♯27 白河さんは取られたくない

江尻えじりさん!?」

「二人で何してるんですかー? ラブラブな雰囲気が出てましたけど!」


 江尻えじりさんがニヤニヤしながら、俺たちに近寄ってきた。


「そういう江尻えじりさんは?」

「私、休日はここでランニングをしてるんです!」

「そうなんだ」


 江尻えじりさんの目の奥が笑っている。


 あっちゃー、まさかこんなところで知り合いに会うとは思わなかった。


 しかも相手は、よりによって江尻えじりさんとか……。


「私のことを、めためたに振っておいて~」

「めためたにはしてないでしょう……」

水野みずのチーフの言う、気になる子って白河しらかわさんのことだったんですね」

「そうだよ」

「えっ!?」


 江尻えじりさんから驚いた声がでた。

 同時に白河しらかわさんも、目を見開いて俺のことを見ている。


「えっ……えっと、そんなにはっきり言われると私……」

「ごめん、同じ店舗内だからみんなに知られたくなくて」

「えっと、そんな……私……」


 さっきまで半笑いだった江尻えじりさんの顔が次第に曇っていく。

 目元には涙まで溜まってしまっていた。


「わ、私……」

「ごめん」

「ふ、二人は付き合ってるんですか……?」

「まだ付き合ってはないけど……」

「まだってことはこれから付き合う予定なんですね」

「……」


 この場合、なんと答えるの正解なのだろうか。

 ありのままを彼女に伝えてしまっていいものか迷う。


「わ、私が卒業するまで待ってもらってるんです!」

白河しらかわさん!?」


 急に白河しらかわさんが俺たちの会話に混ざってきた。


「チーフには学生の私とは付き合えないって言われてます! で、でも今日は私が無理を言って……」

白河しらかわさん、いいから」


 白河しらかわさんが、声を荒げている。


 ……どうやら白河しらかわさんは俺の立場を守ろうとしてくれているみたいだ。


「今日、誘ったのは俺。卒業するまで待ってて欲しいって言ったのも俺。それは事実だから」

「でも……」

「ごめん、江尻えじりさん。そういうことだから」


 江尻えじりさんの顔を見ると、店では絶対に見ることのない表情になっていた。もうぐちゃぐちゃになってしまっている。


水野みずのチーフは真面目ですね」

「え?」

「私、この会社に入ってから既婚者の人に声をかけられたりしました」

「……」

「彼女がいる人からは、これから別れる予定だからって言い寄られたり……」

「そっか……」

「だから、水野みずのチーフのことが良いなぁと思ったのに……」

「ごめん」


 この子も、職場の汚いところを見てしまって悩んでいた子なのかなぁ……。

 でも今の俺には謝ることしかできない。それがとても申し訳ない。


「……江尻えじりさん、すみません」

「え?」


 何故か、白河しらかわさんも江尻えじりさんに謝罪をしていた。


「私もチーフのことが好きなんです。チーフのことを取らないでください」


 白河しらかわさんが立ち上がって、江尻えじりさんに頭を下げている。


「も、もー! 二人ともガチで謝らないで下さいよ!」

「でも……」

「本当に二人の関係が羨ましいなぁ……。スーパーなんて体の関係を求めてくる人ばかりなのに」

「か、体の関係!?」

「そうだよ、パートだろうがアルバイトだろうが遊ぼうとしてくる人ばかりなんだから」

「えぇええ!?」


 江尻えじりさんの言うことは多少の誤解はあるかもしれないが、紛れもなく事実でもある。


 男女間のいざこざで退職する人を、俺は何人も見てきた。


「でも、私、まだ完全に諦めたわけじゃないですから」

「へ?」

「私のほうが歳近いですから。またメッセージ送りますからね!」


 そう言って、江尻えじりさんは悪戯顔を浮べていた。

 一方、白河しらかわさんはふくれっ面になってしまっていた。

 



※※※




白河しらかわさん、場所移動しようか」

「は、はい!」


 江尻えじりさんが行ってしまったので、俺たちも公園を後にすることにした。


 そのままその場で食事を続けるほど、無神経にはなれなかった。


「どこで食べますか?」

「クルマの中で食べようか。ちょっと狭いけど」

「私は構いませんが……」

「どうしたの?」

「い、いえ……さっきの言葉が気になってしまって」

「さっきの言葉?」

「か、体の関係ってお話を……」

「あぁー……」


 江尻えじりさんがすごい言葉を残して行ってしまった。

 あんまりこの手の話は、白河しらかわさんとしたくはなかったんだけどなぁ……。


江尻えじりさんの言ってたことは事実だよ。だから白河しらかわさんも気を付けてね」

「気を付ける?」

「……白河しらかわさんの体狙いの人が近づいてくるかもって話」

「そ、そうなんですか!?」

「例えばの話!」

「私の体にそんな価値があるとは思えませんが……」


 白河しらかわさんが恥ずかしそうに俺から視線をそらしてしまった。

 お、俺だってこんな話をするのは恥ずかしいよ!


「だから最大限に気を付けること!」

「で、でも、チーフが私のことをお買い上げいただければそんなことには……」

「中にはお買い上げのものが欲しくなる人もいるの!」

「?」


 あっ、また分かってない顔をしている。

 いや、俺もお買い上げがどうのこうの所はよく分かってないけどさ。


「まぁ、いいや……。君は俺が守るから」

「ほ、本当ですか!」

「良い人ばかりじゃないからね。これだけは覚えておいてね」

「ありがとうございます! ところでなんですが……」

「どうしたの?」

江尻えじりさんとメッセージのやり取りはするんですか?」

「や、やっぱりそこは気になるの!?」

「だって、チーフのことは誰にも取られたくないんですもん」

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