♯33 アルバイトを始めた理由

「すみません。遅い時間なのにご迷惑をかけて」

「い、いやそれはいいんだけど」」


 できるだけ平静を装いながら、助手席にいる白河しらかわさんに声をかける。


 えぇええ!?

 俺、もしかしたらこれから白河しらかわさんの親に怒られたりするの!?

 いきなり会いたいって嫌な予感しかしないんだけど!


「会ってどうするんだろう?」

「わ、私にもさっぱり……」


 い、一体何から話せばいいのだろう。


 いつもお世話になってます?

 なんか違うような……。


 汐織しおりさんはいつも仕事頑張ってます?

 学校の三者面談みたいなっちゃうような……。


「うむむむ……」

「あ、あのチーフ」

「どうしたの?」

「うちの親が何言っても気にしないでくださいね……」

「どういうこと!?」

「あっ、そこの道を右です」


 思ったよりも近い!

 考えがまとまる時間もなく白河しらかわさんの家に着いてしまった。




※※※




「あっ、そこの駐車場に入れていいですよ」

「分かった」


 白河しらかわさんの家は、綺麗な一戸建ての家だった。

 暗くてよく見えないが、庭もとても手入れされているような印象を受ける。


「あははは、チーフが私のうちにいるのに違和感を覚えちゃいますね」

「緊張してきた……」

「ま、まぁ、これからは自分の家になるかもしれないので……」

「え?」

「あっ! い、今のは聞かなかったことにしてください!」


 白河しらかわさんが勝手に自爆したような気がするが、それをいじる余裕が今の俺にはない!


 第一印象が肝心っていうもんな……。

 クルマのミラーで前髪がおかしくなっていないか確認する。

 失礼がないようにしないと……!


「ち、チーフそれではどうぞ。散らかっていたらすみません」

「う、うん」


 クルマから降りて、白河しらかわさんと一緒に玄関の前に立つ。


「ふぅ……」


 白河しらかわさんも深呼吸したのが分かった。


「た、ただいまー! お母さん、チーフ来たよ!」

「はいはーい!」


 白河しらかわさんが玄関を開けると、すぐに奥のほうから活発そうな女性の声が聞こえてきた。


「いらっしゃーい! 良かったらご飯でも食べていって!」

「は、初めまして! 水野みずの大和やまとと言います! いつも汐織しおりさんにはお世話になってます!」


 しまった……。

 白河しらかわさんのお母さんと声がダブってしまった。


「こちらこそいつもお世話になっております」


 それを意に介さずに、白河しらかわさんのお母さんが俺に丁寧に頭を下げた。

 俺もほぼ同時に頭を下げる。


汐織しおり……」

「な、なに?」

「あんた面食いだったのね」

「チーフの前で変なことを言わないで!」


 白河しらかわさんが珍しく声を荒げていた。




※※※




「すみません、いきなりお呼び立てしてしまって」

「い、いえこちらこそ急にすみません」

「ご飯まだでしょう? 今、汐織しおりがカレーを温めてますから」

「すみません……ご馳走になります」


 白河しらかわさんのお母さんに連れられてリビングまで来てしまった。

 広いリビングの中央には長いキッチンテーブルが置いてある。


 案内がされるままに、そのキッチンテーブルに腰をかけると、白河しらかわさんのお母さんが俺の対面に座った。


 似てる……。とても白河しらかわさんに顔つきが似ている。

 特に目元のあたりがそっくりだ。髪は白河しらかわさんより少し長いくらいかな?


