♯22 ハート形のお弁当

 休み明けの出勤日


 朝イチで三郎さんに声をかけられた。


「チーフ、この前はうちの娘がお世話になりました」

「ど、どうしてそれを!?」


 まさかの一言に、かなり戸惑いの声がでてしまった。


「うちの娘が鮮魚の人に送り迎えしてもらったって言ってたので」

「で、ですから何故それを!?」

「リニューアルオープンのときに買い物に来てたからね、顔覚えてたんじゃない? それにうちの家族、ちょいちょい買い物に来てるし」


 あっさりバレてる……。

 そ、そうか、身内の職場の人間ってなんとなく注意深く見ちゃうもんな。


「三郎さんって娘さんがいたんですね……」


 なんとなく触れない方がいいと思っていたので、三郎さん自らからその話題に触れてくるのはかなり意外だった。


「うん、あれが三女」

「三女!?」

「あの子が卒業するまでは仕事やめられなくてね。少なくても残り四年は仕事頑張らないと」 

 

 なんとなく三郎さんの家の苦しい経済状況が見えてしまった。


 大学ってお金がかかるもんな……。


 現在、汐織しおりも実家から仕送りをしてもらっている状態だ。


 家賃と生活費は俺が払いたいという話をしたのだが、そこはちゃんとしたいというご両親の意向もありお互いに折半することになっている。


「とても元気な娘さんですね」

「末っ子だからね、甘えん坊で誰にでもくっついていくようなやつだから」

「そ、それはとても心配ですね」

「だから! コンパなんて行くなって言っても俺の話なんて全然聞きやしないから!」


 いつもは淡々としている三郎さんの語尾が珍しく強くなる。

 それがどこか娘さんに愛情を感じさせる言い方に感じた。


「でも、チーフの彼女って大学一年生だったんだね。この前、見たときも若いなぁとは思ってたけど」

「ははは……」


 そ、そこにはあまり触れないで欲しかったなぁ。


 逆算されると実は高校生のときから? となってしまうわけで……。


「しっかりした子が友達になってくれて助かってます。これからも宜しくお願いします」

「い、いえ……」


 何を言われるかと思って身構えたのに、三郎さぶろうさんはそれ以上このことについて言及はしてこなかった。




※※※




 お昼の休憩時間。


 汐織しおりお手製のお弁当を持って、休憩室に行くことにする。


 今日の朝は何故かキッチン出入り禁止令を汐織しおりから出された。


 “絶対に見ちゃダメですからね! 絶対にですからね!”


 汐織しおりがそんなことを言うものだから、だと思って見に行ったらかなりしっかりと怒られてしまった。


 かなり釈然としない。


 一体なんなんだろう。


「うわー! 今日も愛妻弁当ですか!」


 今日も江尻えじりさんのからかう声が聞こえてきた。


「毎日、毎日! 本当に愛ですね!」


 江尻えじりさんが、かなりいやらしい目で俺のことを見ている。


 それに「うん」と答えれば、調子に乗ってる! と言われるし、「違う」って答えれば白河しらかわさんが可哀想! となる。


 完全にトラップでしかない。


「いただきまーす」

「あっ、無視しましたね」


 沈黙は金、雄弁は銀なり。


 困ったときは黙っているのが一番良い。


 最近、失言が多いような気がするし気をつけないとな。


 そんな思考をめぐらせながら、お弁当箱のフタを開けた。


「!?」


 すぐにフタを閉めた。


 ド派手な中身が目に飛び込んできた!


「なにしてるんです?」

「い、いや」


 その様子を江尻えじりさんがしっかり見られていた。


 色んな意味で、今一番このお弁当箱の中身を見られたくない人物かもしれない!


「あー、分かった。可愛いお弁当だから恥ずかしくなっちゃったんでしょう」

「うっ」


 その通りだよ!

 なんでこいつはいつもいつも勘が鋭いんだよ!


「ほらほら、開けちゃいましょう」

「あっ」


 江尻えじりさんが面白がって、俺のお弁当箱を勝手に開けてきた。


 顔つきのタコさんウインナー、焦げ目・色ムラ一切なしの卵焼き。

 

 赤と白のかまぼこはうさぎさんの形をしている。


 うさぎが二匹並んでいる。


 うさぎさんがブロッコリーの森の中にいる。


 そして最も目を引くのは――。


「眩しい! ラブラブすぎてそのお弁当を直視できない!」


 江尻えじりさんが、人のお弁当を見て恥ずかしそうにしている!


 かなり失礼極まりない。


 でも、その気持ちはちょっと分かる。


 だって、お弁当のご飯部分には――。


「ハート柄のお弁当なんて初めて見ましたよ! そんなの恋愛ドラマでも見ないですからね!」


 ご飯の上には桜でんぶで作られた大きなハートができていた。。


 ハートの周りにはそぼろが敷き詰めてある。


 更にハートの下には小さく海苔で“お仕事頑張ってね”と書いてある。


「愛され過ぎて逆に引くやつ」

「うるさい! 勝手に人の弁当見ておいて!」

「写真撮っちゃおー」


 江尻えじりさんが携帯で人の弁当のパシャパシャと撮り始めた。


「後で水野みずのさんにも送っておきますね」

「……」

「えっ、いらないんですか?」

「一応、送っておいて」

「素直じゃないなぁ」


 嬉しいものは確かに嬉しい。


 でも、かなりこのお弁当を職場で広げるには勇気がいる気がする。


「もうちょっと倦怠期とかってないんですか。日に日にラブラブ度が増している気がするんですけど」


 江尻えじりさんが唇を尖らせながらそんなことを言ってきた。


 勇気を出してお弁当に手をつけようとした瞬間、俺たちの後ろの扉が開いた。


「チーフ、外線一番にお電話が入って――」


 とんでもないタイミングで綾瀬あやせさんがやってきた。


「……うぅっ」


 綾瀬あやせさんが目元に涙浮かべて、そのまま出ていってしまった。


「ちょ、ちょっと!」

「大丈夫じゃないですかー? あれは芸みたいなものでしょう」

江尻えじりさん!?」


 いつの間にか江尻えじりさんが綾瀬あやせさんに容赦なくなっていた。

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