♯43 年末商戦 ~お正月~

 一月一日。


 新年がやってきてしまった。


 今日も早朝出勤……。

 疲れは完全にピークに達していた。


「おはようございます、明けましておめでとうございます」

「明けましておめでとう、何時間ぶり?」

「八時間ぶりくらいですかね……」


 小西こにしさんと、去年も同じようなやり取りをした気がする……。


 スーパーあるあるだと思うが、“来年も宜しくお願いします”から“明けましておめでとうございます”のスパンがやたら短い。


「チーフ、今日は早く帰ろうな」

「そうですね、正月は全然ですし」


 年末年始の繁忙期の山は、間違いなく二十九日から三十一日だ。


 売上だけを見れば、一月一日はへなちょこな日だ。


 お正月からがっつりお買い物する人って少ないもんなぁ……。


 みんな、おせちでも食べて、家でのんびりまったりしているのだと思う。


 でも我々は早朝出勤……。


 売れないのに早朝出勤……。


 何故なら、初売りで売り場をすっからかんにしておくわけにはいかないからだ。


 店としての見栄えの問題もあると思う。


 売れる日ではないのにしっかり商品は出さないといけないのだ。


 既に体力が出涸らしになっている俺たちはこれが本当にきつい。


 働いている人にしか分からないと思うが、お正月のスーパーに蔓延する倦怠感は凄まじいものがあると思う。


 新年の爽やかさのかけらもないのだ。


「今年も最初に見る顔はチーフかぁ……」

「なんなら去年の最後に見た顔もですよ」

「俺たちって付き合ってるの?」

「気持ち悪いんでやめてください」


 小西こにしさんが軽口を叩いているが、いつものキレがない。

 

 体が鉛のように重い……。


 俺の次の休みは一月四日。


 そこまではなんとか頑張らないといけないのだ。




※※※




 朝の八時、店内にお正月の定番BGMが流れ始める。



ピンポンパンポーン



『皆さんおはようございます、今年も宜しくお願いします。全部門員の皆さん、レジ前に集合お願いします』



 店長の店内アナウンスもほぼ同時に流れた。


「もう年始の挨拶かぁ……」


 山上やまがみさんもとても疲れた顔をしているように見える。

 言葉に覇気が感じられない。


「いつもの決まりですからね、社長からFAXが流れてくるみたいですよ」

「はぁ、じゃあ行きますか」


 山上やまがみさんが防水エプロンを脱いで、レジのほうに向かう。


「じゃあ、皆さん。レジ前に行きましょう。」


「「はーい……」」


 五十嵐いがらしさん、ほしさんからの返事も元気がない。


 重い足取りでレジ前に行くと、ぞろぞろ他の部門からも人が集まっていく。


 一部の人は元気に話しているが、みんなとても疲れた顔をしている。


「ん……?」


 一番前には、店長と江尻えじりさんが並んで一緒にいる。


 あー、可哀想。


 きっとをやらせるんだ。


「皆さんおはようございます!」


 店長が挨拶をすると、みんなが「おはようございます!」と返事をする。

 ここはさすが接客業をやっている人たちだと思う。ここだけは疲れを感じさせない挨拶だ。


「去年は、皆さんのおかげで売上も前年比で――」


 店長の年始の挨拶が始まる。

 これも例年通りのパターンだ。

 去年の数字と反省、今年の店としての目標。

 もう少しで繁忙期が終わるから頑張ろうといった内容だった。


「では、社長の年始の挨拶を新人の江尻えじりさんに読んでもらおうと思います!」

「はいっ!」


 新入社員……。

 朝礼をやらされたり沢山のことを店長に経験させられることになるが、こういう損な役回りも押し付けられる。


 社長の年始の挨拶を、新人が読むっていうのは何故かうちの会社では伝統になっていた。


「謹んで新春のお祝いを申し上げます。昨年は――」


 江尻えじりさんが淀むことなく、はきはきとした声で社長のFAXを読み上げていく。


「今年、弊社ではSプロジェクトして既存の店舗のリニューアルに力を入れていくことになります。まず第一弾として四月には――」

「……」


 ……ついにリニューアルの話に会社が言及した。


 この年末年始が終わったら、いよいよ人事異動が出る。

 

 この店にいられるのも今だけかもしれない……。

 

 そう思うと、心の中にほんの少し寂しさの風が吹いたような気がした。




※※※




「だー! 終わった! チーフ、残りの仕事は!?」

「今日はもう終わりましょう! そろそろ白河しらかわさんが出社する時間ですので! 今日は早めに出社するようにお願いしてます!」


 午後の二時前。

 小西こにしさんから大きな声が聞こえてきた!


「皆さんの作業の進捗はどうですか?」


 お刺身を切っている山上やまがみさん、五十嵐いがらしさんにも声をかける。


「ここが終われば予定数量は終わりですー」

「同じく~」


 良かった。今日は早めに仕事が終われそうだ。


 元旦の夜なんて、とてもじゃないが商品が売れるとは思えない。今日は店の閉店時間も早いので、早く商品を出し切って、早く売り切ってしまおう。


「おはようございます! 今年も宜しくお願いします!」


 おっ、そんなこんなしていたら白河しらかわさんが作業場にやってきた。


「「おはよー」」


 みんなが白河しらかわさんの声に反応する。


「あけおめ~! 白河しらかわちゃーん、待ってたよ~」


 一番近くにいたほしさんが、真っ先に白河しらかわさんに抱きついた。


「もうね、おばさん仕事がつらくて」

「だ、大丈夫ですか?」

「うぅ、今年もチーフにいじめられたの……」


 余計な事言ってやがるな、あの人……。

 今年はめちゃくちゃ優しかったじゃんか俺。


「あ、あの! これうちの親から皆さんに差し入れです。栄養ドリンクとか入ってますので!」

「親?」

「はい、皆さんきっとお疲れだからって」

白河しらかわちゃんの家ってちゃんとしてるね」

「そうなんでしょうか?」


 白河しらかわさんが差し入れが入っているビニール袋を、作業場の邪魔にならないところに置いてくれた。


 ありがたいなぁ、きっとあのお母さんからだろうか。


「ち、チーフ……」

「ん? どうしたの?」


 作業台で詰め物をしていると、白河しらかわさんひそひそと俺に耳打ちをしてきた。


「きょ、今日、お仕事は早く終わりますか?」

「多分早く終わるよ。今、終わりに向けて作業しているところだから」

「お、お疲れのところ大変心苦しいのですが、今日ちょっとお時間をいだけますか……?」

「いいけど、どうしたの?」

「うちのお父さんがチーフに会いたいって……」

「え゛っ!?」


 鉛のように重たい体が、今度はびしっと石のように固くなってしまった。

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