 年齢はいくつなのか分からないが、前情報がなければ白河しらかわさんのお姉さんくらいにも見える。


 綺麗どころっていうのかな。

 こういう人がスーパーではかなりモテたりするんだよなぁ……。


汐織しおりはご迷惑をおかけしてないでしょうか?」

「ご迷惑だなんて! いつも一生懸命に仕事をやってもらってます。逆に助けてもらってるくらいです」


 あっ、意外に普通の会話だ。

 最初があの調子だから一体どうなるのかと思った。

 こうなると俺も話しやすくなってくる。


「あの子ったらいつも楽しそうにアルバイトに行くんですよ」

「楽しそうに?」

「えぇ、誰かに会えるのが楽しみみたいで」


 前言撤回……。

 早速、探りを入れられている。


(……)


汐織しおりさんのお母さん」


 こうなったら正面突破するしかない。

 着飾らずに全部正直に言うことにしよう。ここで変に取り繕ったりするほうが不誠実だ。


「どうしました?」

「俺、今年で二十四歳になります。でも、汐織しおりさんとは何回か遊びに行かせていただいてます」

「ふふっ、知ってますよ」

「交際を前提で遊びに行かせてもらってます! なので、これからも遊びにはお誘いしたいと思ってます! でも決して手を出したりは――」

「くくくっ」


 かなり緊張して言ったのに、何故か白河しらかわさんのお母さんが笑い始めてしまった。


「今どき珍しいですね、交際を前提にくらいで報告してくるの」

「そ、そうでしょうか?」

「私なんて学生結婚ですよ。大学でですが」

「えっ!? そうなんですか」

「そうなんです。娘から聞いている通り真面目な方みたいですね」


 白河しらかわさんのお母さんの俺を見る目つきが、とても優しいものに変わった。


汐織しおりがアルバイトを始めた理由をご存じですか?」

「はい、最初の面接には俺も同席しましたから」

「ふふふっ、汐織しおりはなんて言ってました?」

「うろ覚えですが、商品の値下げに興味があるとかだったような……?」

「ぷっぷぷ……」


 白河しらかわさんのお母さんが吹き出しそうになっている。

 な、なんだろう? 今、俺おかしなこと言ったかな?


「きっかけはあったみたいですが、ただの一目惚れですよ」

「はい?」

「あっ、これ以上は話すと汐織しおりに怒られそうなので黙っておきますね」


 ……ひどい。かなり気になるところで話を打ち切られてしまった。


「何の話をしているの?」


 そんな話をしていたら白河しらかわさんがこちらにやってきた。


「チーフ、どうぞ。うちのカレーは甘口ですので」

「あ、ありがとう」

「お口に合わなかったらすみません」


 白河しらかわさんが、俺にカレーと水を持ってきてくれたようだ。


「ちょっと、あんたが作ったわけじゃないでしょう」

「お母さんは黙っててよ……」

「うちのカレーは美味しいからどうぞ召し上がってくださいな」


 白河しらかわさんがものすごくやりづらそうにしている……。

 白河しらかわさんも自分のお皿を取ってきて、俺の隣の席に腰を下ろした。


「それで、お母さんはチーフと何を話していたの?」

「チーフが、あんたと結婚を前提に遊びに行かせてもらってるって」


「そこまでは言ってませんよっ!」


 即座にツッコミを入れてしまった。

 あっ、分かった。この人、山上やまがみさんと同じタイプの人だ。


「じゃあ何て言ったの?」

「交際をって言ったんです!」

汐織しおり~、言質取ったからね」


 く、くそぅ……。

 何で俺は、店でもプライベートでもこの手の人に振り回されなきゃいけないんだ。


「ち、チーフ……」

「そこで恥ずかしがらないでよ! 何か言い返して!」

「わ、私、嬉しくて……」

「あぁあああ! ダメだこりゃ!」


 白河しらかわさんの顔が明太子みたいに赤くなってしまっている!

 親の前でそんな顔をされると俺もめちゃくちゃ恥ずかしくなってくるんだが!


「これからも娘のことをお願いしますね、チーフ」


 白河しらかわさんのお母さんにお願いをされてしまった。

 め、めちゃくちゃなような気がする……。


 でも、その言葉で今までもやもやしていたところがスッキリ晴れた気がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る