分からないですっ。分からないっ」
何だか演技っぽいな。
「そう興奮するな。お前は人間か?」
「人間? 私はエルフです」
「ドワーフではないのか?」
「エルフです」
エルフだと? これが本当だとすると、非常にまずい気がするが、チャンスでもあるな。
「思い出せることはないか?」
「分からないです……。手錠を外してください……」
「それはダメだ。お前が嘘をついている可能性があるからな。転移で逃げられないように地下牢に入れてもいいが、それは嫌だろう?」
「聞きたいことは素直に答えます。お願いします。手錠を外してください」
「そうだな。では、質問に答えてくれたら、手錠を外そう。自分のことは思い出せなくても、言葉は話せるし、知識は残っているのではないか?」
「私が知っていることであれば、答えます」
「俺が知りたいのは、異世界から召喚されて、強制的に魔石採取をさせられている人間をダンジョンから出す方法だ」
「……???」
顔が「?」マークだらけだ。本当に知らないようだ。いや、さっきから、どうもわざとらしい気がする。
「知らないのであれば、誰に聞けばいいか教えてくれ」
「魔石関係のことなら、エネルギー庁に聞けば、何か分かるのではないでしょうか」
「それはエルフの国にあるのか?」
「はい、エルフの国の首都エルグランドにあります。分かっていることは答えました。手錠を外して下さい」
「いいだろう」
俺はチェリーの手錠を外してやった。
チェリーは魔法が阻害されていることに気づいたようだ。手錠がなくても、俺の部屋は魔法を阻害する封印がされている。だから、俺の部屋で尋問を行っているのだ。
「なるほど、封印がされているのですね。キリキ殿、正直に話します。私の目的は聖女ではなく、あなたです。場合によっては私をあげてもいい覚悟であなたに近づいたのですが、どうして途中でやめてしまったのでしょうか?」
「気づいていたのか。俺にその気はない。性別を確認しただけだ」
「えっと、随分と大胆な確認方法ですね……」
「間違いのない確実な方法を取ったまでだ。それで、俺が目的とは?」
「トロールを一撃で倒すあなたの武力です。是非味方になって欲しいのです」
「残念だが、聖女の先約がある」
「聖女の騎士との両立は可能です。私はさっきあなたの知りたがっていた疑問の解明に協力出来ると思うのです。エルフというのは半分嘘です。私はドワーフとエルフのハーフです。私の父がエルフで、エネルギー庁で働いています」
「話を聞こう」
「私はエルフの支配する今の体制の打破を目標とする『ヤマダ』という反体制組織の一員です」
ヤマダ? 山田? ダメな組織じゃないのか?
俺はそう思ってしまったのだが、チェリーはドヤ顔だ。有名な組織なのかもしれない。
「エルフの支配体制を潰すためには、ドワーフと人間が協力しなくてはいけないのですが、うまくエルフにコントロールされてしまっています。『飴と鞭』政策です」
「人間には飴、ドワーフには鞭か」
「基本的にはそうですが、そう単純ではありません。例えば、ドワーフと人間の戦争では、エルフは裏でドワーフを支援しています。ただし、勝ちすぎると人間を支援します。これで喜ぶのは武器商人で、エルフに多額の献金をしています」
「なるほどな。人間とドワーフはとんだ愚か者だな」
「仕方ありません。エルフの人口は一万人で、ドワーフの二千万人、人間の四千万人にはるかに及びませんが、寿命は千年ですし、魔力は人間の一万倍、ドワーフの五千倍です。知力も経験も人類随一です。まともにやっては敵いません」
「大人と子供以上の差があるのか」
「はい。でも、人間のなかには、エルフをも凌ぐ寿命と魔力を持つものがいることが、わかりました。彼らを味方につけ、エルフの支配を崩壊させたいのです」
「そんな人間がどこにいるんだ?」
「さっき話をされていたではないですか。ダンジョンです」
「やっぱり知っていたのか。あまりにも大根役者っぷりが酷くて、本当に知らないのかと勘違いした」
「え? 演技が上手いと組織の中では定評があるのですが……」
こいつの組織、やっぱりダメなんじゃないか?
「よし、分かった。そういうことなら、協力しよう。で、チェリー、俺は何をすればいいんだ?」
「チェリーって誰ですか? 私の名前はルミエールです」
「おお、名前を聞いてなかったな。ルミエール、何をすればいい?」
「聖女を我々の味方にして下さい」
またいきなり難題をふっかけてきたな。
「それは無理じゃないか。そもそもお前は聖女を殺そうとしたではないか」
「いいえ、あなたに近づくのが目的です。聖女はあの程度の魔法など、指一本でレジストします。聖女は恐らくあなたがどう動くかを見ていたのだと思います。聖女は規格外の魔力を持っていて、エルフからも排除しようという動きが出ているのです」
俺はナイフで襲いかかって来たことを指摘したのだが、魔法の方もルミエールが仕向けていたのか。殺す気満々だったとしか思えないが、とりあえずは不問にするか。
「そうなのか。分かった。やるだけやってみる。で、ルミエール、お前はどうするんだ?」
「お兄ちゃんの妹として、いつも一緒に行動しますっ」
「……お兄ちゃんって俺か? どう見ても俺の方が弟だろう」
「これはエルフの私です。ドワーフの私はこうです」
ルミエールの顔が、美人系から童顔系に変化した。胸も膨らみ、チェリー級からメロン級となった。
「俺は顔がエルフで、胸がドワーフが好みだな」
「こうですか? これが変化なしの本当の私なのですが、エルフでもドワーフでもないので、疎外感を感じてしまうのです」
美人顔に少しキュートな感じが加わって、すごく可愛い。胸はメロンよりは少し小さいが、むしろこちらの方が一般受けしそうな気がする。憑依体が泣いて喜ぶ妹の出来上がりだ。
「人間には大絶賛されると思うぞ」
「そうですか。それはよかったです。それと、いつでもしていいですから。ウェルカムです」
なぜしたがる?
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