思考の風、センター試験、二次試験

 京都の朝、思考の風が吹いていた。

 早朝から零血は深い思考に耽っていた。彼は自宅でただひたすら目を瞑って、Q探しに興じていた。他の人間に連続的に乗り移って、探しているのだ。

 もし零血が乗り移れない人間に突き当たったら、それが犯人である可能性が高い。だから総当たりで人から人へと乗り移るのである。


「居ない……」

 零血は呟いた。

 時刻は早朝。朝の通勤、登校などで外に出る人々が一番多い時間帯である。零血はこの絶好の機会を逃すような事はしなかった。


 京都の町に思考の風が吹き荒れる。

「きゃ!」

「うわ!」

「うら!」

 高齢者、中年男性、主婦、女子高生、あらゆる人間が頓狂な声を出して驚いた。

「な、なんだ今のは……?」


 京都市の通行人に、一瞬だけ思考が乗り移られるような、奇妙な経験が訪れる。それは零血がただひたすらQを発見するために、特有の能力を駆使して躍起している為である。

「な、何があったんだ?」

 周囲の人間には一寸の風が通ったような、そんな光景に感じられた。だがそれは零血の思考の風であった。風は雷神の如く、幅広くそして深く進んでいく。


「ここにも居ない……」

 零血は片手で顔面を抑え込みながら呟いた。

 既に深遠なる思考に埋めてから1時間程度が経過した。広範囲の調査は体力と精神力が多大に必要であり、エネルギー補充が常に必要である。

 

「しゃり……」

 なので零士は択捉林檎を常に齧っているのだ。択捉林檎は日本列島の最北、つまり寒冷地で育成されているので糖分が極めて豊富であり、彼の必須果実である。

 さらに択捉林檎を齧り終わると、思考の風になり、京都を駆け巡る。電車よりも速く、零血はただひたすらQに繋がるヒントを探していく。




 早朝、愛九は絶望していた。

「は~……」

 久しぶりの溜息をついてしまった。

 世界侵略の前段階の日本侵略が、後一歩手前で果たせなかった。予想外の謎の能力者が登場したのだ。彼はどうやらこれまでの能力者と異なり、特殊な能力を宿しているのだ。

 それでも再び機会を作るのだ。まだまだ世界侵略という夢は終わってはいない。僕はまだ若いんだし、健康でもある。それにこれから大学生となって時間にも余裕が生まれてくる。

 そんな事を考えながら、高校まで通学していると、


「あ、愛九!こっちこっち!」

 駅の前で理沙が愛九に手を振った。

「おはよう、理沙!」

「うん、おはよう!」

 簡単な挨拶を済ませると、愛九と理沙は駅の中に入っていった。


 少し前から二人は登校を一緒にするようになっていた。

「なんか、今日は風が強いらしいね」

「うん。でも天気予報ではあまり強風とは言ってなかったけど」

「だよねーやっぱり異常気象って怖いなー」

 などという談義をしていると、電車内でも”風”が発生した。


「な、なんだ!」

「今のは、一体!?」

 そして遂に、理沙にもその風が吹き荒れた。

「きゃ!」

 頓狂な声を出して驚くと、愛九に対して謝罪を入れた。

「えっと、変な声出して、ごめんね!って、あれ……愛九は平気なの?」


「……」

 愛九は返事をせずに、絶句を貫いていた。彼は理解したのだ。能力者から居場所を捉えられた事を。




「発見」

 かしゃり。

 零血は択捉林檎を齧りながら呟いた。

「本当ですか!?」

 周辺に待機していた抵抗軍の人間は驚愕した。まさか、零血が本当にこんなにも早急にQを見つけることが出来るとは、誰も思いもしていなかったからだ。

 

