♯4 恋から恋愛へ

 その後、江尻えじりさんと別れて家に帰ってきた。


 お昼の時間になったので、 キッチンで汐織しおりと並んでご飯の用意をする。


 汐織しおりは、たどたどしいが丁寧な手つきでネギを切っていた。


「仕事なんだからそんなに怒らなくても」

「怒ってはいません」


 汐織しおりのテンションがおかしい。

 少し拗ねてしまっているように見える。


「これから私の知らないことがいっぱいあるんだと思ったら、ちょっともやもやしちゃっただけです」

「知らないこと?」

「だって大和やまとさんは、これから新しいメンバーとお仕事するわけじゃないですか」

「そりゃそうだけどさ……」


 スーパーのお仕事に異動は付き物だ。

 異動の度に部門のメンバーが変わって、その度に色んな人と出会うことになる。


 上司となる店長も変わるし、周りの環境もガラッと変わることになる。


 他の仕事と比べると、そこがちょっと違う所かもしれない。


 普通はそうそう上司が変わるってことはないと思うし。


「可愛い子がいたらやだなぁ……」

「鮮魚にそんな子いないって」

「それはそれで問題発言な気もしますが……。それに江尻えじりさんがいます」


 うーん……。


 今まで俺とさんの接点は、職場がほとんどだった。


 その接点がなくなってしまうのは、彼女にとってとても不安なことなのかもしれないなぁ。


「でも、そんなこと言ったら汐織しおりもでしょう」

「私?」

「大学のほうが色んな人がいるでしょう。しかも自分の同世代で」


 昔、うちの親父が利害が関係なく付き合えるのは学生のときの友達までだって言っていた!


 これから、きっと汐織しおりにはそういう友達が沢山できるのだろう。


 それがちょっと羨ましい。


「じゃあ大和やまとさんは嫉妬してくれますか?」

「ん?」

「私が知らない誰かと話していると思ったら嫌な気持ちになってくれますか?」


 ……。


 ……。


 へ?


「めんどくさい女ですみません」

「い、いや……」

「分かってるんですよ、自分でも嫌な女だなって。でも大和やまとさんが私の知らない誰かと話すのは嫌だなぁと思ってしまいまして」


 ……やばい。


 かなり嬉しいかも。


 素直にそんな風に言ってくれるのがたまらなく嬉しい。


汐織しおり

「きゃっ」


 汐織しおりのことが愛おしくなり、俺は彼女のことを後ろから抱きしめてしまった。


「あ、あの! 今、包丁使っているから危ないですよ!」

「はなせばいいじゃん」

「も、もう……」


 俺がそう言うと、汐織しおりは観念して包丁から手をはなした。

 耳は心なしか赤くなっているような気がする。

 体はかちかちに固まってしまっている。


汐織しおりの大学は男女共学だもんな」

「そうですね……」

「じゃあ若い子に負けないように頑張る」


 少しだけ強がってそう答えた。


 俺だって嫉妬するし、自分より若い男と汐織しおりが話していると思ったら嫌な気分になる。


 年上なのに、汐織しおりに対して独占欲みたいな感情が浮かぶことだってある。


「……私が男の子と携帯の番号交換したら嫌ですか?」

「嫌だ」

「私が大学のコンパに行ったりしたら嫌ですか?」

「それは仕方ないと思うけど、心配はすると思う」

「そ、そうですか……」


 俺がそう言うと汐織しおりの体が力抜けた。


「じゃあ私と一緒ですね」

「そうなの?」

「はい、大和やまとさんは格好良いですからとても心配です」


 なんの淀みもなく汐織しおりがそんなことを言ってきた。


「浮気は駄目ですからね」

「分かってる」

「私、浮気されたら泣いちゃいますからね」

「分かってる」

「わんわん泣き叫びますからね」

「分かってるって」


 汐織しおりが俺の腕に手を触れてきた。

 

「値下げされても買っちゃダメですからね」

「ど、どういう意味!?」

大和やまとさんの買い物かごは私でパンパンなんですから」

「あっ、そういう意味か」

江尻えじりさんは――」

「もううるさいなぁ」


 ……汐織しおりがぶつくさ言っているのでまどろっこしくなってきてしまった。


 口で言っても不安になってしまうなら行動で分かってもらうしかない。


汐織しおり


 俺は、後ろからハグしたまま汐織しおりの顎に手を添えた。

 汐織しおりが、俺の顔を見上げるようにして少しだけ振り返った。


「あっ――」


 ――そのまま自分の唇と汐織しおりの唇を合わせた。


 本当に突発的なキス。


 ただのアパートの普通のキッチンで俺たちは初めてのキスをした。


 

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スーパー店員の白河さんは値下げシールをよく間違える 丸焦ししゃも @sisyamoA

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