「それでは今すぐ、Qを逮捕しに行きましょう!」

 と他の抵抗軍のメンバーが躍起になると、零血はストップを掛けた。

「いいや、この人間がQだとは限らない。まだ京都市の人間は沢山いる。断定するのはまだ早いだろう」

 零血の冷徹な指摘によって、全員は再び沈黙に徹した。

「そ、そうですよね……」

 択捉林檎を再び齧ると、零血は思考の風を吹き荒らす。




「どうしたの、愛九?」

 数秒間ずっと硬直する愛九に対して、理沙は問いかけた。

「いいや、何でもない」

 そっけない返答をすると、愛九は状況を全て看破した。


 予想されていた事態が発生した。 

 愛九は特定されたのだ。零がその特殊な能力を使い、京都市の全民に総当たりで調査している。その過程で、愛九は突き当たってしまった。

 だが何も驚くこと必要はないし、それに怯える必要もないのだ。これから愛九が少しだけ普段よりもEQを多く使う生活に切り替えるだけのことなのだ。




「あれ?」

 零血は直ぐに頭を捻った。

 なぜなら、Qと思われる第一容疑者発見の数秒後に、また能力者に突き当たってしまったからだ。電車の脇に座っている生徒だった。

「同じ高校?」

 制服から考えるに能力者は同じ高校に通学しているという事になる。さらには制服のデザインなどを見ると、同学年であることも推理できる。


 そして数秒後、零血はさらなる衝撃に貫かれる事になるのだ。

「能力者が三人……?」

 そうだ。一つの電車の中に、なんと三人もの能力者らしき人物が同車していたのだ。全員は高校生であり、同じ高校に通学している。

「あり得ない……」

 もし今の情報だけで最も客観的に推理するならば、この三人がQであり、日本の首相を人質に取って、犯罪を行っているという結論に辿り着くであろう。


 だがその結論はあまりにも早急であり、不完全であるというのは自明である。なぜなら京都市は広いからだ。まだまだ調査していないエリアが多すぎる。

 なので結論に至ることは保留にしておいて、彼らの生活に焦点を当てることにしたのだ。そうすれば、何かしらの有益な情報に突き当たるだろうから。

「よし……進捗は出来たぞ……」

 択捉林檎をまた平らげると、零血は満足げに独り言を発した。




「愛九、ほら、降りるよ」

「うん」

 愛九は心の底でほくそ笑んでいた。既に予期していたのだ。謎の能力者が鎖府中の京都にやってくることを。そしてこうやって能力を使って特定しようとすることも。

 だから愛九は今日、登校時から自分を含めて三人もの生徒を操作していた。対象は同級生である。


 そうすれば防衛線として機能するのだ。相手の能力者はもし他の人間に乗り移れないという事実を確認すれば、愛九に対して懐疑を深めることは出来ない。

 ただ三人の能力者がいると、そこで推理がいつまでも平行線を辿り、最終的な結論には至らないまま、能力者は時間を無駄にして、その間、愛九は例の如く世界侵略を続けていく。


 我ながらにして最高の計画だった。そしてもし零が我慢しきれずに、愛九に接近してくるならば、鬱陶しい零を殺害するキッカケをも得ることが出来る。

 一石二鳥である。

 そして愛九には絶対的な自信があったのだ。例え同時に三人を操っていても、絶対に普通の生活を続けていくことが出来ると。





 附属高校に到着すると、愛九はいつも通りに授業を受けていた。彼は時折スマホを机の下に配置して、情報を受け取っている。 

 零血も同様に能力を通して、高校に通学する三人の様子を監視していた。


 零血は予想されるパターンを想定した。

 まずは、この中にQがいて、彼が他の人間を操っている。今のところ、この推測が最も確立として高いものとなる。なぜならこんな近くに三人もの能力者が居合わせるというのはあまりにもおかしいのだ。

 それから、この三人が何らかの関係によって繋がっているという可能性も大いにある。もしかしたら、三人は事前に口合わせをして、何らかの理由でお互いが沈黙を貫き通している、とか。

 こんな感じで様々な理由が考えられるものの、今のところ実りのある検討はつかない。


 それにしてもこの愛九という人物は極めて優秀である。彼はいつも授業に集中していないにも関わらず、何故か毎回の如く問題を解いている。

 授業のレベルがあまりにも低すぎるのだろうか。それとも予習でもしてきているのだろうか。いずれにせよ、彼はいつも退屈そうである。




 そして時間は着実に費やされていく。

 何ら異常は見られなかった。監視していた三人は普通に授業を受けて、学生生活を満喫しているだけだ。それ以外は収穫はない。

 やはり偶然ということなのだろうか。彼らは自分の能力を隠して生きている。そして平穏な人生であることを望んでいるから、そうやって生活している。


 数日間、何も異常は見られなかった。

 その間にも零血はただ躍起となって思考の風を吹き飛ばして、京都市を駆け巡り、能力者の存在を追求していた。が、結果は散々だった。

 誰も居なかったのだ。あれだけ京都市は面積が広いのに、零人。

 可能性から考えれば、あの一つの高校に三人もの能力者が居合わせるというのは、やはり異常である。だからあの三人の中にQが居るのだろう、という予感がさらに強まっていった。


 だが具体的にどうやってさらなる追求をしていけばいいのかが、難しいところである。




 

 サイと他の地元の能力者達が消えたのだが、問題は再び再来したのだ。そして彼こそ、究極の敵であるように感じる。

 そして時来る。


「はー、最悪だよ、これからセンター試験だぜ……」

 大学受験である。高校生生活において集大成とも言えるような最も重要な試験。これまでの学生生活で培った全ての知識と経験を遺憾なく発揮する機会。

 愛九が受験するのは京心大学である。世界最高峰の大学として京都のみならず、世界という枠組みの中で多大に評価される。

 

 大まかなフォーマットとしてまずはセンター試験から二次試験という流れである。というのも史上最高峰の大学の門には多くの受験生が集うために、センター試験でふるい落とす必要がある。

 受験難易度も圧倒的であると言って過言ではない。国立であるので科目は理数系から文系。さらに言えば東大よりも京心大学の受験の科目の内容は晦渋である。

 

 さらに忘れてはならない。彼には三人同時に操作するというマルチタスクをもしなければならない!もし一瞬でも油断を見せたら、謎の能力者にバレてしまう危険性が伴うのだ。

 



 センター試験が開始した。

 極度の緊張を持って、受験生たちは一斉に試験を解いていく。マーク式の解答用紙を、

 京心大学を目指す者にとってセンター試験が意味するのは、普通の大学とは全く異なる。というのも京心大学の入学の門は峻烈であり、全国共通テストで全ての科目において、満点近くの高得点を弾き出す必要性があるのだ。なので一秒たりとも油断は許されない。

 

 だがしかしながら、愛九はここでもマルチタスクをしなければならない。センター試験会場で、自分を含めて三人の生徒を同時に操作しているのだ。もちろん共通テストなのでほとんどの内容が共通しているのだが、それでも同時に同じ問題を解いていったら、怪しまれるだろう。

 敢えて、一人ずつセンター試験の問題を少しだけ変則的に回答していく必要がある。だから愛九は自分を含めてそれぞれ三人の仕草、癖を再現しながら完璧に演じきるのだ。



「やはり、三人は独立して動いている……」

 と試験会場で呟きながら、零血も鉛筆をせっせと動かしていた。

 零血も同様にセンター試験会場で試験を受けていた。彼も彼らと同じに京心大学に入学するつもりなのだ。零血も天才なので受験ぐらいは特に問題はない。


「君、センター試験に林檎は持ち込み禁止だよ」

「これはただの林檎じゃなくて、択捉林檎――」

「はい、没収」

「……」

 零血が哀れな反論試みても、試験監督に択捉林檎は没収されてしまった。




 愛九の頭脳はEQとIQの神妙なる二重奏を奏でていた。

 世界レベルのIQを遺憾なく発揮しながらも、愛九はEQに於いても、史上稀に見る仕事を成し遂げているのだ。彼は今、二人の人間を演じている。癖や特徴を加えながら。その様子はまるで人間そのものの動きである。

「現国の試験終了まで後三分」

 試験監督が残り時間を告げる。


 異常は見られないまま、センター試験は幕を閉じた。いいや、異常があるとしたら、容疑者三人のテストスコアが満点であったということだ。 

 センター試験の公式回答は未だに公表されていないが、零血は答えを全て理解できるほどに天才なので、彼ら3人が満点を取ったということは明らかであった。

 おかしい。何かがおかしい。完璧すぎる。




「ここからが山場だよな」

 これから二次試験が待ち構えている。もし三人の内一人が他の人間を操作しているのなら、ここで絶対に化けの皮が剥がれるはずだ。

 二次試験は試験内容も異なり、そして京心大学の伝統的な晦渋さが加わるのだ。一人だけで三人を操ることは不可能である。


 二次試験では一体どんな反応を見せてくるのか。

「……」

 零血は愛九と同じ受験室で試験を受けながら、彼を始めとして、三人を監視を続けていた。


 愛九は自分を含めて、3人分の頭脳を稼働させていた。文系科目、理系科目、そして最も得意とする芸術科目。そられを連続的に動かしていき、世界最高峰の試験を回答していくのだ。

 もし一瞬でも怪しい挙動を見せれば、零にバレてしまう、という圧倒的な恐怖を感じながらも、愛九は最高のパフォーマンスを発揮したのだ。


「やはり、愛九が犯罪者ではないのか……?」

 そんな神業を知る由もなく、零血は三人を別々の能力者だという推理を深めていった。いいや、そうせざるを得ないのだ。

 だがしかし神業をしているのは、零血の方もであった。

 零血は受験生に連続して乗り移り、三人の能力者をも観察しながら、二次試験を受験しているのだ。それはそれで既に神業の領域であり、彼の圧倒的な頭脳を窺わせる。

 

 零血はただひたすら推理を優先させて、自分の受験などはお構いなし。それでも問題を解決していく手は止まらないのだ。

「試験終了まで後三十分!」

 という試験監督の注意がけの段階で、零血は既に問題を全て解き終えていた。



「やっと受験から開放されたぜ!」

 そして二次試験は無事に終了した。

「やはり、三人は共同で犯罪をしているのか……?」

 というのが零血の結論だった。




 そして4人共、センター試験、二次試験で最高得点を弾き出した。

 受験が終了。愛九は最高得点を全ての分野で弾き飛ばして、既に合格確実という結論に至っていた。センター試験から二次試験まで。


 だがしかし最悪だったのは、愛九がセンターと二次試験で満点を取った事だった。

「僕はなんて馬鹿なんだ……」

 愛九は自分に失望した。

「僕は二次試験で3人分も満点を取ってしまった……」

 そうなれば必然的に三人は入学者の中で高得点者として分類されて、新入生の入学スピーチを自動的に振り分けられる。つまり愛九が3人分担当しなければならないということだ。


「敢えてミスをしていれば……」

 だがしかしもう過去には戻ることは出来ない。

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